【ケイシーの映画冗報=2016年7月28日】1940年代後半、第2次世界大戦(1939年から1945年)の勝利で世界一の超大国となったアメリカは、戦時にもまして、大きな問題を国内に抱えていました。戦後、急速に勢力を増してきた共産主義への恐怖です。
「この国に、ひとりでも共産主義者がいたら多すぎる」-上院議員ジョセフ・マッカーシー(Joseph McCarthy、1908-1957)が提唱したアメリカ国内の共産主義者への弾圧、いわゆる“赤狩り(マッカーシズム)”の標的となったのが、絶頂期のハリウッドだったのです。
政治的な思惑もあって、理不尽かつ不当な圧力がハリウッドをおそい、著名な映画人10人が議会侮辱罪で有罪判決を受けました。この“ハリウッド・テン(10人)”のひとりとして、映画業界から追放されたにもかかわらず仕事をつづけ、変名で「ローマの休日」(Roman Holiday、1953年)と「黒い牡牛」(The Brave One、1956年)という2作品でアカデミー原案賞(現在は廃止)を受けたダルトン・トランボ(Dalton Trumbo 1905-1976)の生涯を描いたのが、本作「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」です。
売れっ子脚本家として多忙な日々を送るトランボ(演じるのはブライアン・クランストン=Bryan Cranston)は、“労働者の権利”を主張し、不当な労働環境を指弾したことから、“憎むべき共産主義者”としてマスコミの標的とされてしまいます。アメリカ政府にとって“好ましくない人物”となってしまったトランボは、妻クレア(演じるのはダイアン・レイン=Diane Lane)と3人のこどもたちとも引き離され、収監されてしまいます。
その獄中でトランボは、同志だったはずの映画人が、仲間の名前を密告したことを知ります。映画界全体で“好ましくない人物”への圧力は強まっているのでした。
刑期を終え、家族との再会を果たしたトランボでしたが、脚本家としての仕事は奪われたままでした。“ハリウッド・テン”のメンバーは仕事を干されていたのです。
困窮するトランボに救いの手が差し伸べられます。映画プロデューサーであるキング(演じるのはジョン・グッドマン=John Goodman)が、「金儲けのため」に乱発しているB級映画の脚本や企画の手直しを発注してきたのです。
家族の生活と脚本家としての矜持(きょうじ)からトランボは日夜タイプライターに向かい、驚異的なスピードで仕事をこなしていきます。やがて、収監前に友人に託した脚本から生まれた作品が世界的ヒットとなり、アカデミー賞へのノミネートが決まります。タイトルは「ローマの休日」。
授賞式の中継を家族と見るトランボ。自作が受賞したとき、栄誉を受けたのは脚本を託した友人でした。寂寥感(せきりょうかん)に包まれる覆面脚本家を癒してくれたのは、受賞を我がことのように喜んでいる家族でした。
やがて2つ目のアカデミー賞がもたらされます。傑作を世に送りながら姿を見せない脚本家は、マスコミでも話題となり、トランボがふたたび表舞台へと歩を進める下地は、着実に固まっていたのでした。
誰もが認める才能を発揮しながら自分の名前を出せないという苦境にあっても、取りつかれたように脚本を書きまくることによって、ときには家族との軋轢(あつれき)を生じさせながらも仕事に熱中するトランボ。
仕事で関わっている人間には得難い存在だが、家族にとってはたまったものではないトランボを、置かれた状況の中で最善のことをする「職人的仕事人」として描いたのは、ジェイ・ローチ(Jay Roach)監督です。
コメディ映画の手腕に定評のあったローチ監督ですが、こうした伝記作品でも十分に実力を発揮したといえるでしょう。ハリウッドを追われたとき、まるでマシンガンのように文字を打ち続けるトランボですが、成功した脚本家として嫉妬や羨望にさらされることや、変名で映画界で仕事ができることに、「俳優は隠れて仕事ができないんだ」と、ハリウッドを追われた俳優に言われたりと、きびしい現実にもさらされます。
それでもタイプライターと向き合うトランボは、タバコをひっきりなしにくわえ、ウィスキーをあおり、ときにはアンメタミン(覚醒剤の一種)をかじりながらという光景で、どこか狂気染みた雰囲気がまとわりつくのですが、ふしぎと嫌悪感は生じません。
このあたりは、やはり結果を出した作家であるという歴史的経緯と、仕事に集中しながらも、家族への気持ちもきちんと表現されたことで、単なる仕事人間で終わってしまいがちな人物を、深みのある存在として描いたローチ監督の演出と、アカデミー主演男優ノミネートという、トランボ役のクランストンの成果といえるでしょう。
次回は「シン・ゴジラ」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。