ベトナム戦を自ら取材した監督が描いた「ハンバーガー・ヒル」(314)

【ケイシーの映画冗報=2021年4月29日】個人的に「できれば劇場のスクリーンで観たかった」という作品が幾本かあります。需要がなさそうな作品もありますが、なかには「待っていると機会が生まれる」ことがあります。今回の「ハンバーガー・ヒル」(Hamburger Hill、1987年)もそんな1本でした。

現在、リバイバル上映されている「ハンバーガー・ヒル」((C)1987 RKO Pictures Inc. All Rights Reserved.)。

同じようにベトナム戦争を扱った「地獄の黙示録」(Apocalypse Now、1979年)や監督・脚本のオリバー・ストーン(Oliver Stone)がベトナムに従軍している「プラトーン」(Platoon、1986年)といった作品に比べると、認知度が高いとはいえませんが、本作の脚本、ジム・カラバトソス(James Carabatsos)はベトナム戦争に参加しており、監督のジョン・アーヴィン(John Irvin)も報道記者として、ベトナムの戦場を取材しています。

1969年、アメリカがベトナム戦争に本格的に介して5年が経過、当初の予想を超えて長期化していました。アメリカ陸軍第101空挺師団の一部隊に“クソッタレの新兵(Fucking New Guy)”であるラングイリ(演じるのはアンソニー・バリル=Anthony Barrile)たちが配属されます。

隊長のフランツ軍曹(演じるのはディラン・マクダーモット=Dylan McDermott)や黒人衛生兵のドク(演じるのはコートニー・B・ヴァンス=Courtney B.Vance)たち古参兵(英語でベテラン=Veteran)は、本国アメリカとまったく異なる環境と、過酷な戦場での生き残り方を厳しく伝授するのでした。

5月13日、北ベトナム軍に打撃を与える「アパッチ・スノー作戦」(Operation Apache Snow)の一環として、ラオスとの国境にちかいエイショウ・バレー(937高地)の攻略戦にフランツ軍曹の部隊も投入されます。高地に陣取る北ベトナムの正規軍は、急な坂道を登って攻めるアメリカ兵に銃砲弾を容赦なく送り込み、フランツ軍曹の部下たちも敵弾に倒れていきます。

当時、オーディションで14人の俳優が選ばれ、フィリピンの米海軍基地でベトナムに3度出征した曹長によって特訓され、衛生兵ドク役のヴァンスはテキサス州フォートサムヒューストンにある医学アカデミーで医学知識を習得した。また、リアリズムを出すため、戦争体験者の元陸軍大佐らを軍事コンサルタントにした。

「登っては撃退され」を繰り返しながら、ひたすらに頂上を目指すアメリカ軍、陣地を喪いながらも抵抗をやめない北ベトナム軍。泥と埃にまみれ、血と硝煙が染みついた両軍の兵士たち。10日間の攻防は彼らに何を残し、何を奪うのか。

「大国アメリカの敗北」とされるベトナム戦争は、ハリウッドでも一種のタブーとなっていました。どう仕上げても非難の対象となってしまい、戦場としてのベトナムを描いた作品は興行成績に見合わなかったのです。「地獄の黙示録」はヒットしましたが、予定の数倍となった製作費や撮影期間の長さから、初公開時に収支は合っていませんでした。

これを変えたのが「プラトーン」でした。ベトナムの戦場を知り、兵士として有能だった(叙勲されている)オリバー・ストーンによって義務づけられた“新兵訓練(Boot Camp)”を受けた兵士役の俳優たちの醸しだす臨場感に、監督の実体験が加わった映像は、観客を苛烈な戦場に引き込み、大ヒット。ストーン監督はアメリカのアカデミー賞で作品賞と監督賞に輝いたのです。

本作の公開は「プラトーン」の翌年であり、準備に数年を要する劇場用作品を「二匹目のドジョウ」として企画することは難しく、同年公開の巨匠スタンリー・キューブリック(Stanley Kubrick、1928-1999)監督の「フルメタル・ジャケット」(Full Metal Jacket、1987年)も企画のスタートは1982年でした。

おなじベトナムを題材としても、これら3作のなかで実際の戦場をモデルとしているのは本作です。攻めるアメリカ軍は、後方からの支援砲撃の受けながら高みを目指します。砲弾で荒れ地となった坂を喘ぎながら這い上がっていくアメリカ兵に、地下壕に潜んでいたベトナム兵が一斉射撃を浴びせ、銃剣で差し合う白兵戦が繰り広げられます。

味方の爆撃も、見た目は派手ですが、地下陣地への効果は低く、ヘリコプターからの機銃掃射は敵だけでなく、味方もなぎ倒してしまうのです。実は“味方による誤射(friendly fire)”は戦場では奇異なことではないそうです。

一説には、自軍の損害の10%から20%が“味方による被害”であるとのことで、「実際の戦場を妥協なく描く」ことをアーヴィン監督がもとめていたのは間違いないと感じます。取材する軍の報道班に浴びせられる兵士の罵声も、ひょっとしたらアーヴィン監督の記憶にあるのかもしれません。

過日、東京に3度目の「緊急事態宣言」が発令されました。なにやら戦時下を思わせるコメントも散見され、少々の重苦しさも感じますが、実際の戦争ではないので、過剰な意識はもたないようにしています。

とはいえ、都内の映画館も閉じており、新作を楽しめる環境にありません。次回(5月13日予定)は未定とさせていただきますが、なにかしら、映画の情報をおとどけする予定です(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。