ぶっ飛んだ設定でエンタメの本質を貫く活きのいい「ロイヤー」(366)

【ケイシーの映画冗報=2023年4月27日】海外生活の長い友人からこんな質問をされました。
「アメリカンヒーローだと、バットマンは大富豪だし、スーパーマンの日常は新聞記者なので、大金持ちでも一般人だ。それにくらべると、日本で活躍するヒーローには、時代劇だからかもしれないが“天下の副将軍”や“遊び人に扮したお奉行”だし、“暴れん坊将軍”のようにじつは最高権力者だったりする。どうしてだろう」

現在、一般公開中の「ヒットマン・ロイヤー」((C)「ヒットマン・ロイヤー」製作委員会)。

学生時代、歌舞伎の講義を想いだしました。
「封建制度の江戸期に、権力をもつ武家・幕府を一般の人々が批評・批判することは許されなかった。なので、戯曲として描き、権力への批判を“さりげなく”挿入することが求められた。具体的な不平や不満を描かず、それでいて観客に公儀に対するメッセージを感じさせることが、戯作者たちの筆力の見せ所だった」という説明です。

つまり、本筋に関係なく、時代的に合致しない人物や出来事を取り入れ、現実世界と直結させないようにして、公権力の介入を避けようとしたのでした。国家や文化の違いによる描きわけはあっても、“二面性を持ったキャラクター”は魅力的な題材なのでしょう。

本作「ヒットマン・ロイヤー」で、請け負った訴訟では連戦連勝の弁護士である神道楷(演じるのは荒木宏文)は、裁判所で活躍する一方、悪人たちに実力で裁きを下す仕置き人として暗闘を続けています。楷の先祖は幕末に“人斬り以蔵”と恐れられた剣客、岡田以蔵(1838-1865)で、その剣技を伝承した人物でもありました。

そんな楷でしたが、IT企業の情報流出の裁判で敗北してしまいます。失意のかれに、生き別れていた父が襲われ、重体だという報せがとどきます。楷の父親は昔気質のヤクザの親分で、新興勢力の半グレ集団から地元の商店街を守っていたので、恨まれていたのです。

組の若頭である鬼頭(演じるのは陳内将)に請われ、商店街を守る楷でしたが、敵対するリーダー、冴木(演じるのは高橋健介)は、意外なことを口にします。
「本当の標的はお前だ」

さきの裁判での敗北にもつながる、自分をターゲットとした謀略と全面対決することになる楷の運命は。

“表の顔は無敗の弁護士(ロイヤー)、夜は孤独なヒットマン。実の父はヤクザの親分で先祖は人斬り”という神道楷は、演じた荒木宏文の言でも、「結構ぶっ飛んだ設定だな」であったそうです。さらには監督・脚本の大野大輔からも、「荒唐無稽な作品」(いずれもパンフレットより)というコメントがされたとのこと。

多くのエンターテインメント作品には、一定の荒唐無稽さが内包されているので、そこで立ち止まってしまえば、作品として成立しません。そこをどう、製作陣や演者たちが作中でリアルな風情に引き寄せるのか。それこそがエンターテインメントの醍醐味なのでしょう。

本作のキャスト陣で気になったことがひとつ、あります。主役の荒木が、演者として注目を浴びた最初が特撮のテレビドラマだということです。他のキャストにも出世作が特撮作品だったという御仁が幾人もおります。さらに荒木をはじめとした幾人かは、現在、もっともチケットがとれない舞台講演といわれる、アニメやゲーム作品をベースとしてつくられる「2.5次元ミュージカル」で実力を蓄えているのです。

前回にも記したように、かつては“傍流”あつかいであった特撮作品や、アニメやゲームといったサブカルチャー関連の作品でキャリアを積んだ実力者が、日本映画の世界でも頭角をあらわしています。

前々回でとりあげた本年度・アメリカのアカデミー賞を席巻した「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」(Everything Everywhere All at Once)も、かつてはキワモノ扱いされていたコメディSFというジャンルの作品ですが、ハリウッド映画界で最高の栄誉に輝いているのです。

本作の骨子も「伝説の人斬りの末裔が現代の日本で正義の刃を振るう」という、おもわず「え?」と訊ねてしまうような内容ですが、本年のワールド・ベースボール・クラシックで、全7試合で勝利をおさめた日本チームの愛称は“サムライ・ジャパン”だったのですから、現代社会にも“サムライ的なファクター”はしっかりと継承されているのはまちがいありません。

魅力的なキャラクターが生き生きと躍動するエンターテインメントは素直に楽しめます。小粒であってもこうした“活きのいい”作品は、今後も期待したいですね。本作にもその可能性を感じました。次回は「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」の予定です(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。

編集注:ウイキペディアによると、「2.5次元ミュージカル」はマンガ、アニメ、ゲームなどを原作・原案とした舞台芸術(主にミュージカル形式)の一つで、「2.5次元ミュージカル」という言葉は、一般社団法人「日本2.5次元ミュージカル協会」が管理する登録商標となっている。

「2次元」と称されるマンガやアニメに対し、「3次元」と呼ばれる現実(舞台)の中間という意味で、ファンの間で自然発生的に名付けられたとされている。ミュージカル以外の形式もあるため、「2.5次元舞台」という呼称もある。

マンガを原作としたミュージカルは宝塚歌劇団による「ベルサイユのばら」(1974年初演)などがあったが、1990年代以降に登場した2.5次元ミュージカルには既存のミュージカルにはない特徴がある。

従来のミュージカルではスターシステムにより出演する俳優が人気を左右し、演目も名作の再演が中心だった。これに対して、2.5次元ミュージカルは時代を反映した独創的な作品が次々現れ、それぞれの作品にファンが付いているため、スター俳優が不在でも作品のファンの来場が見込める。また、無名の新人でも収益が見込めることから、若手の登竜門としての側面もある。

ビジネスモデルとしては、従来のミュージカルは基本的に上演で完結しており、興行収入のみで収益を得ていたのに対し、2.5次元ミュージカルは舞台を収録した映像のパッケージ販売やライブビューイングなど映像の2次利用、関連グッズの販売など、マンガ画やアニメ業界で一般的なメディアミックスにより収益を上げている。

既存のミュージカルではマンガ作品を原作とした時代(1990年代)には、マンガやアニメを好む層が経済力のない子どもであったため、役者のファンが中心となっていたが、2010年ごろには大人になり舞台に対しても抵抗が少なくなったファン層が流入したこともヒット要因とされる。

原作はマンガやアニメ、ゲームなどエンターテインメント作品だが、「テニスの王子様」や「弱虫ペダル」など個性のあるキャラクターが多く登場し、女性の人気の高い少年マンガが選ばれることが多いという。少女マンガを原作とする作品の代表的なものとしては「美少女戦士セーラームーン」などがある。男性向け作品が選ばれることは少ない。

1990年代前半にアイドルグループ「SMAP(スマップ)」が「聖闘士星矢」をミュージカル化し、それを参考に「桜っ子クラブさくら組」主演で開始された「美少女戦士セーラームーン」(バンダイ版)など、女性に人気の高いエンターテインメント作品を美男美女の俳優が演じるという現在の2.5次元ミュージカルのフォーマットが形成された。

ただ、公演形態は従来のミュージカルと同様にソフト化は考慮されておらず映像が残っていない公演もあったり、「美少女戦士セーラームーン」はファミリー層を意識しヒーローショーの要素が含まれているなど、後の2.5次元ミュージカルとはターゲットが異なっていた。これらの舞台に携わったスタッフがのちに「テニスの王子様」などの2.5次元ミュージカルを手がけている。

2003年4月30日から東京芸術劇場で開催された「テニスの王子様」のミュージカル版「ミュージカル・テニスの王子様」はキャストは男性のみ、女性に人気の少年マンガが原作、多彩なキャラクターによるスポーツ物という2.5次元ミュージカルで現在主流となる要素が揃った作品だったが、原作のファンにはミュージカルという形態がなじみがないため当初は認知度が低かった。しかし、口コミなどにより動員数が増加し2018年も続くヒットシリーズとなった。

2015年10月にDMM.comによるゲーム「刀剣乱舞-online-」のミュージカル版である「ミュージカル『刀剣乱舞』」が上演され、2018年の第69回NHK紅白歌合戦にも出演するヒット作となった。

ぴあ総研によると、2021年の2.5次元ミュージカル市場は前年増減率209.7%増の239億円と推計されている。新型コロナウイルス感染症の影響により、2020年に77億円まで落ち込んだが、2021年はコロナ禍前の2019年と比較しても13.5%増と健闘している。2021年の公演数も計2909公演、172作品が上演され、233万人(2020年比163.2%増、2019年比8.0%減)を動員した。