国のために戦った兵士が故国で苦しむ姿を描く「コントラクター」(353)

【ケイシーの映画冗報=2022年10月27日】本年2月から、ロシアが隣国のウクライナに“軍事侵攻”していることに対し、ロシア政府は一貫して“戦争”ではなく“特別軍事作戦”という表現をしています。

現在、一般公開中の「ザ・コントラクター」(MOTION PICTURE ARTWORK (C)2022 STX FINANCING,LLC.ALL RIGHTS RESERVED)。

数日前にロシア政府の高官が“戦争”と発したという報道がされるまで、“特別軍事作戦”がロシア政府の公式な表現となっていました。

戦史や歴史に明るい知人によると、こうした“言い換え”はそれこそ無数にあるそうです。他国からの滞在者の身柄を拘束して“人質”ではなく“ゲスト”としてもてなしているとした湾岸危機(1990年)の際のイラク政府などはその典型とのこと。もっとも、わが国もかつての戦争で、味方の全滅を“玉砕”と表現したりもしているのですが。

本作「ザ・コントラクター」(The Contractor)も直訳は“請け負い業者”ですが、真の意味は“非合法な仕事を請け負い(代理人)”ということになります。

アメリカ陸軍の特殊部隊“グリーン・ベレー”の一員であるジェームズ(演じるのはクリス・パインZ=Chris Pine)は、父親と2代にわたって軍人として国に尽くしてきたのですが、負傷を理由に除隊を強要されます。

軍隊しか知らないジェームズに収入のあてはなく、妻のブリアン(演じるのはギリアン・ジェイコブス=Gillian Jacobs)と幼い子どもを養うため、旧友で戦友のマイク(演じるのはベン・フォスター=Ben Foster)に相談します。マイクに連れられた先の“海外と取引のある農場”でオーナーのラスティ(演じるのはキーファー・サザーランド=Kiefer William Frederick Dempsey George Rufus Sutherland)に引き合わされます。ラスティの裏稼業は民間軍事会社のリーダーで、ジェームズとマイクに“海外でのアメリカ政府の関わる仕事”を依頼されます。

「ヨーロッパで危険な生物兵器に関する陰謀を阻止する」という任務でしたが、情報漏れから現地の官憲に追われ、マイクとも離れてしまったジェームズは、それでもたったひとりで戦い抜く決意を固め、愛する家族との再会を誓うのでした。

日本にいるとイメージしにくいのですが、海外には徴兵制のある国も多く、一般市民にも多くの元軍人が存在しています。私もアメリカに、“元陸軍軍人”や“元海兵隊員”の知人がおります。なかには“戦場”を知る御仁もおられまして、貴重なお話を伺う機会もありました。

「国のために戦った兵士が故国で苦しんでいる」というモチーフは、文学としては従軍経験のあるアーネスト・ヘミングウェイ(Ernest Hemingway、1899ー1961)の短編小説「兵士の故郷」(Soldier’s Home)が知られています。映画もすくなくありませんが、一般的に知られているのがシルベスター・スタローン(Sylvester Stallone)主演の「ランボー」(First Blood、1982年)でしょう。

2作目以降のシリーズはアクション中心の内容にシフトしていきますが、1作目ではベトナムでの過酷な実戦経験から、平和な社会に適合できない帰還兵の苦難が色濃く、描かれています。

本作の主人公ジェームズも、戦場での負傷が原因で軍をはなれることになっています。前述の湾岸危機のあとにおこなわれた「湾岸戦争」(1991年)の結果が不十分ということで開戦した「イラク戦争」(2003年から2011年)がその後のイラクの混乱、あるいは現在でも騒乱のつづくアフガニスタンでの戦傷かと想像されます。

ジェームズ役のクリス・パインは、本作に惹かれた理由をこう語っています。
「私が住んでいる国では20年近くも戦争が続いており、今なお戦争で命を落としている人がいるのに、彼らの死に関するニュースは今や新聞の中面に追いやられてしまっているからです」(パンフレットより)

イラク戦争の過程で世界に広く知られるようになったのが、本作にも登場する民間軍事会社でしょう。かつては単なる警備や兵士たちの訓練を行うだけで、実際に戦場でたたかうことはなかった(あくまで表向き)のですが、現在では世界の戦場や紛争地帯で、積極的に活動していることが確認されています。

国家が直接、タッチできないデリケートな問題、あるいは非合法な手段での解決などを手がける民間軍事会社のメンバーは“プライベート・オペレーター”と自称し、これまでの“雇われ兵”とは異なる存在であることをアピールしているそうです。

本作のタイトルである“コントラクター”もそうした流れに連なる言葉かもしれません。もっとも、表現や用語をかえたところで、本質的な部分にちがいはないように思うのですが。

そんな今日的な問題も考えさせる作品です。次回は「王立宇宙軍 オネアミスの翼 4Kリマスター版」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。