アニメ界を牽引する、実は最初のロケットだった「王立宇宙軍」(354)

【ケイシーの映画冗報=2022年11月10日】1970年代後半から1980年代にかけて、日本のアニメーションの世界は一気に広がりを見せ、アニメーターや監督といったスタッフにも注目が集まるようになりました。作品を成立させる人々が意識されるようになったのです。

現在、一般公開されている「王立宇宙軍 オネアミスの翼」((C)BANDAI VISUAL/GAINAX)。初公開されたのは1987年3月14日で、今回は公開35周年記念で4Kリマスター版になっているが、音声は1987年当時のものが使用されている。この作品は当時のバンダイが映画制作を初めて手がけた作品というほかに、坂本龍一がアニメの音楽監督を担当した初の作品でもあった。

ですが、すぐにこうした潮流は確立しませんでした。アニメ監督の宮崎駿(はやお)が自身の原作を映画化した「風の谷のナウシカ」(1984年)は、現在でも評価の高い作品ですが、公開当時の興行成績はふるわず、映画館でのリバイバル上映やテレビ放送、ビデオソフトの販売などで評価が確立していった経緯があります。

1970年代まで、映画は劇場で封切り公開すると、テレビでの放送かリバイバル上映ぐらいしか鑑賞の機会がありませんでしたが、1980年代にビデオデッキが一般家庭に普及し、映像作品を借りて鑑賞できるレンタルビデオ店の登場など、映像ソフトの市場が広がっていきました。

そんななか、おもちゃメーカー大手のバンダイ(現・バンダイナムコ)が、長編劇場用映画としてはじめて制作したのが本作「王立宇宙軍 オネアミスの翼」(1987年の公開時は「オネアミスの翼 王立宇宙軍」)でした。

「構想5年、制作3年、巨費8億円を投入。アニメーション史上空前のスケールを持つビッグプロジェクトがついに完成した!」(公開当時のパンフレットより)と評された本作ですが、監督・脚本・原案の山賀博之が24歳であったのをはじめ、メインスタッフの多くが20代の若手でありながら、1本の劇場用映画を完成させたことも、特筆されるべきでしょう。

1950年代の地球のような“ある星”、その一大陸にあるオネアミス王国。青年シロツグ(声の出演は森本レオ)は、“戦わない軍隊”王立宇宙軍の一員でした。

「人類を宇宙に送る」目的で設立されてから30年、予算も人員も限られた宇宙軍のなかで、だらけた日常を過ごしていたシロツグは、ある日の夜、布教に精を出す少女リイクニ(声は弥生みつき)に出会います。

彼女と触れ合うことで人生の目的を取り戻したシロツグは、この星ではじめての宇宙飛行士に志願するのでした。“有人宇宙飛行計画”は王国の周辺にも影響をあたえ、強大な隣国である共和国もその状況を意識するようになります。宇宙飛行士として時代の寵児となったシロツグ。政治に翻弄されながら、確実に進んでいく飛行計画。共和国の実力行使も予想されるなか、シロツグを乗せた宇宙ロケットは飛び立つことができるのか。

本作は公開当時にも鑑賞しましたが、35年(!!)を経ると、新たな発見もありました。作品内のカットや構図に、実写映画(公開当時でも過去作品)の影響が感じられたことです。

時間の経過は、自分の映像体験も補完されているのでしょう。自分も研鑽を積んでいるつもりですので、かつては判らなかった部位にも、気がつくことができたようです。過去の作品でも自由に観ることができる現在に、感謝すべきなのでしょう。

そして、徹底的な手作業の作画。初歩的なデジタル技術は導入されていましたが、作画はアナログ作業で、ロケット打ち上げ時に降り注ぐ大量の氷片(冷却した液体燃料が注入され、ロケットの表面は氷に覆われます)は手描きで、爆発シーンで飛び散る破片や衝撃波も同様です。本作で駆使された手描き作業やフィルム撮影の技術体系は、デジタルが主流である、現在のアニメ製作で見ることはほぼありません。消えゆく技術があることは進歩と表裏一体ですので、受け入れていくことも必要なのです。

時間を経ても変わらなかったのは、作品全体に散りばめられた異世界の構築についての情熱です。オネアミス王国という、“完全な仮想国家”についての緻密かつ周到な設定は政治体制から宗教観、しきたりやジンクスまでが生み出され、地理的条件や舞台となる惑星の天文に至るまでが入念に構築されています。

王国民がしゃべるのは日本語ですが、文字は手描きや印刷用、筆記体やデジタル表記までが設定されています。建造物やネオンもすべて描き起こしです。さらに、共和国はまったく架空の言語が外国人の俳優によって話される徹底ぶりに、若手スタッフの意気込みと熱意が伝わってきます。

この作品には現在でも活躍する多くのクリエイターが参画しています。制作した企業ガイナックスは、10年後にテレビアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」を生み出し、その主要スタッフはこの作品にも参画している面々です。

興行的にはきびしかった本作ですが、「現在の日本アニメ界を牽引する、強力な一段目のロケット」だったのか、と鑑賞後に感じました。35年後に劇場のスクリーンで鑑賞できる作品が、不出来ということはないはずですから。次回は「ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー」の予定です(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。