インド・プリー出身のシェフの店「ORISSA」のハラール対応カレー(128)

【モハンティ三智江のインドからの帰国記=2023年6月6日】ある日ネットサーフィンしていたら、偶然「ORISSA(オリッサ)」(石川県金沢市諸江町上丁2-1、080-4256-8879)という名のインド料理店が3月25日、金沢市にオープンしたとの情報が目に飛び込んできて、釘付けになった。

東インド料理店「ORISSA」は、金沢駅から3駅目の上諸江駅(浅野川線)で下車、浅野川に向かって直進、右折して少しすると、看板が見えてくる。店舗は2階。

早速そのページを開いてみると、おいしそうなランチプレートの写真と共に、インド人オーナー(イスラム教徒)の写真が掲載されており、オープンして2カ月に満たない「ORISSA」は、イスラムのハラール(Halal、イスラム法上、行ってよいことや食べるものが許された食材・料理、飲食のみならず化粧品、約束、契約、仕事なども含む)対応店で、金沢市上諸江にあることがわかった。

折を見て電話してみると、当のご主人が出て、なんと驚喜することには、私が1年3カ月前まで居住していた東インドのオリッサ(現オディシャ=Odisha)州のヒンドゥー教聖地プリー(Puri)出身であることがわかって、2度びっくり。こういうシンクロって、万に1つの奇跡ではなかろうか。

プリーには私を含め8人の日本人妻・夫がいて(現地にとどまるのは少数、私は草分けの先駆者)、亡夫(ヒンドゥー教徒)が可愛がっていた元旅行代理店のムスリムオーナーの弟2人が日本女性と結婚して日本に滞在しているとの情報は前から得ていたので、そのうちの1人じゃないかと疑ったが、違った。奥さんとは現地で知り合ったと勝手に思い込んでいた私だが、2人は日本のインド料理店が出会いの場で、奥さんはまだ1度もプリーに行ったことがないという。

店の前には大々的な謳い文句の幟がはためいていた。まさか日本のベースがある金沢市で、インドの居住州の屋号を目にしようとは。奇跡の遭遇に感激!

とりあえず、5月9日16時30分に取材のアポを取り付け、詳しく話を聞くことにした。当日、金沢駅地下で浅野川線に乗り、3駅目の上諸江駅で下車、あらかじめネットで確認してあった地図情報に従い、浅野川方面に直進して狭い車道を右折すると、数分後に「ORISSA」の看板が見えてきた。

30分早く着いてしまったが、中で待たせてもらうことにし、引き戸を開けて目前に伸びている階段を上がって2階へ。「こんにちは」と声をかけながら中に入ると、昼休みを挟んでの17時再開店のお店はまだ準備中で客の姿はなく、がらんとしていた。前身が居酒屋だったらしい店内は、カウンター席と座敷席と、広めのスペースが開けている。

奥に向かって何度か声をかけてみたが、誰も姿を現さないので、電話してみたが、店内にある携帯のコール音が鳴り響いて、戸惑った。そうするうちにコール音を聞きつけたらしいインド人のご主人が奥から姿を現し、ほっとした。

まずは初対面のあいさつを交わす。私は、ライターの日本製名刺のほかに、現地で印刷したインド風デザインのホテル(私が亡夫と経営していたHotel LOVE&LIFE, C.T.Road, Puri, Odisha、現存)の名刺も渡す。

対するご主人は、氏名がセク・ラジ(Sekh Raj)さんでニックネームはばぶ(Babu)ちゃん、年齢は42歳、プリータウン出身だ(鉄道駅近く、わがホテルまで徒歩25分、両親と弟妹の4人家族は現在州都ブバネシュワール=(Bhubaneswar)=に在住)。

インド各都市の5つ星ホテル内レストランでコックとして働いていたが、日本の愛知県名古屋市でインド料理店を経営していた叔父さんに招聘されて15年前(2008年)に来日し、以後、日本各地のインドレストランで働きながら、経験を重ね、9年前(2014年)に金沢市入江(間明)のインド料理店「AZAAN」(アザーン、現在白山市に移転)で、お客として訪ねてきた明子さん(石川県金沢市出身)と知り合い、1年後の2015年に結婚、2児(7歳の透快=スカイ君、5歳の颯=リク君の男児)が産まれた。

セクさんは明子さんの優しさに惹かれ、明子さんはセクさんの知識経験が豊富なことと、日本語が堪能で意思疎通に困らないことなどから、結婚を決めたという。特に家族の反対もなく、イスラム教への改宗についても迷いもなくすんなり決まったそうだ。

店のカウンターに立つオーナーシェフ、セク・ラジさん。居酒屋大好きのセクさんにとって、前身居酒屋の店舗はお気に入り、紋飾りの壁にはインド国旗と世界地図、インド料理店とのミスマッチが面白い。

3年前から金沢駅西口でキッチンカーを始め、今年の3月にようやく自前の店オープンに漕ぎ着けたわけだが、ここに至るまでの道のりは平坦でなく、山あり谷ありの苦節の連続だった。一時期能登に移住したこともあったが、地域住民のイスラム教徒に対する理解が足りず、差別・偏見とも闘わねばならなかった。

2020年2月から勃発したコロナ禍のせいで、インド料理店も窮地に追い込まれ、見通しの立たない中、知人にキッチンカービジネスを勧められ、クラウドファンディングで資金集め、支援者のサポートもあってハラール対応のカレー弁当屋は軌道に乗り、3年後に自店開業に漕ぎ着けたという。

セクさんにお話を伺ううちに、奥さんの明子さん(46歳)が幼稚園に預けていたお子さんを引き上げて帰ってらした。30分早く着いたためご主人に先に話を伺っていたことをお詫びして、改めて明子さんにお話を伺う。

彼女は健康志向の自然食推進派、牛乳や白砂糖は未使用(きび糖などで代用)、無農薬野菜を使った薬膳カレーが「ORISSA」の売りなのは、そういう理由による。セクさんも、インドのご両親が農家出身だったことから有機野菜や自然食に関する知識が豊富で、ヘルシーなハラール食を心掛ける。

ORISSAのランチメニューは、体にいい薬膳カレーで本場仕込みのおいしさ、デトックス効果もあるので週1度は試したい。

そんな心尽くしのランチプレートの中身は、バターチキン(セクさん自らさばいた鶏を炭火で焼きトマトペーストを絡めたカレー)、チャナ(ひよこ)豆をはじめ各種豆類を用いたカレー、マンゴーのピクルス・アチャール、千切りキャベツ、ナン(セクさん夫婦は「チャパティ」と言うが、見た目は現地の薄っぺらな丸パンでない厚みがあり、形状からもナンに近く、豆乳にきび、ベーキングパウダーが素材)とバスマティという品種の香り高い高級外米(トップに現地のミックスチャーと言われる細かく砕いた豆やフライ菓子などが混ざったスナックが振りかけられている)は食べ放題、これにジュース(アップルかオレンジ、夏場はヨーグルトジュース・ラッシー)か、豆乳チャイ(北インド民が愛飲するミルクティー、現地では牛乳使用)、これで1000円(税込)はお得だ(テイクアウトは600円から)。

見た目だけでなく、味も絶品の日本人の口に合わせたスパイス抑えめのカレーは美味、風味豊かなグレイビーをナンに絡めたり、バスマティライスにかけたりして戴くと、ほっぺたが落ちる。食後はジュースもいいが、ぜひ豆乳チャイを試していただきたい。現地のように甘ったるくなく、牛乳未使用でアレルギーの人にもやさしい味だ。

ご主人の信仰に則って、自身もイスラム教に改宗された明子さんは(お子さんも同様)、イスラムのハラーム(Haram、イスラム法上、許されないこと。食では豚の油や肉は禁忌、日本のポークカレーもタブーでセクさん一家は忌避)に対応しているため、イスラム教徒の在沢外国人や留学生のお客さんも訪れるとした上で、ほとんどの客層は地元の日本人か、観光客とのことだった。

セクさんは、日本の居酒屋カルチャーにぞっこん、刺身や寿司、吉野家の牛丼も好物という。いつか、家族そろって故郷プリーに帰るのが夢で(セクさん自身は6年前に一時帰国)、お店も軌道に乗ったら、2店目と少しずつ店舗数を増やしていきたいという。副業として中古車販売の仲介にも手を染めるセクさんだけに、夢が叶うのもそう遠くはないだろう。

一方、明子さんの夢は、国籍問わず皆が仲良く平和に寛げる、食文化の交流ができるような場作り、気軽に足を運べるコミュニティ作りを目指す。かつ地域に根ざした「地域食堂」でありたいと、抱負を漏らす。ハラール食を通してインドのイスラム文化を知ってもらいたいとの希望もあり、日本社会に順応できず悩んでいる留学生や外国人が気軽に相談できる駆け込み寺的場が提供できたらうれしいと熱っぽく語る。

息子2人を夫の祖国に送り、現地教育を受けさせることも考えており、将来は日本とインドを行き来できるような二重生活が夢という。

わが第2のふるさと・プリー出身のインド人シェフが丹精込めて作る本場カレーをぜひご賞味いただきたい。無農薬野菜使用の体を気遣った薬膳カレーセットが1000円とはお得、ライスやナン食べ放題、飲み物付きのサービスもうれしい。

ハラール対応カレーに腕をふるうオーナーシェフ、セクさんの制服の後ろには、「ODISHA」の文字が。まさにわがオディシャ(旧オリッサ)の誇り!

ご夫婦はとても気さくで、セクさんは日本語が喋れるので、意思疎通にも困らない。インド料理店は数あれど、ハラール対応店は、石川ではここ1軒のみ(隣県富山には数店あり)、しかもネパール人経営のインドレストランが多い中で、真正のインド人による、それも東インド・オリッサ(現オディシャ)州というまれな地方出身のシェフが腕をふるう、本場仕込みのスパイスカレー、ぜひ試食いただきたい。

〇東インド料理・ハラール対応レストラン「ORISSA」について
営業時間は11時から15時と17時から21時。水曜日が定休。菜食志向者には、ビィーガン(Veegan)対応のメニュー(1500円から、要予約)も用意されている。酒類に関しては、イスラム法上禁酒の観点から、店にはなく、お客の持ち込みとなる。

〇関連トピックス
金沢市大桑町で4月20日開催された「こども食堂」(土井裕平企画主催、開設3周年)で、「ORISSA」によるハラール対応カレー弁当が初めて供され、話題になった。会場は、「おおくわこども食堂」の拠点である通常の石川県営大桑団地集会所から500メートル離れた市営大桑集会所で、このエリアには1割弱の外国人が住むという。これまで外国人の子どもたちが訪れたことは1度もなく、食の嗜好が違うかと、主催者側はハラール食の提供を思いついたという。

当日は、インドネシアやバングラデシュからの親子連れが訪れ、用意した60食の弁当(大人300円、子ども無料、中身はハラール対応の鶏肉を用いたチキンカレー、野菜のスパイス炒め、薄焼きパン・チャパティなど)は1時間後に完売、国境を越えて仲良くなってくれればと願う主催者の目論見は当たった。地元と外国の子どもたちとの国籍や文化を超えた国際交流の場として、石川では初の試みということで注目され、「ORISSA」も一役買った。

(「インド発コロナ観戦記」は、92回から「インドからの帰国記」にしています。インドに在住する作家で「ホテル・ラブ&ライフ」を経営しているモハンティ三智江さんが現地の新型コロナウイルスの実情について書いてきましたが、92回からはインドからの「帰国記」として随時、掲載します。

モハンティ三智江さんは福井県福井市生まれ、1987年にインドに移住し、翌1988年に現地男性(2019年秋に病死)と結婚、その後ホテルをオープン、文筆業との二足のわらじで、著書に「お気をつけてよい旅を!」(双葉社)、「インド人には、ご用心!」(三五館)などを刊行しており、コロナウイルスには感染していません。また、息子の「Rapper Big Deal」はラッパーとしては、インドを代表するスターです。

2023年6月5日現在(CoronaBoardによる)、世界の感染者数は6億8544万5016人(前日比3万2534人増)、死亡者数が688万0954人(399人増)、回復者数は6億1867万4177人(3万7429人増)。インドは感染者数が4499万1582人、死亡者数が53万1880人、回復者数が4445万6359人、アメリカに次いで2位になっています。

ちなみにアメリカの感染者数は1億0713万6818人(前日比7955人増)、死亡者数が116万5733人(193人増)、回復者数は1億0523万9427人(1万5361人増)。日本は5月8日以降は未公表。編集注は筆者と関係ありません)