時代や戦況でなく、継之助の佇まいを描いた「最後のサムライ」(344)

【ケイシーの映画冗報=2022年6月23日】日本の幕末から明治にかけての時代は、多くのエンターテイメントの舞台となっています。旧体制に与(くみ)し、最後まで戦い抜いた新選組の一党、新しい世の到来を見ることなく、凶刃に斃(たお)れた坂本龍馬(1836-1867)などはよく知られています。

現在、一般公開中の「峠 最後のサムライ」((C)2020「峠 最後のサムライ」製作委員会)。

一方で、江戸幕府に就きながら、旧態依然とした体制をあらため、外圧に抗(あらが)った人物も存在しています。本作「峠 最後のサムライ」の主人公である、越後長岡藩の家老職であった河井継之助(1827-1868)も、そんな人物のひとりとなっています。

徳川幕府が権力を天皇家に返上した大政奉還のあと、明治新政府と旧幕府側の勢力とのあいだでは戊辰戦争が勃発します。“錦の御旗”をかかげた新政府軍は、幕府勢力の残る、東北へと兵を進めていました。

越後長岡藩の家老である河井継之助(演じるのは役所広司)は、藩政改革を進め、最新の西洋式銃器や、フランス式の西洋戦術を積極的に取り入れる一方で、“敗北したときの用心”にも備える、才覚と実行力を有した人物でした。小国ながら強力な武装を整えることで大藩や明治政府とも対等にわたりあい、得る事なき戦争を押しとどめることが、河合の求める道でした。

ついに戦端をひらく官軍と長岡藩。圧倒的な兵力で攻める官軍に対し、少数ながら善戦し、ときには逆襲にも出る長岡藩。とはいえ、“衆寡敵せず”という冷徹な現実に直面する河合継之助。自らも傷を負った河合の“武士の道”とは。

監督、脚本の小泉堯史(たかし)は、河合の人物像をこう述べています。
「継之助は道義、倫理を持っており、柔軟性もある人物。財政改革も行い、最後は侍としての義を重んじて責任を取る。その生きざまが魅力」(2022年6月15日付スポーツ報知)

本作も新型コロナウィルスの影響によって、劇場公開が3度も延期されており、撮影がスタートした2018年9月からおよそ4年という時間を経てしまい、海外では世界的問題としてウクライナへのロシア軍の侵攻がすすんでいる状況でのお披露目ということとなりました。

継之助は戦闘で陣頭指揮を執りながら、配下の兵や民衆を鼓舞します。その一方、自身の判断により戦場となった長岡の凄惨な状況も目の当たりにします。その河合を演じた役所は、こう語っています。
「例に挙げると申し訳ないんですけど(と断ったうえで)ウクライナが必死に抗戦している様子と破壊された町の口径を、複雑な思いで見ています」(2022年6月10日付読売新聞夕刊)

小泉監督は、旧日本陸軍軍人の戦後の戦犯法廷での“ことばの戦い”を活写した「明日への遺言」(2008年)や、不義密通の罪により、切腹を命じられた武士の姿を描いた「蜩ノ記(ひぐらしのき)」(2014年)といった“滅びゆく物語”を手がけることが多いと感じますし、本作もその流れに沿った作品であると思います。

原作が歴史小説の泰斗である司馬遼太郎(1923-1996)の筆による長編小説ということもあり、複雑な歴史背景や継之助の政治的手腕、刻々とかわる戦況の子細な表現等はなされていません。

時代や戦場を描くのではなく“河合継之助”という人物を、映画として表現することにフォーカスされているのでしょう。小泉監督によれば、「時代劇の登場人物は決して過去の人じゃない。現代人の心に訴えかけるものがある。その時代に対する想像力が必要になるけど、むしろそれを楽しんでもらいたい」(スポーツ報知)

ということなので、“最後のサムライ 河合継之助”という人物の佇(たたず)まいこそが、本作の骨幹なのでしょう。

なお、継之助を演じた役所は、以前にも長岡出身の有名な人物を演じています。太平洋(大東亜)戦争(1941年12月8日から1945年8月15日)開戦時に、海軍軍人のトップとして戦争を指揮した山本五十六(1884-1943)です。「聯合艦隊司令長官 山本五十六 太平洋戦争70年目の真実」(2011年)にて、継之助が戦った北越戦争のシーンがはめ込まれ、山本の幼少期に強い影響を与えたことが示唆されています。

長岡が生んだ傑出した戦争指導者2人を、同じ俳優が演じていることに、なにか運命の“引き”を感じてしまうのは、筆者だけでしょうか。

なお、歴史・戦史にくわしい友人によると、司馬が作品を著してから60年、資料の見直しや新資料の発見などにより、実情は司馬の筆と異なっているという意見も散見されるそうです。彼によれば司馬の作品は「あくまで小説」なので、“読んで楽しむのが本道”とのことでした。次回は「ザ・ロストシティ」の予定です(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。