命を大事にする自衛隊の「戦い」を描いた「いぶき」(264)

【ケイシーの映画冗報=2019年5月30日】筆者の周辺には、現役、OBもふくめて公務員が大勢おります。そのなかで一番深く長い付き合いのある自衛官の方と同行した会合で、談たまたま、「自衛隊はなんのためにあるのか?」という会話になりました。

現在、一般公開されている「空母いぶき」((C)かわぐちかいじ・惠谷治・小学館/「空母いぶき」フィルムパートナーズ)。

かれは即座にこう応じました。
「事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえること(を誓います)」

これは「服務の宣誓」の末尾で、自衛隊員は全員、この宣誓をして、職務につくのだそうです。

本作「空母いぶき」(2019年)は近未来の日本が舞台です。日本の最南端に近い初島が、過激な対外政策で知られる新興国家「東亜連邦」によって占領されてしまいます。

海上自衛隊は訓練中だった第5護衛隊群に初島へと向かわせます。潜水艦やイージス護衛艦などの艦隊の中心は、自衛隊初の航空機搭載護衛艦「いぶき」で、最新鋭のステルス戦闘機を飛ばすことのできる「いぶき」は、計画から完成するまで、議論されつづけたフネでした。

「いぶき」の艦長は航空自衛隊の戦闘機パイロットだった秋津(あきつ。演じるのは西島秀俊=にしじま・ひでとし)、副長は海上自衛隊の新波(にいなみ。演じるのは佐々木蔵之介=ささき・くらのすけ)で、2人は防衛大学校の同期でもありました。

現場海域へ向かう護衛艦隊は、潜水艦からのミサイル攻撃を受けます。たたみかけるように、初島への針路上に「東亜連邦」の大艦隊が出撃してきました。防御に徹していた自衛隊艦隊でしたが、1隻の護衛艦が被害を受け、炎に包まれます。

「いぶき」に乗っていたネットニュースの女性記者、本多(ほんだ。演じるのは本田翼=ほんだ・つばさ)によって公開された映像により、総理大臣の垂水(たるみ。演じるのは佐藤浩市=さとう・こういち)は、日本が他国との「戦争状態」にあることを発表する記者会見にのぞみます。

損害を受けながら、当初の目的地をめざす「いぶき」と艦隊には、さらなる脅威が迫ってくるのでした。

原作は重厚な作風でしられる、かわぐちかいじのコミック作品で、かわぐちには、日本で極秘に建造された原子力潜水艦によって世界秩序が再構築される「沈黙の艦隊」という作品もあり、日本の国会でもとりあげられる話題作でした。

じつは日本の映画界において、自衛隊という国家組織は、「どこか扱いが難しい」存在なのです。これまでも複数の作品で、原作や翻案では実在の国家や団体となっている「敵対勢力」が、映画化については架空化されています。

「日本映画で一番活躍している自衛隊は東宝自衛隊」という表現がありますし、過去には現役自衛官の「僕らが戦っていいのは怪獣だけですよ」というコメントも見たことがあります。

専門誌にも寄稿経験のある友人によると、
「過去の時代ならいざしらず、現代の国家の軍事組織は、その政府の指揮下にあるので、独断専行や命令無視はそのまま反乱、反逆となるので、どこの国でも重罪となる」そうです。

フィクションでは「血気にはやった威勢のいい指揮官が勝手にしでかしてしまう」という状況は少なくありません。エンターティンメントとして避けられない部分です。さらには、戦うということは敵味方に犠牲者が出ることに直結します。

英国の政治家、ウィンストン・チャーチル(Winston Churchill、1874ー1965)によれば、「有能な軍人ほど、実戦に臆するようになる」のだそうです。そういえば、ある自衛官もこうおっしゃっていました。
「危険な職場ですから、覚悟はしていますが、つらいですよ。大切な部下の葬儀に出るのは」

本作の監督、若松節朗(わかまつ・せつろう)はこう述べています。「どうしたら戦闘を回避できるか、自衛隊員らはものすごいエネルギーを使っている。最終的に、命を大事にしてきた人たちの話なんだと思ってほしい」(2019年5月17日付「読売新聞」夕刊)

なお、先出の「服務の宣誓」については、本作でも触れられています。個人的なエピソードなのですが、夭逝(ようせつ)した自衛隊員の葬儀に関わったことがあります。

弔辞にて「勝手に死ぬな。それでは国民の付託にこたえていない」という一文が読まれたとき、制服姿の参列者を一抹の悲しみがおおったのです。「国民の付託にこたえる」ことが「自衛隊員の本分」であることを願います。次回は「ゴジラ キング・オブ・モンスターズ」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。