不二家が西洋菓子舗5周年で銀座三越店などフェア、楽しみ袋等

【銀座新聞ニュース=2024年3月19日】菓子業界国内売上高ランキングで6位で、山崎製パン傘下の不二家(文京区大塚2-15-6、オーク音羽ビル、03-5978-8100)は3月20日から「西洋菓子舗 不二家 銀座三越店」(中央区銀座4-6-16、銀座三越本館地下2階、03-3535-1809)などで「西洋菓子舗 不二家 5周年祭」を開く。

「西洋菓子舗 不二家 銀座三越店」など5店舗で3月20日から実施する「西洋菓子舗5周年祭」で販売される商品。

2019年3月から展開をはじめた「西洋菓子舗 不二家」ブランドが設立5周年になるのを記念して、銀座三越店をはじめ、ジェイアール京都伊勢丹店、名古屋栄三越店、丸井今井札幌本店と4月16日に岩田屋本店より福岡三越に移転してオープンする福岡三越店の5店舗(福岡三越店は4月16日から)で、5周年祭を実施する。

銀座三越店では、20日から24日まで「とろ~りとろける苺のクリーミーショート」(税込680円)を販売する。2022年に「ショートケーキ発売100周年」を記念して販売した商品で、上面に2種の固さの違うクリームを重ねた新感覚のショートケーキとしている。

27日からデザインと形の違う2種類のミルキー缶「ホーロー看板デザイン」(ミルキー9粒入り、660円)と「銀座ペコちゃんデザイン」(ミルキー15粒入り、700円)を新たに販売する。

昭和30年代のパッケージを復刻した「復刻手提げミルキー」(ミルキー19粒入り、700円)は、表のペコちゃんと裏のポコちゃんの目がギョロっと動くレトロなデザインで、付属のペコちゃんこけしストラップが今回リニューアルされ、青いオーバーオールを着たペコちゃんになっている。

パッケージをリニューアルした「ペコちゃん人形焼」(6個入り1500円、12個入り3000円)も販売する。いずれかを購入すると、「ペコちゃん人形焼ステッカー」をプレゼントする(数がなくなり次第終了となる)。また、1個売りもあり、つぶあん、カスタード、ミルキーの3種類で、いずれも250円(ミルキーは銀座三越店限定)。

「西洋菓子舗 不二家 5周年記念お楽しみ袋」(3300円)も発売する。レトロかわいいソフビ人形(レトロペコちゃん人形、高さ120ミリ)や、「プレミアムミルキーバターサンド」(5個入り)、デリシャスパイ(8包入り)、ランチトート(レトロデザイン)を詰め合わせてある(数がなくなり次第終了となる)。

ウイキペディアによると、社名の「不二家」は、創業者である藤井家の「藤」と日本のシンボルである「富士山」、「二つと無い存在に」(不二)を意味している。また、不二家のシンボルマーク(社章)である「ファミリーマーク」のFには、不二家のイニシャルのほか、ファミリア(親しみやすい)、フラワー(花)、ファンタジー(夢)、フレッシュ(新鮮)、ファンシー(高級な、かわいらしい)の5つの意味が含まれており、1961年にフランス人デザイナーのレイモンド・ローウィィ(Raymond Loewy、1893-1986)が考案した。

1960年代に、インダストリアルエンジニアリング(IE)やコーポレートアイデンティティ(CI)という、当時としては革新的な経営管理手法を導入し、フランチャイズチェーンの展開へつなげた。イメージマスコットは、ペコちゃんとポコちゃんで、キャッチコピーは「おいしさは、しあわせに向かう」で、「ペコちゃん・ポコちゃん」人形は、日本ケンタッキーフライドチキンのカーネル・サンダース像に続いて、立体商標として1998年6月19日に特許庁から立体商標第1号として認可されている。

不二家は1910(明治43)年に、愛知県生まれの藤井林右衛門(りんえもん、1885-1968、1949年まで代表取締役)が横浜市に「不二家洋菓子店」を創業したのがはじまりで、1923(大正12)年8月に銀座店を開店し、9月1日の関東大震災により、銀座店(ほかに、伊勢佐木町店、元町店)が火災で焼失したが、1924(大正13)年に銀座店と伊勢佐木町店をバラック建てで営業再開した(元町店は閉店)。

1930(昭和5)年3月に「合名会社不二家」を設立(1938年6月に「株式会社第二不二家」を設立、9月に合名会社不二家と第二不二家を合併、同年12月に存続会社の「第二不二家」を「株式会社不二家」に商号変更、ほかに「藤井食品合名会社」はそのまま)、社長は創業者の藤井林右衛門、資本金10万円だった。1931(昭和6)年3月に銀座工場を完成し、1948年に藤井林右衛門の次男、藤井誠司(1913-1997)が2代目社長に就任(1969年に会長)、1950年にマスコットキャラクター「ペコちゃん」を制定(1951年に「ポコちゃん」も制定)、1951年に静岡県沼津市の工場で主力商品の一つとなるミルクソフトキャンディ「ミルキー」を開発、販売した。

1953年10月に数寄屋橋店を開店、1956年10月に藤井食品合名会社を「合名会社不二家(2代目)に商号変更し、1958年11月に株式会社不二家が合名会社不二家(2代目)を吸収合併した。1962年6月に東京証券取引所2部に上場(1965年2月に1部上場)、1963年10月にフランチャイズチェーン展開を開始、フランチャイズ1号店として京都伏見店を開店した。

1969年に藤井林右衛門の4男、藤井総四郎(1916-2010)が3代目社長に就任(1985年まで)、1973年に英国ロントリー・マッキントッシュ社(1988年にネスレが買収)と提携し、「キットカット」を発売、12月に米国バスキン・ロビンス社との合弁で「ビー・アールジャパン株式会社」(現在のB-Rサーティワン アイスクリーム)を設立し、「サーティワン アイスクリーム」のチェーン展開を開始した。

1977年に米国ペプシコ社と合弁で「不二家フリトレー」を設立(1990年に提携解消)、1978年3月に子会社「株式会社不二家ロードサイドレストラン」を設立(2004年に不二家の外食部門を統合し、株式会社不二家フードサービス(初代)に商号変更)、1979年4月にロードサイド店舗1号店として川口青木店を開店した。1982年にフランス・パリの洋菓子店「ダロワイヨ」とライセンス契約、1984年12月に不二家脅迫事件が発生(一連の事件は「グリコ・森永事件」)、1985年に藤井林右衛門の6男、藤井和郎(1919-2012)が4代目社長に就任(1989年まで)、藤井林右衛門の5男、藤井五郎(1918-1991)が会長に就任した(1989年まで)。

1989年に藤井五郎の長男、藤井俊一さん(1941年生まれ)が5代目社長に就任(1995年まで)、6月にネスレ社との菓子製造販売の合弁会社として「ネスレマッキントッシュ株式会社」を設立(2000年10月に不二家側の株式売却)、10月に完全子会社として株式会社ダロワイヨジャポンを設立、1995年に藤井誠司の息子、藤井林太郎さん(1942年生まれ)が6代目社長に就任した(2007年まで)。

2007年1月11日に消費期限切れの材料で一部洋菓子の製造が行なわれていたことが報道され、すべての洋菓子製品の製造販売を休止、1月15日に期限切れ原材料使用問題により、社長の藤井林太郎が辞任表明し、1月22日に取締役の櫻井康文さん(1949年生まれ)が社長に就任(2019年退任)、3月26日に山崎製パンと資本業務提携、休止していた製品の製造販売を再開、4月11日に山崎製パンに対して第三者割当増資を実施し、同社の持分法適用会社(35%出資)となり、8月31日に銀座店を閉店した。

2008年7月1日に1946年以来使用していた銀座の本社ビルを売却し、文京区のニッセイ音羽ビル(現オーク音羽ビル)へ移転し、11月7日に山崎製パンと新たに資本業務提携し、11月27日に山崎製パンに対して第三者割当増資を再度実施、同社の子会社(51%出資)となった。2014年4月1日にタカラブネやスイートガーデンを展開する「スイートガーデン」を、プレシアホールディングスから9億5000万円で取得し、完全子会社とし、2019年2月14日に取締役の河村宣行(のぶゆき)さん(1954年生まれ)が8代目社長に就任、2021年7月に不二家フードサービスを不二家に吸収合併している。

2023年12月期の売上高は前期比4.9%増の1055億3400万円、営業利益が同68.3%減の13億7400万円、経常利益が同62.0%減の21億400万円、純利益が同71.3%減の9億6900万円。

期間中、3000円(税込)以上を購入すると、「マルシェバッグ(店頭ペコちゃんデザイン)」(素材は綿)をプレゼントする。なくなり次第終了となる。

営業時間は10時から20時。原則として無休。