現実を観る冷静な視点が特筆に値する「カンダハル」(379)

【ケイシーの映画冗報=2023年10月26日】本作「カンダハル 突破せよ」(Kandahar、2023年)で、イギリスから派遣され、アメリカのCIA(Central Intelligence Agency、中央情報局)に所属して活動中のトム・ハリス(演じるのはジェラルド・バトラー=Gerard Butler)は、潜入工作員として、イラン国内にある重要な極秘核施設の破壊を成功させました。

現在、一般公開中の「カンダハル 突破せよ」((C)2022 COLLEAH PRODUCTIONS LIMITED. ALL RIGHTS RESERVED.)。アメリカ国防情報局の職員だったミッチェル・ラフォーチュンが2013年のアフガニスタン赴任時に体験した実話をベースに、2016年6月に自らが執筆したオリジナル脚本「Burn Run(バーン・ラン)」を映画化した。

ハリスが娘のいるロンドンに帰るため、空港にいたところで新たな任務が与えられ、イランの隣国であるアフガニスタンに潜入し、待機することになります。そんなハリスに危険が迫ります。CIAから機密情報が流出し、イランの核施設を攻撃したのが彼であることが露顕したのでした。

巻き込まれたかたちで、アフガニスタン人通訳のモハメド(演じるのはナビド・ネガーバン=Navid Negahban)とともに、脱出を決意するハリスですが、与えられた時間は30時間。混乱を極めるアフガニスタン国内を400マイル(約650キロ)も移動して、カンダハルの空港に着けなければ、むごたらしい最後が待っています。

ハリスを狙うのは核施設を失ったイランの特殊部隊“コッズ(Qods)”、アメリカとの交渉材料として捕えようとするパキスタンの諜報機関、アフガニスタンを実行支配するタリバンの武装集団、さらにはただ捕まえて、賞金をせしめようという地元の民兵組織などが、それぞれの思惑と方法でハリスとモハメドを追い求めます。ふたりは戦いながら砂漠を駆け抜けていくのでした。

主人公のトム・ハリスを演じ、プロデューサーも兼ねるジェラルド・バトラーは、イギリス出身で俳優となる前はグラスゴー大学で法学をまなび(法学部を首席で卒業)、紀元前の戦闘国家スパルタのレオニダス王(Leonidas I、?-BC480)を演じた「300-スリーハンドレッド」(300、2007年)の主演で、知名度を一気に高めました。

わずか300人で20万人のペルシャ軍を打ち破ったというレオニダス王には、血気盛んな戦士と冷静な統治者という二面性があり、法学と演技という両面に秀でたバトラーにとって、相性のよいキャラクターだったのでしょう。

バトラーの主演作ではとくに、「完全なる報復」(Law Abiding Citizen、2009年)が気に入っています。家族を喪った主人公がアメリカの司法に戦いをいどみ、まさに法の目をくぐって目的を達成する姿が、法律に明るいバトラー本人と重なって、魅力的な1本です。この作品は彼がはじめて製作に関わった作品で、ここで本作の監督であるリック・ローマン・ウォー(Ric Roman Waugh)と出会っているそうです。

スタント・マン出身のウォー監督は、この5年間で3本のバトラー主演の作品を手がけており、かなりのハイペースといえるでしょう。バトラーとのコンビでは長い打ち合わせなどは必要ないのかもしれません。

「彼とは苦難を共にしてきた仲だからね。コラボレーションには欠かせない信頼と、互いに正直になれる関係性がすでにあった」

敏腕のエージェントとして困難な任務にかかわるハリスは、仕事面では充実している一方、家庭は破綻しており、娘と自由に会うことすらできずにいます。たまたま、ハリスと同道することになるモハメドも、じつは一度、強烈な悲劇に遭遇し、故国アフガニスタンを捨てていた人物でした。わずかな時間に両人がお互いの心情を理解するシーンは、バトラーとウォー監督の経験なのかもしれません。

かれらを追う面々も、国家機関としての命令であったり、自分自身の待遇改善を求めていたり、善悪の単純な分け方はされていません。かれらの所属する国家や組織の指示に従っているだけなのです。

ハリスを死地に送り込むのが、ジャーナリストのクジャイ(演じるのはニーナ・トゥーサント-ホワイト=Nina Toussaint-White)によるスクープなのですが、そのことからイランの治安当局に“拉致”されます。報道にも、場所によっては危険が伴うことが描かて、現実に則したストーリーであることが実感されます。

本作の原作と脚本は、実際にアフガニスタンで諜報活動に携わっていたミッチェル・ラフォーチュン(Mitchell LaFortune)によるもので、登場人物の多くは、実際に現地で出会った人々をモデルとしているのだそうです。本作の意義について、ラフォーチュンは語っています。
「アフガニスタンという国と、その文化や人々を最大限に尊重したアクション映画を作ることだった。僕が現地で会った人たちは、現状を変えようと必死に生きていた人たちだったから」(いずれもパンフレットより)

スリリングなカーチェイスや苛烈な戦闘シーンにも惹き付けられますが、現実を観る冷静な視点は、特筆に値すると感じます。次回は「ゴジラ-1.0」の予定です(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。