吟味された再スタートとボンドとの対比を意識した新「ボーン」(198)

【ケイシーの映画冗報=2016年10月20日】2002年の「ボーン・アイデンティティー』(The Bourne Identity)で映画界に登場した“記憶を失った最強のエージェント、ジェイソン・ボーン”というキャラクターは、スパイアクションというジャンルをほぼ独占していた「007シリーズ」とは一線を画す映像やキャラクター造型の魅力で、観客から好評をもって迎えられました。

現在、一般公開されている「ジェイソン・ボーン」((C)Universal Pictures)。

現在、一般公開されている「ジェイソン・ボーン」((C)Universal Pictures)。

それまでアクション映画とさほど接点がなかったマット・ディモン(Matt Damon)が、銃は敵から奪い、格闘ではペンや雑誌といった“身の回りの品”を武器にかえて闘うといったシチュエーションは、映画における闘いのシーンを変革したといえるでしょう。

2006年にダニエル・クレイグ(Daniel Craig)をボンド役に迎えてスタートした「007 カジノ・ロワイヤル」(007 Casino Royale)からの4作品は、「ボーン」シリーズの影響が格闘やキャラクター表現など、随所に見受けられます。

2007年の第3作「ボーン・アルティメイタム」(The Bourne Ultimatum)で一旦、“ジェイソン・ボーンの物語”は終了となります。劇中でボーンが自身の記憶を取りもどしたからですが、ボーン役のディモン曰く、「でも、いろいろな場所で、いろんな人から『次はいつ?』『次を撮って』と言われ続けてきた」(9月30日付読売新聞夕刊)ことから、9年ぶりにシリーズが復活したのです。

制作費は1億2000万ドル(約120億円)、7月29日にアメリカで公開されて以来、興行収入は世界で約2億5211万ドル(約252億1100万円)。

制作費は1億2000万ドル(約120億円)、7月29日にアメリカで公開されて以来、興行収入は世界で約2億5211万ドル(約252億1100万円)。

本作「ジェイソン・ボーン」(Jason Bourne)では、ギリシャの片田舎で、裏社会の格闘者として暮らしていたジェイソン・ボーン(演じるのはマット・デイモン)にある情報がもたらされます。それは自分の実父についてのもので、取り戻したはずの記憶に欠けていた部分でした。

ふたたび表社会に姿を見せたボーンに、“生みの親”であるCIAは即座に反応します。CIA長官のデューイ(演じるのはトミー・リー・ジョーンズ=Tommy Lee Jones)は、若手の女性分析官リー(演じるのはアリシア・ヴィキャンデル=Alicia Amanda Vikander)にボーンへの対応を任せる一方、彼女に知らせずに工作員アセット(演じるのはヴァンサン・カッセル=Vincent Cassel)を、ボーンの抹殺に向かわせます。

経験は少ないものの実力派のリーには、最強の暗殺者であるボーンをCIAに復帰させ、自身のキャリアを高めようという野心がありました。彼女は、執拗にボーンを狙うアセットを妨害するうち、ボーンと共闘するようになります。やがて過去を追うボーンと彼を狙うアセット、リーとデューイ長官はラスベガスで会し、それぞれの目的を果たそうとするのですが・・・。

監督と脚本(共同)は“ボーン・シリーズ”の2、3作目を担当したポール・グリーングラス(Paul Greengrass)で、ディモンとはイラク戦争を扱った「グリーン・ゾーン」(Green Zone、2010年)でもコンビを組んでおり、主演のディモンと共同脚本のクリストファー・ラウズ(Christopher Rouse)の3人で、「ジェイソン・ボーンの再登場」をじっくり練り上げていったそうです。

脚本にクレジットされてはいませんが、ディモンがハリウッドで名前を知られるようになったのは、「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」(Good Will Hunting、1997年)の主演と脚本(共同)であったので、実質的には、実力派の脚本家3人によって、充分に吟味された再スタートであったことがうかがえます。

本作でつよく感じたのが、“ジェームズ・ボンドとの違い”です。先輩のボンドが「上等なスーツと上質の酒を愛し、大英帝国の公務員(海軍中佐)」であるのに対し、ボーンは「常に古巣のCIAに狙われる逃亡者であり、後ろ楯もなく、自身の能力しか頼るものがない孤高の存在」で、真逆と断言できるほど、そのキャラクターには差異があります。

これはディモンも意識していたようで、「例えば、ジェームズ・ボンドはあまりにも帝国主義的だけれど、ボーンはすべての組織的権力に懐疑的。『我々対彼ら』と言った時、ボンドは『彼ら』、ボーンは『我々』の仲間なんです」(前掲紙)と述べています。

こうした対比は、劇中でも見られます。ボーンの肉体は筋肉が盛り上がったころりとしたデザインなのに対し、殺しを請け負うアセットの肉体は、シャープに絞り上げられ、さながら鋭利なナイフのようになっています。

シリーズで定番となっている“自分では武器を用意しない”ボーンという設定も健在で、旧シリーズから見続けているファンも納得できるはずです。多分に新シリーズの第1作というイメージを感じさせる仕上がりですので、これからもボーンの活躍には期待せずにはいられません。

次回は「アイアン・ジャイアント シグネチャー」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。

編集注:ウイキペディアによると、「ジェイソン・ボーン」はアメリカの作家、ロバート・ラドラム(Robert Ludlum、1927-2001)が1980年に発表した小説「暗殺者」(原題:The Bourne Identity)の主人公で、その後、ジェイソン・ボーンを主人公とした作品は、1986年の「殺戮のオデッセイ」(原題:The Bourne Supremacy)と1989年の「最後の暗殺者」(原題:The Bourne Ultimatum)がある。

ラドラムの没後には、シリーズはエリック・ヴァン・ラストベーダー(Eric Van Lustbader)によって引き継がれ、第4作となる「ボーン・レガシー」が2004年に発表され、2014年の第12作「ボーン・アセンダンシー(The Bourne Ascendancy)」まで計9作品が刊行されている。

小説を元に映画化された「ボーンシリーズ」は、2002年に公開の「ボーン・アイデンティティー」を皮切りに、2004年の第2作「ボーン・スプレマシー」、2007年の第3作「ボーン・アルティメイタム」が制作された。

映画版の「ボーンシリーズ」はシリーズが進むにつれて独自性の強いストーリーになっており、2012年公開の第4作「ボーン・レガシー」は、ラストベーダーによる小説と同じ題名であるが、ジェレミー・レナー(Jeremy Lee Renner)演じるアーロン・クロスを主人公とした映画オリジナルのまったく別のストーリーとなっており、同作にはジェイソン・ボーンも登場しない。