「クルーソー」をイメージし、地球を「異界」として描いた「65」(369)

【ケイシーの映画冗報=2023年6月8日】本作「65/シックスティ・ファイブ」(原題・65、2023年)で冒頭、母星をはなれ、長期の探査任務をおこなっている宇宙船が、小惑星帯に突入したことで未知の惑星に墜落しました。九死に一生を得た船長のミルズ(演じるのはアダム・ドライバー=Adam Driver)は、宇宙船の残骸からもうひとりの生存者コア(演じるのはアリアナ・グリーンブラット=Ariana Greenblatt)を助け出します。

現在、一般公開中の「65/シックスティ・ファイブ」。アメリカでは3月10日に公開され、制作費が4500万ドル(1ドル=130円で約58億5000万円)、興行収入は6000万ドル(約78億円)。

ふたりが降り立ったのは未知の惑星“地球”でした。しかも、6500万年前の白亜紀後期、恐竜時代の末期です。

同世代のコアに実の娘ネヴァイン(演じるのはクロエ・コールマン=Chloe Coleman)を重ねてしまうミルズですが、コアとは母国語が異なることでコミュニケーションがむずかしく、子どもということもあり、ひとりで危険な異星で生き抜くことになるのです。

ミルズは墜落した宇宙船から分離した脱出ポッドに向かうことにしますが、この惑星には重大な事態が迫っていることを知ります。まもなく、宇宙船を破壊した小惑星帯がこの星に衝突するという絶対的な危機でした。ふたりは無事、この惑星を離れることができるのか。

「65/シックスティ・ファイブ」の監督・脚本を担当したスコット・ベック(Scott Beck)とブライアン・ウッズ(Bryan Woods)のクリエイター・コンビです。ふたりが注目を浴びたのは、聴覚が異様に発達したモンスターに地球が支配され、生き残った少数の人類が荒廃した世界を生き抜く「クワイエット・プレイス」(A Quiet Place、2018年)という、ホラー作品の原案と脚本を生み出したことでした。

「クワイエット」の「危険な世界を少人数で生き残る」というプロットは、本作にも通ずるものがあります。本作にもホラー要素はありますが、そこに“恐竜”と“宇宙SF”という、子どもごころにワクワク、ドキドキさせるプロットを映画化した源流は、ペック監督によると、
「私たちの中にいる12歳の少年が、ずっと恐竜映画をつくりたがっていたんです」(パンフレットより)ということなので、まさに初志貫徹といえるのではないでしょうか。

そして、映画というメディアは創世記から、“宇宙”と“恐竜”を題材としてきました。脚本・監督を“映画の開祖”といえるジョルジュ・メリエス(Georges Melies、1861-1938)が手がけた「月世界旅行」(Le Voyage dans la Lune、1902年)は、月に大砲で(有人ロケットも飛行機もない時代)行き、月面の人々と交流するというモノクロ・サイレント作品ですが、初のSF映画として知られています。

人形のコマ撮り(ストップ・モーション)で、太古の恐竜を映像で再現した「ロスト・ワールド」(The Lost World、1925年)は、「キング・コング」(King Kong、1933年)とともに“特撮映画の古典”となっています。

本作で気がついたのが、主役であるサバイバーのキャラクター造形です。活動の舞台は太古の地球なので、かれらにとって異界なのは(現代人である観客からも)、当然ですが、ミルズとコアは異星人ですから、地球の知識はもっていません。巨大生物に襲われている状況で、知識どころではないのが実情でしょうし。さらには、ミルズは宇宙パイロットであり、遭難者です。探検家でもスーパーヒーローでもないのです。

このあたりのキャラクター造形は、イギリスの作家ダニエル・デフォー(Daniel Defoe、1660-1731)の著した「ロビンソン・クルーソー(Robinson Crusoe)」(1719年)がイメージされていると感じます。

難破した船乗りのロビンソン・クルーソーが、座礁した船から持ち出した物資を活用して無人島で生き抜き、28年後に文明の世界へ戻るという物語の骨子は、誰もが知るものでしょう。さらにロビンソンは、命の危険から救った相棒を得るのですが、その相手と最初は言葉が通じなかったことなど、本作のミルズとコアの関係の原型となっているではないでしょうか。

宇宙船で冷凍睡眠が可能となる科学技術がある一方で、言葉が障壁になるということは、スマホのような機材は、かの天体にはないのでしょう。ミルズが扱うライフルも、SF的デザインになっていますが、火薬を使うタイプで、威力も我々の知る現代の銃器と大差はないようです。

ほかにも、空を飛ぶ翼竜や小型や大型の恐竜、音もなく襲う不気味な昆虫などは、モデルが存在してはいると思いますが、本作のオリジナル・デザインとなっています。言葉が英語なのは映画として仕方のない部分ですが、そこまで改編してしまうと、作品そのものが破綻しかねません。

“異界をえがく”ことに真摯に向き合い、ていねいに造りこまれた逸品だと感じます。次回は「探偵マーロウ」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。