新石川県立図書館でインド絵本を見つけるも、使い勝手の悪さに失望(112)

(著者がインドから帰国したので、タイトルを「インドからの帰国記」としています。連載の回数はそのまま継続しています)
【モハンティ三智江のインドからの帰国記=2022年11月9日】石川県立図書館(1912年開館、蔵書数79万1374冊)が従来の金沢市本多町の旧館から、7月16日に金沢市小立野(旧金沢大学工学部跡)に新築移転した。

新石川県立図書館の外観。建物のデザインは、本のページを開く期待感をイメージしたものとか。

館内の洒落た円環構造、吹き抜けの円(まる)天井が話題になり、「日本一美しい図書館」と観光面でも注目されていたため、残暑の和らぐ合間を縫って、9月9日にやっと探訪がかなった。

あらかじめスマホで所在地をチェック、どうやら自宅マンションから徒歩で行けそうなので、夏バテで重くなった腰をあげて、出かけた。

大体、当たりをつけていたのより遠く、途中4人くらいの人に尋ね歩いて、ようやく辿り着けた。40分かそこらかかったと思う。県道から見ると、広々した前庭があって、奥まったところに焦げ茶の幅広の建物があり、何となく円形劇場のような壮観を想像していた私は、ありきたりな外観に訝しみながら、正面玄関まで来て石川県立図書館と銘打たれているのに、間違いないとわかり、紅殻格子をあしらったガラス扉の前に立って、自動で開いた中、入った。

エントランスを入ると、天井高18メートルの吹き抜けの空間が広がる、曰くグレートホール。

玄関左手は、「能登ミルク」なる図書館隣接カフェのテラスコーナーで、何人かの利用客がカフェラテなどを飲んでいた。

入舘した入口付近のスペース(屋内ひろば)には、恐竜の模型見本なども展示され、背後には階段状の休憩コーナーが上まで続いていた。

奥の受付カウンターで、図書カードの作り方を訊いて、もうひとつ先の自動ドアを潜り抜けると、吹き抜けの空間、グレートホールが開けていた。が、ネット越しの前知識で、円形劇場さながら壮大に開けるスペースを想像していたため、思ったより、やや狭く感ぜられた。

館内はきんきらきんの照明に、円形棚に展示された図書が3層に開け、4層目の空中回廊の真上に壮麗な円天井と、めくるめく雰囲気だった。地下1階地上4階建ての構造、最上階に円環状のブックギャラリーが開け、地上3層はスロープや階段で繋がり、エレベーターやエスカレーターも完備と、多様に錯綜する動線と、スロープに沿った書架が特徴だ。

エスカレーターで2階に上がり、カウンター受付の係の女性に仮登録の申請書に記入が必要と言われたので、コーナーの閲覧所にあった紙に手早く書いて、待ち順の列に並んだ。係員に健康保険証を見せて、ほどなくカードはできたが、貸出は館員の手を通さず、機械で行い、返却もブックポストと言われた。カード作成に並んでいた人は若者が多かったが、機械に弱い高齢者にはこのシステムはきついなと思った。

入口を入ると、屋内ひろばが開け、恐竜模型の展示があり、背後に階段状の休憩コーナーが。寛げるスペースが多いのが、新図書館の特徴だ。

ついでに、フリーWiFiのパスワードを訊いたら、そこのポスターの端に書いてあると、おざなりだった。行きつけの市立図書館では、紙に印刷されたパスワードを渡してくれるのに、省力化かもしれないが、市民に奉仕するはずの公務員のサービス精神に欠けると思った。館員が少ないのかもしれないけど、もう少し親切であってもいいのではないか。

その後、館内の探訪に繰り出したが、照明がきらびやかすぎて落ち着かない。円形棚に、テーマごとに展示された書籍を見て回り、階段を上がって次の層に行き、エレベーターで最後の4層へ。

加賀百万石・前田家の成巽閣(せいそんかく)を引用したという青基調の円天井を間近に仰ぎつつ、回廊をぐるっと巡って突き当たりの棚に絵本を見つけた。インド風の絵柄が目を惹いたのだ。

南インドのチェンナイ(旧マドラス)在のタラブックス(末尾に編集注)が限定出版しているハンドメイドの和紙に、シルクスクリーン手法の凝ったもの、なんとも手の混んだ手造り絵本だった。以前、金沢市泉野図書館で借りたことのある木をモチーフにした絵本の別バージョンもあって、近くに設えられた1人用ソファに座って、堪能した。

本というよりひとつのアート作品、古布を再利用したざらざらした厚みのある手触りを楽しみながら繰る糸綴じ絵本は、ゴンド(Gond)族というインド中央部の少数民族、奥地の原住民が土造の家の壁に描く模様がモチーフになっているようだ。

作家は原住民出身のBajju Shyam(バージュ・シャーム、1971年生まれ、文章はGita Wolf=ギータ・ウルフ、1956年生まれ)、「Creation(クリエイション)」と題されたた絵本の素朴でカラフルな図柄、人が生まれてから死ぬまでの、原住民信仰ともいうべき死生観が展開され、興味深かった。

同じタラブックスの世界的に高い評価の「The night life of Trees(夜の木)」(2008年ボローニャ国際絵本原画展でラガッツィ賞受賞)を借りようと、貸出マシンのもとに持って行ったら、貸出不能の本だった。

少し離れた4階の棚には、中原中也(1907-1937)の「在りし日の歌」(1938年)や、
萩原朔太郎(1886-1942)の「月に吠える」(1917年)の初版本もあり、こんな希少なものを貸し出すのかと驚いたが、あれも貸出不可だったわけだ。
初版本を一般貸出していたら、傷はつくわ、下手すれば戻ってこないわで、常識で考えれば、もっともだったが、こんな稀覯本を誰もが簡単に手に取れる棚に晒しておいて問題ないのだろうか。ストックがあるということか。

ざっと館内を巡ったが、照明が眩しすぎ、目が悪い当方を疲れさせる。図書館の落ち着いた雰囲気にはほど遠く、まるでテーマパークのような様相、若い人にはいいだろうが、活字世代の中高年者にはいただけない。そこかしこにラウンジソファや椅子、閲覧机、カウンターが設けられ、座って本を繰ったり、勉強やパソコンワークにはもってこいだが、通路のあちこちに人が座っているのは落ち着かず、座席コーナーを設けすぎではないかと思った。

と、私の新県立図書館に対する批評は、ネットで流布していたべた褒め評とは真逆、デザインした人は高名な建築家だと思うが、落ち着いた雰囲気の中でじっくり本を選びたい真の書物愛好家の利用勝手を考えたろうかと、疑問に思った。

後で調べてわかったことだが、設計を請け負った「株式会社環境デザイン研究所」会長、環境デザイン家の仙田満によると、県の構想で、従来の図書館機能のみならず、コミュニティ機能、貸出中心でなく課題解決の探求型、かつ、地域コミュニティ、地域文化、伝統文化とも連動した新しい図書館とのコンセプトだったらしい。

今回、見逃した子どもエリアには、さまざまな遊びの要素が取り入れられ、外部空間と繋がった造りだったらしいが、旧来の本好きの一般市民のニーズとはややかけ離れてしまった印象を否めない。本来、図書館とは、遊園地ではなく、落ち着いた雰囲気の中でじっくり本を選ぶところとする旧来保守派には、構想が飛びすぎてついていけない。

私なら、二度と来たくないとまでは言わないが、そう何度も利用したくない図書館、それに郊外で不便な立地だ。自家用車がある人ならまだしも、有料のバスに乗ってまで訪れる価値のある図書館だとは思えない(福井県立図書館も郊外にあるが、無料のコミュニティバスが出ている)。めくるめく展示に疲れさせられ、展示とは別の本来の各書棚のチェックまで目が行き届かず、唯一、インドの絵本を見つけ、ひととき楽しめたのが、収穫たった。

金沢の新名所となった感のある県立図書館は平日なのに、観光客も多く、やや騒がしく、人も多かった。私には、通い慣れた市立の泉野図書館の方が、きんきらきんの照明もなく、落ち着いた雰囲気で、一番だと思った。歩いて35分くらいだから、自宅マンションからの距離はほぼ変わらないが、新県立図書館はちょっと敬遠したい。せっかくカードを作ったけど、そう頻繁には訪れたくない、定期的に通う御用達図書館とはなりえそうにないのが、残念たった。

子どもから高齢者、県内のみならず、県外の人にとっても、知の殿堂としての刺激ある場となって欲しいとの、県はじめの設計者の意図、目的がなくても何気なく遊びに来れる場所で、うれしい時は心ときめき、悲しい時は癒さるそんな理想のスペースになって欲しいとの、新図書館像としての目論見が成功するかどうかは、時を待たねばならない。

(「インド発コロナ観戦記」は、92回から「インドからの帰国記」にしています。インドに在住する作家で「ホテル・ラブ&ライフ」を経営しているモハンティ三智江さんが現地の新型コロナウイルスの実情について書いてきましたが、92回からインドからの「脱出記」で随時、掲載します。

モハンティ三智江さんは福井県福井市生まれ、1987年にインドに移住し、翌1988年に現地男性(2019年秋に病死)と結婚、その後ホテルをオープン、文筆業との二足のわらじで、著書に「お気をつけてよい旅を!」(双葉社)、「インド人には、ご用心!」(三五館)などを刊行しており、コロナウイルスには感染していません。また、息子はラッパーとしては、インドを代表するスターです。

2022年11月3日現在、世界の感染者数は6億3133万4224人、死者は659万4863人(回復者は未公表)です。インドは感染者数が4465万5926人、死亡者数が53万0461人(回復者は未公表)、アメリカに次いで2位になっています。編集注は筆者と関係ありません)

注:「成巽閣」は、1863(文久3)年に加賀藩13代藩主の前田斉泰(なりやす、1811-1884)が母・真龍院(12代斉広夫人、鷹司隆子、1787-1870)の隠居所として建てた歴史的建造物で、歴史博物館として一般公開されている。兼六園に隣接する。1階は書院造で、2階は数奇屋造になっており、江戸時代末期の大名屋敷の代表的建築として、国の重要文化財に指定されている。付随する庭園「飛鶴庭(ひかくてい)」も国の名勝に指定されている。

注:タラブックス(Tara Books)は女性のGita Wolf(ギータ・ウルフ)が1994年にチェンナイ(Chennai)に設立した独立系の出版社。