自らの分身と戦う主人公の苦悩を描いた「ジェミニマン」(275)

【ケイシーの映画冗報=2019年10月31日】本作「ジェミニマン」(Gemini Man、2019年)の主人公、卓越した戦闘力を持つベテラン・エージェントのヘンリー(演じるのはウィル・スミス=Will Smith)は、あるテロリストへの狙撃任務を最後に引退を考えていました。

現在、一般公開中の「ジェミニマン」((C)2019 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.)。制作費は1億3800万ドル(約138億円)、興行収入が1億2262万ドル(約122億6200万円)。

しかし、最後のターゲットがテロリストではなく、遺伝子工学の専門家だったことを知ったヘンリーは、自分を雇い主だったアメリカ政府から、今度は自分自身が狙われていることを知ります。

アメリカ国防情報局の女性スタッフで監視役だったダニー(演じるのはメアリー・エリザベス・ウィンステッド=Mary Elizabeth Winstead)とともに武装集団と戦ったヘンリーは、真相を知るために旧友のつてをたどって南米のコロンビアへ向かいます。

ヘンリーを狙うのはアメリカ政府からの仕事を請け負う“ジェミニ”と呼ばれる、民間軍事会社まで持つ謎の組織でした。居場所を知られたヘンリーをコロンビアで襲撃したのは、ジュニア(演じるのはウィル・スミス)と呼ばれる“23歳のヘンリー”でした。

“ジェミニ”の遺伝子技術によって生み出され、英才教育と戦士としての資質をもった“ジュニア”は、最強の敵でもありながら、唯一の家族でもあることを知ったヘンリーの中には、複雑な感情が生まれてきます。

一方の“ジュニア”も倒すべき敵が、自分の未来の容姿で、肉体的には父親であることに、持っていないはずの私情を持ちはじめてしまいます。舞台をハンガリーに移し、両者は再び対峙することに。
「自分は自分を倒すことができるのか」

「今日の我に明日は勝つ」という表現があります。友人の元プロボクサーによると、試合前のトレーニング中はひたすら「自分との戦い」だったそうです。もちろん、本番のリングに立てば、「相手との戦い」とのこと。

また、格闘技に詳しい方とお話ししたとき、こんな話を伺いました。「戦いを考え、イメージすると、一番面倒なのが自分です。優劣がつかないですから」

「もうひとりの自分に会う」いわゆる“ドッペルゲンガー”現象は、いろいろな状況でさまざまな作品に登場しますが、実写作品となると、特撮技術を駆使しても、映像化には多くの制約がありました。

CGを多用したはじめての超大作「ターミネーター2」(Terminator 2: Judgment Day、1991年)でも、敵役のターミネーターが擬態した人物と同一するシーンは、容姿の似た双生児がキャスティングされていたのです。

本作では、主演のウィル・スミスが完全に1人2役を演じきっています。若い“ジュニア”の演技は現在のウィルのものですが、その造型はすべてCGにて作成されています。

「映像作家としては次なる領域に挑戦したい。VFX(視覚効果)の究極のゴールは、人間の顔をデジタルで作って、観客をだませるかどうかなのです」(2019年10月26日付読売新聞夕刊)

こう語る本作のアン・リー(Ang Lee)監督は台湾出身。2000年に監督作「グリーン・デスティニー」(Crouching Tiger、Hidden Dragon)が高く評価され、アメリカのアカデミー賞にて外国語映画最優秀賞を受賞しており、その後も「ブロークバック・マウンテン」(Brokeback Mountain、2005年)と「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日」(Life of Pi、2012年)でアカデミー監督賞に輝いています。

「男性同士の愛情」を描き、友人や家族という存在の意味を正面から描いた「ブロークバック・マウンテン」や、生きたトラの漂流生活という、数奇な物語をリアルに表現してみせた「ライフ・オブ・パイ」。そして、中国の古典剣劇を美しい映像で活写した出世作である「グリーン・ディスティニー」など、アン・リー監督はさまざまなジャンルで良作を生み出しています。

アン・リー監督のチャレンジ精神と探究心が、こうしたバラエティに富んだ作品を生みだしているのでしょう。

「これは革新的なテクノロジーであるのと同時に、演技の挑戦でもあった」(パンフレットより)という監督の“挑戦”を受け取った主演のウィルにも“自分自身と戦う”役をその両方で演じるのは冒険だったようです。

「自分の最悪の悪夢は自分の中にある。最大の敵は自分自身」(パンフレットより)と、前掲の元ボクサーにも通ずるコメントをしています。

そしてもう一つ。アン・リー監督が“分身”について、こんな発言もしています。
「主演俳優は、監督をハンサムにしたバージョンなんだよ(笑)」(パンフレットより)

次回は「ターミネーター:ニュー・フェイト」の予定です(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。