監督の感性が過不足なく表現された「グリーンブック」(259)

【ケイシーの映画冗報=2019年3月21日】残念なことに、現在のアメリカでも、法律上は撤廃されたはずの“人種差別”はしっかり残っています。現職の大統領が「人種差別を肯定」するようなコメントを出しているぐらいで、こうした世情を反映してか、今年のアメリカのアカデミー賞では“アメリカ白人ではない”人物や作品がおおく受賞しているという印象です。

現在、一般公開中の「グリーンブック」((C)2018 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO.,LLC.All Rights Reserved.)。制作費が2300万ドル(約23億円)、興行収入が1億9049万ドル(約190億4900万円)に達している。

監督賞のアルフォンソ・キュアロン(Alfonso Cuaron)がメキシコ系、主演男優賞のラミ・マレック(Rami Malek)はエジプト出身、主演女優賞のオリヴィア・コールマン(Olivia Colman)はイングランド系白人。助演女優賞のレジーナ・キング(Regina King)、と本作「グリーン・ブック」で助演男優賞となったマハーシャラ・アリ(Mahershala Ali)はアフリカ系黒人。

脚色賞(原作のある脚本)は黒人の潜入捜査官を描いた「ブラック・クランズマン」で、作品賞と脚本賞に、今回取り上げる「グリーンブック」(Green Book、2018年)が選ばれています。

1962年、ニューヨークのブロンクスで生活する“トニー・リップ(Tony Lip)”ことフランク・アンソニー・ヴァレロンガ・Sr(Frank Anthony Vallelonga Sr.、1930-2013年。演じるのはヴィゴ・モーテンセン=Viggo Mortensen)は、巧みな弁舌と腕っぷしの強さで知られるイタリア系の2世で、一族と妻子を深く愛していたものの、財政面は不器用な人物でした。

そんなトニーに儲け話が飛びこみます。ピアニストのドン・シャーリー(Don Shirley 、1927-2013。演じるのはマハーシャラ・アリ)がアメリカ南部をめぐるコンサートツアーのドライバー兼マネージャーを探しているというものです。トニーの出した値上げ交渉をドンがOKしたことで、2カ月のツアーに出ることになりました。

このとき、トニーは1冊の本を渡されます。黒人への差別が色濃く残るアメリカ南部を黒人がドライブするためのガイド「グリーン・ブック」でした。

“粗にして野だが卑ではない”トニーと、“地位と財産と知性もあるが孤独”というドンの旅路は、「黒人」と「白人」を合法的にへだてる法律(各州でことなる)や“古来からのしきたり”に翻弄されるものでした。

最初は黒人に対して否定的だったトニーも、ドンの音楽的才能や芯の強さを認めるようになり、ドンもまたトニーの家族への想いや、じつは“気くばりの人”であることを知ります。

監督、脚本(共同)のピーター・ファレリー(Peter Farrelly)は、本作の舞台となる1960年代について、こう述べています。
「50年ほど前の話だが、現代を生きる我々の心に響く部分があると感じた。残念ながら、今のアメリカは、そこからほとんど変わっていない。その愚かさを見る人に感じてもらいたかった」(2019年3月8日付「読売新聞」夕刊)

劇中では“人種差別”の実像がしっかりと描かれます。ツアー会場に向かうと、出演者のドンよりトニーの方が待遇を良くなっていたり、ホテルも「黒人専用」とされ、トイレも白人と共用できないなど、さまざまな制約がシビアに映像化されています。
そのひとつの頂点が「黒人なのに夜間外出している」ことで警察に逮捕されてしまうところだと感じます。

「“インテリで裕福な黒人男性”と“直情的で粗野な白人男性”のコンビがはげしい人種差別のあるアメリカ南部で活動する」という本作の基本ラインから、個人的には半世紀前にアカデミー作品賞ほか5部門を受賞した名作「夜の大捜査線」(In the Heat of the Night、1967年)を想い浮かべます。この作品で主演男優賞を受けたのは、大都市の黒人刑事と対立する、田舎の白人警察所長を演じたロッド・スタイガー(Rod Steiger)でした。

この両者の知性と蛮性(失礼)がぶつかり合う会話がじつに魅力的で、現在でも高く評価されています。黒人刑事役のシドニー・ポワチエ(Sidney Poitier)はすでに主演男優賞を受けていました。

「野のユリ」(Lilies of the Field、1963年)にて、本作で助演男優賞を受けたのは黒人の天才ピアニストを演じたマハーシャラとなっており、彼のロジカルな表現に、上品ではないが生き生きとしたトニーの弁舌が絡み合って、知性とユーモアの盛りこまれた楽しいシーンが何度も登場し、魅力的なシーンとなっています。

「まず話し合うところから始めなければならない。そうでないと平和なんてありえないと思う」(前掲紙)

こう語るファレリー監督の感性は、この作品で過不足なく表現されています。受賞も十分に納得できる作品だと強く感じます。次回は「ブラック・クランズマン」の予定です(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。