信長の時代を“キタノ流戦国絵巻”として描いた「首」(382)

【ケイシーの映画冗報=2023年12月7日】1579(天正7)年、織田信長(1534-1582)の配下の武将、荒木村重(むらしげ、1535-1586)が信長に謀反を起こしますが敗れます。信長は荒木の一族を皆殺しにしますが、村重本人を捕えることはできませんでした。その信長も、京都の本能寺に滞在しているところを殺されます。討ったのはやはり信長に仕える明智光秀(1516-1582、諸説あり)でした。その光秀を敗った羽柴秀吉(後の豊臣秀吉、1537-1598)は織田信長の後継者として、天下統一をなしとげることに邁進していきます。

11月23日から一般公開されている「首」((C)2023KADOKAWA (C)T.N GON Co.,Ltd)。製作費は15億円。映画は「R15+」(15歳未満は鑑賞できない)に指定されている。北野武が監督、脚本、編集、主演までこなしている。

こうした文脈は歴史小説やドラマなどで目にされたことがあるかと思います。そして秀吉の死後、徳川家康(1543-1616)によって秀吉の勢力は減衰し、家康によって江戸幕府が成立するというのも、歴史の教科書にあるとおりです。

本作「首」の時代設定は、基本的にこうした歴史の“一般常識”を踏襲していますが、登場する武将たちのキャラクターには、監督、脚本、編集、そして同名の原作小説を手がけ、ビートたけし名で羽柴秀吉を演じた北野武の感性が色濃く、打ち出されています。

その筆頭が人を人とも思わず、狂気と蛮性を見せつける織田信長(演じるのは加瀬亮)です。いくら配下とはいえ、不満顔の荒木村重(演じるのは遠藤憲一)に白刃をつきつけ、自分の意に沿わない明智光秀(演じるのは西島秀俊)に乱暴狼藉をはたらくといった傍若無人ぶりは、これまでの映像作品では見られなかった恐ろしさです。

また、明智光秀は皆の前でこそ、自分を律していますが、面従腹背で、ひそかに敗残した村重をかくまっています。単なる情けではなく、秘めたる野望を実現するためですが、村重とは友誼を超えた関係も築かれていました。

のちに光秀を倒すことになる羽柴秀吉は短気でせっかち、百姓あがりということで、高貴な雰囲気を漂わせていたという光秀と対照的な存在となっています。

こうした歴史書に登場する人物だけではなく、秀吉に仕える忍びを出自とする御伽衆(おとぎしゅう=主君のそばで筆記や逸話を語る人々)や、武士としての立身出世をめざす民衆など、戦国武将だけでなく、当時の庶民やその生活も組み入れながら、“キタノ流戦国絵巻”としての色彩が強く打ち出されています。

たとえば、合戦の描写は、勇壮というより悲壮さにフォーカスされているように感じました。潰走した村重勢とおもえる戦死者は打ち捨てられ、見るも無残な状態で表現されています。また、亡骸(なきがら)から金品を奪うことや、なかには“手柄である首級”まで簒奪するという、目を背けたくなるようなおこないも描かれています。

実際、戦国時代には味方の討った相手を自分のものにしてしまうこともあったといいます。作中でいくども登場しますが、裏切りや背信、味方や部下にも警戒心を保っていなければ、自らがあやういのが実情だったのです。

こうしたリアリスティックな部分がある一方、コメディタッチなしぐさややりとがあるのも、北野作品の大きな特徴です。北野監督によると、
「シリアスなこととお笑いは表裏一体。暴力映画でもシリアスなシーンを撮ると、お笑いの要素が忍び寄ってくる」(2024年11月24日付読売新聞夕刊)ということのなので、そこは忠実に作品に出ています。

また、本作では真っ正面から描かれているのが、男性どうしの思慕、つまりは同性愛です。北野武は監督デビュー作の「その男、凶暴につき」(1989年)から、同性愛を取り上げています。当時の武将は戦場に女性を帯同させることを忌避したため、寵童(ちょうどう)や小姓(こしょう)といった容姿にすぐれた男子を世話人として従えていました。

なかにはそこから身を立て、大きな地位についた人物も存在しています。本作でも信長、光秀、村重との情愛のさや当てが、信長への謀反に繋がっていることを示唆する情景が見受けられます。

「『武士道』なんていうヘンな理屈を言わず、男の狙う出世と名誉、男同士の愛憎劇をストレートに描いたからウケたのかもしれないね」(パンフレットより)

もちろんリアリティがある一面で、「さすがにこれは・・・」という部分もあります。本能寺の変(1582年)の直前、密室で言い争いになり、光秀が信長に「足蹴にされた」という記録はあるようですが、作中のようなひどさはなかったと思います。「映像表現としてのディフォルマシオン」と解釈するのが適当でしょう。映画は映画として楽しむのが一番なのですから。

次回は「ナポレオン」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。