トボけた日本観もあるが、純粋に楽しめる「ブレット・トレイン」(350)

【ケイシーの映画冗報=2022年9月15日】すこし前に発行された経済誌に、日本の「マンガ・アニメ・ゲーム」関連の企業が特集されていました。「コンテンツ関連企業」として、映画会社や出版社もありましたが、日本の文芸作品や映画は見当たりませんでした。国際的な評価はもっぱら「マンガ(映像作品の原典として)アニメ・ゲーム」であるというのが現実でしょう。

現在、一般公開中の「ブレット・トレイン」。伊坂幸太郎の小説「マリアビートル」が原作だが、小説では東北新幹線内の話だが、映画では東海道新幹線をモデルにしている。

その視点ですと、日本の小説が原作でハリウッド制作という「ブレット・トレイン」(Bullet Train、2022年)は希有な存在といえるでしょう。この作品は日本での映像化も多い伊坂幸太郎の小説「マリアビートル」となっています。翻訳された伊坂の作品はアジア圏でも人気があり、「マリアビートル」も英語圏で出版されているそうです。

殺し屋のレディバグ(てんとう虫の意。演じるのはブラッド・ピット=Brad Pitt)は、ひさしぶりの現場復帰で、“殺しナシ”の仕事を受けます。日本で電車に乗ってブリーフケースを奪うという、簡単な仕事でした。

東京から京都へ向かう高速列車のなかで目的のケースを手にしたレディバグ。品川で降りて任務完了と思いきや、この列車には動機や目的もさまざまな同業者が乗り込んでおり、“不幸を呼び寄せる体質”のレディバグは「降りたくても降りられない殺し屋だらけの弾丸列車」という危機的な環境に閉じ込められます。彼は無事にブリーフケースを手に列車を降りることができるのか。

原作では東京から盛岡への列車旅となっていましたが、行き先が国際的にもイメージしやすい京都となり、登場人物も多くが外国人に置き換えられています。そして、冒頭からインパクト充分な「あきらかに現実ではない日本」の描写のオンパレードに、「こんなん、あるか!?」と眉をひそめる向きもあるやもしれません。

個人的には「あってもいいじゃない」と考えています。歴史学者の磯田道史も読売新聞(2022年7月13日付)のコラムでこう記しています。数年前、ポーランドから来たという老婦人が、「日本で会いたいものが三つある」というのだそうです。「『相撲レスラー、ニンジャ、アンド、ヤクザ』といった。俄然、私は面白くなった」(前掲紙)

相撲レスラーもニンジャもヤクザも、普通の環境ではお目にかかれない存在ですし、職業としては“消滅”したり、“反社会的”として隠れなければならない存在ですが、こうした「間違っている日本観」でも、歴史の専門家が「面白くなった」というのですから、市井の私たちも素直に楽しんだ方がいいのではないでしょうか。

自身の立ち位置ということもあるのでしょうが、原作者の伊坂も、好意的な意見を述べています。
「で、僕も今回、よく分かったんですけど、彼らは別に日本を勘違いしている訳ではないんですね。(中略)知っていてあえて『和』の要素のある架空世界を作っているんだな、と』(パンフレットより)

こうした“異界”でしのぎを削る殺し屋たちがまた、魅力的です。女子学生にしか見えない容姿で相手を翻弄するプリンス(演じるのはジョーイ・リン・キング=Joey Lynn King)を筆頭に、兄弟のように育ったという白人タンジェリン(みかんの意。演じるのはアーロン・テイラー・ジョンソン=Aaron Taylor-Johnson)と黒人レモン(演じるのはブライアン・タイリー・ヘンリー=Brian Tyree Henry)のヒットマンコンビ、そして日本のヤクザで息子を殺した相手を追うエルダー(演じるのは真田広之)といった具合に、年齢も人種もことなるメンバーが一堂に会した「アクションのワンダーランド」で、不幸な主役としてひときわ個性を発揮しているのがレディバグ役のブラッド・ピットです。

本作の監督はデビッド・リーチ(David Leitch)。スタントマン出身でブラッド・ピットのスタントも務めているリーチ監督によると、ピットは「世界一ビッグでカリスマ的なスター。でも、この映画での彼は自分の魅力を変な帽子とメガネで隠して、負け犬を演じている」(パンフレットより)と、“さえない魅力”を語っています。

ハリウッドのトップスターの魅力のひとつに「スターでありながら“ハズシ”を演じること」があると感じます。たとえばピットは、リーチ監督の過去作「デットプール2」(Deadpool2、2018年)に、一瞬だけ出演するという“快挙”をなしえています。

さまざまは状況から勘案して、日本の映画界ではまず不可能な起用でしょうね。こうしたコメディ的な要素がいっぱいの本作ですが、複数の人物と複数のエピソードが交錯しているので、ストーリー面でもたくみに組み立てられており、「トボけた日本観を笑うだけ」ではなく、映画作品として純粋に楽しむことができる逸品だといえるでしょう。次回は「ヘルドックス」の予定です(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。