圧倒的な闇を描き、怪しげな魅力の秀作「ナイトメア・アリー」(339)

【ケイシーの映画冗報=2022年4月14日】2017年、アメリカのアカデミー賞にて、作品賞、監督賞など合計4部門を受賞した「シェイプ・オブ・ウォーター」(The Shape of Water)は、主人公の女性が水棲人間と恋に落ちるという、これまでなら“ゲテモノ”と見下されるような作品でしたが、監督・脚本(共同)のギレルモ・デル・トロ(Guillermo del Toro)による精緻かつ真摯な作品への取り組みによって、高い評価を受けたのです。

現在、一般公開中の「ナイトメア・アリー」((C)2021 20th Century Studios. All rights reserved.)。制作費が6000万ドル(約60億円)で、興行収入が3742万ドル(約37億4200万円)とコロナ禍の影響もあって苦戦している。

本作「ナイトメア・アリー」(Nightmare Alley、2021年)は、「シェイプ・オブ・ウォーター」でのアカデミー賞受賞後のギレルモ・デル・トロによる、最初の監督作品となっています。

1939年9月、アメリカの田舎町。風来坊の男スタン(演じるのはブラッドリー・クーパー(Bradley Cooper)は、あることがきっかけで巡回するカーニバルのスタッフとなります。

怪奇と奇術がないまぜとなったこの異界で、観客の素性を言い当てる読心術(トリックあり)を駆使するジーナ(演じるのはトニ・コレット=Toni Collette)や、魅力的な肢体をもつ女性のモリー(演じるのはルーニー・マーラ=Rooney Mara)に電流を流し、悶え苦しむさまを見物させるといった、すこし悪趣味な演し物とかかわるうち、ジーナに気に入られたスタンは、イカサマの読心術を体得し、心を通わせたモリーをつれて、カーニバルを出奔、あたらな活躍の場を求めるのでした。

2年後、高級ホテルのきらびやかなステージで、富裕層を相手に“読心術”を披露して人気を博していたスタンに、ひとりのミステリアスな女性が声をかけます。
「これはイカサマね」と喝破するリリス(演じるのはケイト・ブランシェット=Cate Blanchett)は、心理学の博士だと名乗り、豪奢な研究室にスタンをいざないます。

彼女と知己を得たことで、生真面目さからミスをしてしまうモリーに不満を抱いていたスタンは、さらに上をめざすことに野心をたぎらせるのでした。心理学者としての研究から上流階級の秘密を知るリリスと組むことは、それまでスタンに献身的に尽くしてくれていたモリーへの背信にもつながるにもかかわらず、リリスの手引きで大富豪の“過去の解決”に取り組むスタンでしたが、そこには破滅の罠が待ち構えていました。

個人的にデル・トロ監督の画面設定は“雨・水”を意識的に強く、描いていると感じています。「シェイプ・オブ・ウォーター」が水棲人間の物語なので水の世界が中心となるのは当然として、人類の存亡を賭けて巨大な“カイジュウ”とロボットがはげしく戦う「パシフィック・リム」(Pacific Rim、2013年)でも、戦いの舞台は嵐の夜や太平洋の海底でした。

そして、圧倒的な“闇”の描写です。本作のカーニバルの情景などが、その典型でしょう。前半のきらびやかでありながらも、泥やほこりで薄汚れたカーニバル。それに比して後半の大都会では、上流社会の贅を尽くした世界でありながら、どこか空虚でさびしげな色彩。

ナイト・シーンが圧倒的に多く、また室内でも光量を下げた薄暗い世界を丹念に描くことで、登場人物たちの“闇”の部分が強く、観客に訴えてくるのです。

本作でアカデミー美術賞にノミネートされたタマラ・デヴェレル=Tamara Deverell)は、デル・トロ監督について、こう語っています。
「ギレルモは、独自のルックとスタイルを持っているうえに、厖大な知識も持ち合わせています。私が知る誰よりも映画全般を知り尽くしている監督です」(パンフレットより)

メキシコ出身のデル・トロ監督が映画界で最初に手がけたのは特殊メイクの仕事だったそうです。造形出身の映画監督という存在での有名どころは「タイタニック」(Titanic、1997年。アカデミー作品賞他)の監督・脚本であるジェームズ・キャメロン(James Cameron)が挙げられます。

低予算映画の特撮マンからアカデミー作品賞まで階梯を登ったキャメロン監督も“水”の描写が秀逸なクリエイターです。特撮やSF作品といったジャンルは、どこか継子扱いされる傾向があり、「あんなのは映画じゃない」といったネガティブなことを浴びせられることがあります。

ですが、映画という映像表現が広く知られるようになるのは、その勃興期における“見せ物小屋”的な興行によってであることは、映画史に残る事実です。ちょうど本作のカーニバルのような「どこかいかがわしい」空間が、「映画という文化の原風景」として、本作のダークな世界観に通じるのではないでしょうか。怪しげな魅力にあふれた秀作といってよいでしょう。

次回は今年度のアメリカ・アカデミー賞で作品賞に輝いた「コーダ あいのうた」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。