ナチスの人々の証言を淡々と集めた「ファイナルアカウント」(348)

【ケイシーの映画冗報=2022年8月18日】今年の8月15日は、日本の終戦から77年。これは第2次世界大戦(1939年9月1日から1945年9月2日)の終結も意味しています。その時局に直面した人々でも、そのときの年齢、場所、その後の状況などで、その記憶は大きく異なりますし、当然のことながら“相違”あるいは“欠落”、そしてあまりの凄惨さから“忘却”や“創造”も否定できません。

現在、一般公開中の「ファイナル アカウント 第三帝国最後の証言」((C)2021 Focus Features LLC.)。

本作「ファイナルアカウント 第三帝国最後の証言」(2020年、Final Account)は、第2次世界大戦の原因となったナチスドイツ(Nazi-Deutschland)政権下の“第三帝国”に生きた人々の証言集となっています。80年ちかい過去のできごとですので、当時の政治・軍事の中枢ではなく、当時のエリートとされた「武装親衛隊(Waffen-SS)」のメンバーであっても下級将校であり、ユダヤ人の大量虐殺(いわゆるホロコースト(Holocaust))に関わった人物であっても、「指示を受ける立場」という状況です。

最初のほうでは、アドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler、1889-1945)が率いるナチス党が支配した「ドイツ第三帝国」の専制政治下で、まだ戦時となっていないころが語られるのですが、当時は少年少女だったということもあるのでしょうが、少年は「ヒトラーユーゲント(Hitlerjugend)」、少女は「ドイツ女子団(Bund Deutscher Madel)」の制服や活動、さかんであったスポーツにあこがれ、すすんで入団したというのです。

なかには「両親は反対したが、ききいれず、ヒトラーユーゲントに入った」という、かつての少年も。このヒトラーユーゲントが、戦時には兵士の一大供給源となるのですが、そのような近しい将来を、当時の子どもたちは想像もしなかったでしょう。やがて、時代は戦争へと突入、ドイツでは国策としての「ホロコースト」が実行されていきます。

当然のことながら、「直接たずさわった」という証言はなく「収容所の経理担当だった」とか「厨房で働いていただけ」という女性たち。

「存在は知っていたが、関わっていない」や「自分は武装親衛隊(ナチス党の武装組織)ではあったが、一般親衛隊(おもに国内の治安を担当)のようにユダヤ人問題には無関係」という男性。もはや確認の方法はなく、「真実ではないかもしれないが、確実な証拠はない」という現実があるだけです。

本作のルーク・ホランド(Luke Holland、1948-2020)監督は、本作の公開前に鬼籍に入られていますが、自身の祖父母がユダヤ人で、ホロコーストによってなくなっていたことから、本作を手がけたのだそうです。

ややもすると糾弾の空間となりそうな証言者の言動にもホランド監督は意図的ななにかを盛ることなく、あくまで冷静なインタビューに徹しています。そのため、後半に設定された「もと親衛隊員と現在のドイツ学生たち」との対話シーンに衝撃を受けます。

「ドイツ人の犯罪だ」とか「恥ずかしい過去だ」と指摘する学生たち(画像が加工されており、人種や年齢が不明)につい、声を荒らげてしまう証言者。現実問題として、国家という巨大な組織のごく一部でしかなかった証言者たちが抗ったところで、顕著な影響は期待できませんし、その大局にそむいたとき、自身の破滅だけでなく、家族や友人たちにまで危害が及ぶとしたら……。もう選択の余地は残っていないのではないでしょうか。

最後に、ナチスドイツという国家体制について描かれた作品のなかで個人的に評価の高い2作を紹介します。
「ヨーロッパ・ヨーロッパ 僕を愛したふたつの国(Europa Europa)」(1990年)は主人公のユダヤ人青年が、第2次大戦中、ドイツとソ連(ロシア)の両方で戦ったという実話の映画化。作中、ドイツ軍のポーランド侵攻で、軍に志願した主人公の兄が「ユダヤ人に渡す銃はない」と出征を拒否されるところに「ヨーロッパ社会でのユダヤ人観」が伝わってきます。また、主人公がユダヤ人でありながら、ナチスドイツの親衛隊に入ってしまうという、滑稽ながら恐ろしい事実も語られます。

こちらは現在、視聴が困難ですので近作も紹介します。
「手紙は憶えている(Remember)」(2015年)は妻に先立たれた老人が、「かつてのユダヤ人収容所で自分らを虐待したナチスの生き残りに復讐する」という目的で踏査していくが、自分の信じていた史実と、現実が微妙に異なっていく。観客は徐々に知ることができるが、主人公の老人は痴呆症のため、過去の記憶しかもっていない。かれに仕掛けられた復讐とは。

観客に明かされるストーリー展開がとにかく秀逸です。たとえば、前半、主人公が拳銃を買うとき、銃砲店で「ドイツ製か」「隣のオーストリアだ」という会話がされます。ナチスドイツには併合されたオーストリアも含まれますし、ヒトラーの出身はオーストリアでした。こうしたポイントがいくつも仕掛けられた、魅力的な作品です。次回は「NOPE/ノープ」の予定です(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。