引退後に制作した宮崎監督に次回作を期待させる「君たち」(372)

(著者注:鑑賞した公開初日の時点で、本作についての公式なアナウンスは出ておりません。したがいまして、ストーリーの紹介などがいわゆる“ネタバレ”となる懸念がありますことをご了承ください。編集注:ただし、ウイキペディアにはすでに詳細なストーリーが書かれていますが、著者の意を汲んで、ここでは言及しません)
【ケイシーの映画冗報=2023年7月20日】本作「君たちはどう生きるか」は、公開されるまで、鳥のような存在が描かれた1枚のポスターが提示されたのみで、いわば“情報統制”という環境にありました。ポスターには宮崎駿(はやお)監督作品というクレジッドがあるだけという、シンプルな仕上がりでした。

現在、一般公開中の「君たちはどう生きるか」((C)2023 Studio Ghibli)のフライヤー。
興行通信社によると、7月14日から17日の4日間で動員135万3000人、興収21億4900万円となり、2001年公開の「千と千尋の神隠し」の初動4日間興収を超え、2013年公開の「風立ちぬ」との興収対比では150%となった。

公開直前になって、ようやく、以下の一文を目にすることができました。
「本作のタイトルは、吉野源三郎(1899-1981)が1937(昭和12)年に発表した児童向け小説の題名と同じです。宮崎駿監督は子どもの頃にこの本を読んで大変感銘を受け、それで今回、自作のタイトルに借用させてもらいました。しかし、映画の中身は吉野の小説とは全く別で、宮崎監督の完全なオリジナルです」(「野中くん発 ジブリだより」、熱風ージブリー2023年7月号より)

太平洋戦争(1941年から1945年)のなか、火災で母を喪った少年、牧眞人(まき・まさと、声の出演は山時聡真=さんとき・そうま)は、軍需工場の経営に関わる父親(声の出演は木村拓哉)の再婚にしたがって、都市部から田舎へと移ります。あたらしく母となるのは、亡き実母の妹である夏子(声の出演は木村佳乃=よしの)で、そのおなかには新たな生命が宿っていました。慣れない環境に戸惑う眞人でしたが、ふしぎな鳥アオサギによって、不思議な世界へと足を踏み入れることになるのでした。

前作の「風立ちぬ」(2013年)が、実在の人物をもとに描かれた宮崎監督の“幼き日”であり、第2次世界大戦(1939年から1945年)前夜という舞台背景でした。本作の主人公である眞人は“少年の頃”、太平洋戦争に直面した宮崎少年のイメージが描かれていると考えられます。旧日本海軍の傑作戦闘機である“ゼロ戦(零式艦上戦闘機)”の設計者である堀越二郎(1903-1982)と小説「風立ちぬ」の著者である作家の堀辰雄(1904-1953)を「ごちゃまぜにしてひとりの主人公“二郎”に仕立てている」と宮崎監督が企画書に記しているように、私たちのイメージする昭和初期の日本を宮崎監督の筆致で描いた作品でしたが、本作は時代設定を太平洋戦争としながら、ひとりの少年の「ファンタジックでドラマチック」な体験が、宮崎監督の類まれなアニメ技法でつむぎあげたというのが作品の本質だと思います。

もともと自動車(「ルパン三世カリオストロの城」1979年など)や飛行機(「紅の豚」1992年など)といったメカニックを、躍動的かつ魅力的にアニメで動かしている宮崎監督ですが、その動きはリアルである一方で、ディフォルメされ、しばしば現実の物理法則を逸脱していきます。

実写映像では破綻してしまうようなダイナミズムを、動く映像として成立させるのは宮崎監督の真骨頂なのです。その一方で、細やかな動きの描写も秀逸です。本作でも、乗り物にヒトが乗るときの重心の動きや、出征する兵士のふるまい(指摘は歴史にあかるい友人でした)といった部分に、その志向を感じることができます。

「ダイナミックなディフォルメと繊細な描写」が、宮崎アニメの大きな魅力です。その影響はアニメにとどまることなく、アニメ以外の映像作品にも、多くの影響を与えています。2002年の「千と千尋の神隠し」で2003年のアカデミー長編アニメ映画賞を、2015年には日本人として2人目のアカデミー賞名誉賞を受けていることもその力量は理解できるでしょう。

前述のように、公開前の宣伝材料がポスターの絵のみで、チラシも予告編も開示されていないという徹底ぶりなので、宮崎監督の本作についての“肉声”に触れることができないので、妄想にちかい私見を開陳させてください。

「風立ちぬ」を“本気の引退作”と述べながらも、こうして本作を創り出しているので、どうしても、次回作も想像してしまいます。幼き日、少年の頃に連なった宮崎監督の青年期が芯となる、“アニメーションとわが生涯的な映像叙事詩”を勝手に夢想しています。

もちろん、60年にわたり、日本のアニメを牽引してきた宮崎監督の年齢、体力面などから、難行苦行はあきらかですが、期待だけはさせてほしいと、強く願っています。もう幾度となく“引退を撤回”されているのですから。次回は「ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE(パートワン)」の予定です(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。

編集注:「野中くん発 ジブリだより」2023年7月号(2023年7月10日発表)の主な内容は以下の通り。

本作のタイトルは、吉野源三郎が1937年に発表した児童向け小説の題名と同じです。宮﨑駿監督は子供の頃にこの本を読んで大変感銘を受け、それで今回、自作のタイトルに借用させてもらいました。しかし、映画の中身は吉野の小説とは全く別で、宮﨑監督の完全なオリジナルです。

本作の企画書が書かれたのは2016年夏、三鷹の森ジブリ美術館用の新作短編アニメーション「毛虫のボロ」(原作・脚本・監督:宮﨑駿)の制作中でした。その後、宮﨑監督は「君たちはどう生きるか」の絵コンテ執筆を「ボロ」制作と並行して開始、「ボロ」の作業の目処がついた後は「君たち」の絵コンテに集中してゆきます。

2017年5月19日、スタジオジブリはホームページに告知を出し、宮﨑駿監督の新作長編制作に向けての新人スタッフ募集を発表。この告知により、宮﨑監督が新作映画の制作を再開することを、世間に対し公式に表明することになりました。7月3日にはメインスタッフに向けて宮﨑監督が自ら「君たち」の作品説明を社内で行い、制作部門の新たなスタートということで「開所式」を実施。

8月には作画インとなり、制作は本格的にスタートしました。10月に、宮﨑監督は公開対談の中でタイトルを披露。それ以後、ジブリから特に発信は行わず、スタジオではひたすら本作を制作し続けてきました。作画インから数えて足掛け7年、遂に公開日を迎えることとなったわけです。

まっさらな状態で映画を観て欲しいという思いから、今回、宣伝をほぼせず、情報もほとんど出さないできました。

ウイキペディアによると、2013年に宮崎駿が自身のマンガ作品「風立ちぬ」を原作としたアニメ映画「風立ちぬ」を公開し、それを最後に「宮崎が長編映画の制作から引退する」ことをスタジオジブリ社長(当時)の星野康二が発表した。

しかし、2017年2月24日にプロデューサーの鈴木敏夫が「Oscar Week 2017」において、宮崎が長編映画の制作に復帰したことを公表し、事実上の引退撤回となった。ただし、宮崎自身は「自分は引退中であり、引退しながらやっている」と発言している。

同年5月19日、新作のスタッフを公式サイトで募集開始し本格的に制作がスタートした。10月28日に早稲田大学で開催されたイベントで新作のタイトルが「君たちはどう生きるか」であると明かされた。

2020年5月13日にエンターテインメント・ウィークリーの取材で鈴木が1カ月に1分間のペースで制作中と語り、単純計算で2020年5月時点で3年間費やしたので36分が完成したことになる、と述べている。同年11月30日の「アーヤと魔女」合同取材会において、鈴木は作画の半分が完成し、全体の尺がオープニングとエンディングを入れて約125分になる予定であり、あと3年はかかると明かした。

2022年12月1日、本作に出演した木村拓哉が自身のInstagramで「久しぶりにお会いする(宮崎)監督の元、とある作業へと向かいます」と映画の題名を隠した台本と共にアフレコ作業を行ったことを投稿した。12月13日、配給の東宝は本作を2023年7月14日に公開すると発表した。

2023年2月下旬、初号試写が行われ、試写終了後、宮崎は「おそらく、訳が分からなかったことでしょう。私自身、訳が分からないところがありました」と発言した。7月4日、音楽は久石譲が担当することが判明、8月9日に徳間ジャパンコミュニケーションズから主題歌含む37曲が収録されたサウンドトラックが発売される。

プロデューサーの鈴木は、2023年6月2日に行われた「文藝春秋」編集長の新谷学との対談において、本作については宣伝を一切行わない方針を明らかにした。また、「金曜ロードショーとジブリ展」の開会セレモニーにて、鈴木は、「いろいろ考えているうちに一切宣伝がなかったら、皆さんどう思うんだろうと考えてみた。僕の考えですけど、これだけ情報があふれている時代、もしかしたら情報がないことがエンタテインメントになる。そんなふうに考えました。うまくいくかどうかわかりません。わからないけど、それを信じてやる、ということです」と語っている。

2022年12月13日に公開予定日とポスタービジュアルが発表されたが、以降予告編の公開やCM、新聞広告、公式サイトの開設といったプロモーション活動は全く行われておらず、出演者や主要なスタッフについても公開日までほとんどが非公開となっており、2023年2月下旬に行われた初号試写でも、厳重な箝口令が敷かれた。公開日となる2023年7月14日に出演者が解禁となり、米津玄師が主題歌を担当したことが判明した。また、パンフレットは公開日に販売されず、劇場では「パンフレットは後日発売」との旨の告知が掲示された。