主役の岡田と原田監督の前作での約束が実現した「燃えよ剣」(327)

【ケイシーの映画冗報=2021年10月28日】博識の友人と会話中、談たまたま「日本のエンターテイメント・フィクションでもっとも元ネタとなった存在は何か」という問いに出くわしました。友人いわく、「それは新選組だろう」とのことでした。

現在、一般公開中の「燃えよ剣」((C)2021「燃えよ剣」製作委員会)。

動乱の幕末に結成された新選組の構成員として、局長の近藤勇(1834-1868)や副長の土方歳三(1835-1869)、沖田総司(1842?-1868)は有名ですが、そのほかにも、多士済々の人物が名を連ねており、その名前はいろいろな作品に登場しています。

歴史に忠実な表現だけでなく、大きく乖離したストーリーもあり、意外なところでは1974年に放送がはじまり、現在でも新作が作られている「宇宙戦艦ヤマト」にも新選組に由来する登場人物の名前が散見されます。

新選組を扱った文芸作品の中で、もっともポピュラーな作品が、作家の司馬遼太郎(1923-1996)による「燃えよ剣」(1964年)であり、本作の原作となっています。“新選組副長”となり、幕末から明治初期まで戦い抜き、ついに最後の戦場で倒れた土方歳三は、この小説で高い評価が定着したのです。

江戸の末期、武州多摩の農家に生まれた土方歳三(演じるのは岡田准一)は、トゲのあるイバラのように危険な“バラガキ”と呼ばれ、喧嘩と剣術の稽古に明け暮れる毎日を送っていましたが、剣術道場“試衛館”の同門である近藤勇(演じるのは鈴木亮平)や沖田総司(演じるのは山田涼介)らと、動乱の京都に赴きます。

京の都は江戸幕府を支持する勤皇派と倒幕をめざす佐幕派がはげしく対立し、さらには天皇家の復権をめざす貴族や、この混乱期に優位な地位を占めようとする諸藩の権謀術策と暴力に染まっていました。

近藤や土方は、京都の治安を守る“新選組”を結成、江戸幕府の守護職となります。土方は京都で鍛え上げた剣の腕を存分に振るい、倒幕派だけでなく、新選組内部での権力争いや裏切り者の粛清にも実力を発揮します。

しかし、近藤や土方たちの活動にもかかわらず、歴史は倒幕へと大きく傾きます。自分を慕っていた沖田が病に倒れ、盟友の近藤が刑死してもなお、戦場にあった土方でしたが、その命運もついに・・・。

本作の監督・脚本は、原田眞人で、土方を演じた岡田准一と2017年に時代劇映画「関ヶ原」で組んでいます。敗軍の将であった石田三成(1560ー1600)を演じた岡田と、このとき「燃えよ剣」についての会話を交わしていたそうです。

「次は『燃えよ剣』の土方だね」と言ったら、彼もいつか演じてみたい役だったということで、企画が具体化したんです」。そして、土方役の岡田にとっても、この作品は大きな意味があったようです。

「土方歳三は、自分がこの役を演じる予感のあった唯一の人物です」(いずれもパンフレットより)

黒船来航の1853年から、日本という国の状況は大きく変化していきました。小は、作中にも土方の愛用品として登場する懐中時計から近代的な洋式鉄砲、大は蒸気機関で動く軍艦にいたるまでの西洋の工業製品。こうした品々が国内に流れ込んできたのです。

かたくなにこれらを忌避する人々もいましたが、土方のようにその価値を認めて活用する者も大勢いました。また、新選組といえば“斬り合い”を連想するのが一般的でしょうが、戦場で銃器の威力を知った晩年の土方は、刀創には一定の見切りをつけており、銃器をあつかうことへの抵抗はなかったとされています。

個人的には古来からの武士像と近代的な戦術も取り入れた“戦闘指揮官”という、ふたつの要素が合致したのが土方という人物だと感じています。この矛盾する要素が一個のキャラクターとして確立していることが、新選組の面々のなかでも希代の武人である“鬼の副長・土方歳三”の魅力なのでしょう。

なぜ、私たちは、これほど新選組に惹かれるのでしょうか。土方のように市井の人間でありながら、その剣の腕で身を立てるものの、悲劇的な最後(近藤は首を打たれ、沖田は病死)や、隊士の死は闘争による“戦死”よりも内規にそむいたことによる刑死や切腹がおおく、隊士の逃走もすくなくない。

また、明治新政府の“宿敵”であったことから、正規の記録が限られているといったように、作家たちが想像の翼を広げる余地が存分にあったことも大きいでしょう。実働わずか6年という新選組という存在は、これからも掘り下げる余地があると思います。次回は「モーリタニアン 黒塗りの記録」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。