味方も敵もわからず、緊張感が漂う作品「インフォーマー」(278)

【ケイシーの映画冗報=2019年12月12日】個人的に映画というメディアは“娯楽”や“息抜き”だと解釈しています。重苦しい現実や浮世の“ウサ”を忘れ、解消するのが目的なので、そこでさらにストレスを追加するつもりはないのです。

現在、公開中の「インフォーマー(THE INFORMER)三秒間の死角」((C)Wild Wag films Productions 2018)。

ある小説家がこんな一文を残しています。「(産みの苦しみは)作者個人のもので、読者の皆さんはただ、面白く読んでほしい」

そんな自分ですが、たまに、“すこし重苦しそうな”作品を観たくなるときがあります。ただ「観たいから・・・」という単純な動機なので、複雑な葛藤はありません。

本作「THE INFORMER(インフォーマー)/三秒間の死角」の主人公ピート(演じるのはジョエル・キナマン=Joel Kinnaman)は、ニューヨークで違法薬物の扱うポーランド系マフィアの一員でしたが、じつはアメリカ連邦捜査局(FBI)のインフォーマー(情報提供者)でした。

家族のために犯罪を犯したピートを、減刑を条件にスパイにした女性捜査官ウィルコックス(演じるのはロザムンド・パイク=Rosamund Pike)は、ピートの属する組織を壊滅させるための、大きな作戦を準備しますが、それにはピートの協力が不可欠でした。

家族の安全と自身の自由を保証させたピートでしたが、取り引き現場で、偶然に起きた殺人事件により、ウィルコックスの作戦は失敗してしまいます。

家族との平穏な未来を失ったピートに、ウィルコックスは新たな提案をします。ピートがいる組織が仕切っているという、刑務所内部での薬物犯罪の証拠を、自身が罪人となって集めてくるというもので、マフィアからの命令もあり、ピートに断ることは出来ませんでした。

獄中生活を送るピートに、ニューヨーク市警のグレンズ(演じるのはコモン=Common)が接触してきます。じつはピートの目の前で殺された人物はグレンズの部下で、マフィアへの潜入捜査中だったというのです。FBI、マフィア、そしてニューヨーク市警とさまざま勢力がピートの周囲にむらがり、それぞれの権力と結果を求めてきます。

家族との平和をのぞむピートですが、状況は彼にとって、不利となる一方でした。こうした“潜入捜査モノ”(筆者の勝手命名)の完成度を左右するのが、「“潜入した人物”の葛藤をどれだけ観客に訴えてくるか」という部分ではないでしょうか。

実際の事件をもとにマフィアに潜入したFBI捜査官を描いた「フェイク」(Donnie Brasco、1997年)は、マフィアの構成員となりながら、捜査対象と友情を紡いでしまうという複雑なキャラクターを、ジョニー・デップ(Johnny Depp)が好演しています。

最近、あまり良いハナシが出ないデップですが、本作でも発揮したように演技力は確かなので、復活を期待しています。本作でも、主人公のピートを、芸達者なジョエル・キナマンが演じています。「正体がバレたら無残に殺されてしまう」という強烈なプレッシャーを受けつつ、表面上はそれを気取られないように生活するというのは、現実でも困難でしょうが、映像作品では、さらにそのハードルが上がります。

「登場人物をあざむきながら、観客には自身の内情を伝えなければならない」という、映画ならではの表現です。

監督・脚本のアンドレア・ディ・ステファノ(Andrea Di Stefano)は、イタリア出身で、ハリウッドでも俳優として活動している映画人です。そうした部分も影響しているのか、おそろしいまでの緊張感に支配されているピートの心情が、ちょっとした視線の流れや、ふとした仕草にきちんと反映されています。

ただ「家族を愛する男」であるピートの苦悩を、ストーリー面で強調するのが、妻と幼い娘という存在です。家族の安全を条件に“取り引きと交渉”をするピートは、相手が組織?それも冷徹な?という絶対的に不利な条件に挑み続けるのです。

刑務所にはなにも持ち込めず、家族の状況を直接、知ることもできません。さらに、だれが敵でだれが味方かわからないという恐ろしさ(看守にもマフィアの息がかかっている)に、いつのまにか観客もピートと、感性を通わせてしまうことになるはずです。

そして、マフィアも捜査機関も、最重要なのは“組織の論理”であって、ヒットマンだろうと捜査官だろうと、「替えはいくらでもある」という冷徹な現実を見せつけられると、もうピートの応援しかできなくなってきます。

ヒリヒリする緊張感に貫かれた本作は、“息抜き的要素”の高い作品ではありませんが、鑑賞後の満足感にゆったりとひたれる佳作といえるでしょう。次回は「カツベン!」を予定しています。(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。