金沢水泳コーチ殺人事件の謎が30年を経て解明される「とら男」(111)

(著者がインドから帰国したので、タイトルを「インドからの帰国記」としています。連載の回数はそのまま継続しています)
【モハンティ三智江のインドからの帰国記=2022年10月28日】9月12日、金沢市香林坊の繁華街の109(東急スクエア)ビルの4階に入っているミニシアター「シネモンド」(90席、一般1800円、シニア1300円)で、「とら男」(2022年8月6日公開)を観た。

現在、一般公開中の「とら男」((C)「とら男」製作委員会)に主演した元刑事、西村虎男。渋い魅力がたまらない。

ネットなどで情報を得て気になっていた映画で、それというのも、テーマが1992年に起きた「金沢・女性スイミングコーチ殺人事件」(詳細は下記注参照)で、主演の男優が同事件を担当しながら迷宮入りさせたことを今なお悔やむ西村虎男本人とあっては、見逃すわけにはいかない。

ネットで調べた事件のミステリアス性に加えること、元石川県警の刑事が素人出演、自らを演じるとあっては、興味はいや優る。70代で俳優デビューを果たした西村虎男(内灘町民)は、第22回TAMA NEW WAVE(タマ・ニュー・ウエーブ)のベスト男優賞を射止める快挙で、現実にわが目で確かめてみても、いい味を出しており、役者くさくない自然態がよかった。

起床後の洗顔シーンで、白髪をポニーテールに結わえる場面があったが、渋くて元刑事の精悍さが滲み出ており、ワイルドでしびれた。

主人公にサブで絡むのは、メタセコイア、いわゆる生きた化石の研究に現地に訪れた若い女子大生かや子(加藤才紀子)。メタセコイアは、殺人事件の被害者の髪に絡みついていたもので、偶然酒場で出会った2人は、生きた化石が取り持つ縁で、30年前の未解決事件、闇に葬られた迷宮入り事件の再捜査に乗り出す。

絶妙なコンビ役、とうに時効になって風化しつつあった事件の謎が改めて、2人の推理、謎解きで明かされていく。

西村虎男にとっては、執念が実ったひとつの形でもあり(これに先立ち、電子ブック「千穂ちゃんごめん!」も2020年に出版)、ほぼ犯人と確信しながら組織内圧力で逮捕に至らなかった無念さを、映像でバーチャル犯人を登場させ、彼なりの推理による黒星を観客に提示したという意味では、積年の雪辱を晴らしたとも言える。

いまだにのうのうと生きているはずの犯人としては、大胆な暴露に映像の中とはいえ、はっきり特定されて、ひやひや、生きた心地もしなかったのではなかろうか。

ネタバレになるが、「とら男」が6、7割犯人と確信した人物は、スイミングクラブの同僚コーチの一人である。と言っても、当時コーチとして勤務していたのは、多数いたようだが。

被害者の女性同僚(当時)にスイミングクラブの名簿を見せて、事件の前と後で態度が変化した人はいなかったかと問い詰めるにわか女子大生捜査員に、女性同僚が名簿を見ながら、思い当たる節がないでもなさそうな微妙な反応を示すシーンが印象に残っている。

ほかにも、地元の目撃者をはじめ関係者、市民らが何人も登場し、事件について語るのだが、ドキュメントタッチの自然態でリアリティがある。被害者の両親も、画面を暗くし、顔を伏せた手法で登場するのだ。

事件を風化させたくないとの思い、被害者に対する申し訳ない気持ち、時効になっても追い続ける元刑事の執念が、映像で真犯人を明かすことで、晴らされた、溜飲のいくらかは下がったのではなかろうか。

※注「金沢・女性スイミングコーチ殺人害事件」について
1992年9月30日、石川県松任市在住の安實(あんじつ)千穂さん(当時20歳)が、帰宅時間を過ぎても戻らず、不審に思った家族が職場のスイミングクラブ(三十刈町内)に連絡(23時)、職場周辺を探すうち、約50メートル離れたクラブ駐車場の自家用車内で、死亡しているのが発見された(10月1日0時50分)。

死因は長時間細い紐(後年着衣していたオーバーオールの肩紐と判明)で首を絞められたことによる窒息死で、死亡推定時刻は9月30日の20時前後だった。衣服の泥や靴の片方が落ちていたこと、髪の毛にメタセコイアの葉が付いていたことから、殺害現場は石川県農業総合研究センター(旧県農業試験場果樹実証圃)の敷地内と特定された(安實さんの自宅近く)。職場を出て自宅近くで殺され、またクラブ駐車場に運ばれ、車ごと遺棄されたことになる。

オーバーオールや下着は剃刀で切り裂かれており(性的暴行の形跡なし)、上半身(乳房)から唾液(B型かAB型)と市販されてない生成りの毛糸(子どものセルロイドの髪飾りに使われるものではないかと推定)が検出されている(当時、石川県警はDNA鑑定不可)。

目撃者証言からクラブ駐車場に車がなかった時間帯は19時20分から20時50分と1時間30分、殺害現場に行くまでの時間を引くと、殺害時間の20時まではわずか25分しかない。事件は、2007年秋に時効を迎えた。

〇西村虎男(主役)の経歴
1950年石川県生まれ、高校卒業後の1968年4月に、石川県警警察官として拝命し、以後33年間、刑事畑を歩む。晩年、大腸がんを患い、刑事警察革命のために生かされているとの思いを持つようになった。

一捜査員の立場で、さらには10年後に特捜班長として関わったのが、「金沢・女性スイミングコーチ殺人事件」だった。発生から15年後時効となった迷宮入り事件は、警察の都合のみを優先した捜査が行なわれるなど、数々の問題が浮き彫りに。定年退職を迎えた西村は、自らの体験に基づく捜査の裏に隠された真実を公表し、警察界に一石を投じる決意をした。

捜査指揮のずさんさ、初期段階において、心ない幹部の見込み捜査で「あの男が犯人に違いない」と捜査員に指示した言葉が、人々の心の奥深くに残されたままわだかまっている、噂は間違っているとの思いを届けたいとの強い一念があった。

事件発生から10年後に特捜班長として再調査した彼は、尻拭い調査と称する捜査ミスを暴き出すことに全力集中、刑事最後の仕事との思いで事件に取り組み、これまでわからないとされてきた凶器を、被害者のオーバーオールの左肩吊りベルトと特定し、最初の捜査段階でアリバイがあると除外されていた人物を容疑者として特定した。

しかし、その後の人事異動で、己はもとより、後事を託した係長も異動、継続捜査の必要性を訴える2人の声を無視して、事件は警察組織の手によって迷宮入りへと突き進む。

蚊帳の外から見守るも、発生から10年後に彼の手によって暴かれた捜査ミスを認めることを厭い、真実を秘したまま事件を終結させようとするのに愕然とし、憤りを覚える。退職辞令3日後に、刑事として力及ばなかったことの謝罪と、捜査状況説明に遺族宅を訪れた

〇監督の村山和也のブロフィール
1982年石川県生まれ、ニューヨーク市立大学を卒業、CM、MV中心の映像ディレクターの傍ら、短編「堕ちる」(2016年)を制作、本作が初の劇場版用長編映画だ。石川県白山市出身の監督自身、殺人現場の近くに住み、幼い頃から興味を持った事件で、西村虎男の無念さを映像で表現したかったという。

(「インド発コロナ観戦記」は、92回から「インドからの帰国記」にしています。インドに在住する作家で「ホテル・ラブ&ライフ」を経営しているモハンティ三智江さんが現地の新型コロナウイルスの実情について書いてきましたが、92回からインドからの「脱出記」で随時、掲載します。

モハンティ三智江さんは福井県福井市生まれ、1987年にインドに移住し、翌1988年に現地男性(2019年秋に病死)と結婚、その後ホテルをオープン、文筆業との二足のわらじで、著書に「お気をつけてよい旅を!」(双葉社)、「インド人には、ご用心!」(三五館)などを刊行しており、コロナウイルスには感染していません。また、息子はラッパーとしては、インドを代表するスターです。

2022年10月19日現在、世界の感染者数は6億2630万9894人、死者は657万3040人(回復者は未公表)です。インドは感染者数が4463万6517人、死亡者数が52万8943人(回復者は未公表)、アメリカに次いで2位になっています。編集注は筆者と関係ありません)