「娯楽」に徹した監督の力量を感じさせる「マネーモンスター」(189)

【ケイシーの映画冗報=2016年6月16日】ハリウッドを代表するスター、アーノルド・シュワルツェネッガー(Arnold Schwarzenegger)による自伝は「ステイ・ハングリー(Stay Hungry=つねにハングリーであれ)」で、タイトルからして著者の上昇志向をダイレクトに表現しており、本書のなかでも俳優として羽ばたく前に、アパート経営や土地投資で資産を築いていったことが記されています。

現在、一般公開中の「マネーモンスター」。制作費は3000万ドル(約30億円)、興行収入がこれまでのところ3776万ドル(約37億7600万円)。2016年5月の第69回カンヌ国際映画祭のコンペティション外で上映された。

現在、一般公開中の「マネーモンスター」。制作費は3000万ドル(約30億円)、興行収入がこれまでのところ3776万ドル(約37億7600万円)。2016年5月の第69回カンヌ国際映画祭のコンペティション外で上映された。

そんなアメリカならではの「投資番組」を舞台とした作品が本作「マネーモンスター」です。

財テク番組「マネーモンスター」のパーソナリティであり、軽妙かつ暴走気味のトークで“ウォール街の魔術師”とも呼ばれるゲイツ(演じるのはジョージ・クルニー=George Clooney)は、本番前の慌ただしいなか、気心の知れた番組のプロデューサー兼ディレクターであるパティ(演じるのはジュリア・ロバーツ=Julia Roberts)との打ち合わせのあと、生放送のスタジオに入ります。

軽快なリズムでダンスを披露したあと、ゲイツはほんの数週間前、「値上がり確実」と胸を張ったアイビス社の株価が急落していることに、「株の世界ではあること」とコメントします。ゲイツに指示を出し、カメラの位置からスタジオ外との中継までに気を配るパティは、ゲイツの独壇場となっているスタジオ内に人影を発見します。

この人影はカイルという若者(演じるのはジャック・オコンネル=Jack O’Connell)で、銃を手にして爆弾ベストをゲイツに着せ、「お前の勧めたアイビスの株を買って大損した」と宣言、番組ジャックをおこないました。

「生放送を続けなければ爆発させる」と脅迫されたパティは、犯人を刺激しないようゲイツに指示を出す一方、スタッフに命じて、この事態の発端であるアイビス社の内情を探り出そうとします。

一方、アイビス社でも、広報責任者であるダイアン(演じるのはカトリーナ・バルフ=Caitriona Balfe )が、この混乱を予期したかのように雲隠れした経営責任者に不信感を抱き、「本来なら大損失をおこさない」はずの投資システムが暴走した理由を探りはじめます。

本作の監督/脚本(共同)を担当したのは、アカデミー主演女優賞を2度も受賞しているジョディ・フォスター(Jodie Foster)で、子役時代をふくめると50年を超えるキャリアを持っており、以前から出演だけでなく、プロデュースや監督業も手がけています。

そんな背景もあるのでしょうが、金融システムの被害者でありながら犯人であるカイルと、芸能界で成功し、カイルの失った6万ドル(約600万円)を「すぐ用意できる」と語りながら、現状では人質というゲイツは、まるで人生の敗者と勝者のようなコントラストを描いているのです。

犯人と人質という危うい放送を流しつつ、事件の解決をはかるパティ。そして、アイビス社の幹部でありながら社内のスキャンダルを探るダイアンといった、立場も状況も異なるキャラクターが同時進行的に描かれますが、映像の質感やカット割りで整理し、スタイリッシュな表現としているところに、監督は4作目でありながら、ショー・ビジネス界に長くかかわっているフォスター監督の力量を感じました。

力量という点では、軽薄なお調子者であるゲイツという人物も、アカデミーの受賞経験のあるクルーニーが演じることによって、コミカルで魅力的な人物となっているのも、キャスティングの成果といえるでしょう。

おなじくアカデミー賞受賞経験をもつロバーツの演じるパティも、仕事一筋のキャリア・ウーマンの典型のようなキャラクターとして登場しますが、番組ジャックという事態に直面すると、責任者としての冷静な表情の中に、囚われの身となったゲイツを心配する人間味をかいま見せます。

株に手を出して大損したカイルもまた、なけなしの全財産を“手っとり早く増やしたい”として投資で失敗するわけですが、そこには若者らしいナイーブな感情と正義感(犯罪ではあるのですが)によってこの事態を招いてしまい、自身の過ちに戸惑うといった具合に、日常の延長に起こる非日常という、地に足のついたアクシデントとして、「株価の変動によって起きた番組ジャック」をテンポ良く、観客に体験させてくれます。

このスムーズなストーリーの流れは、「番組ジャック事件」を引き起こしたアイビス社による、ネット社会の株取引での不正については、骨子をサラリと流す程度に抑えています。

このあたりは専門家の間でもさまざまな解釈があるそうなので、深く言及することを避け、エンタティメントとしての成立を第一義としたフォスター監督の判断は功を奏したといえるでしょう。次回は「帰ってきたヒトラー」の予定です(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明は著者と関係ありません)。