SFの手法と非SF的なフィルムノワールを合わせた「レミニセンス」(325)

【ケイシーの映画冗報=2021年9月30日】正確な記憶ではないのですが、日本のアニメーション監督のおひとりがこんな表現をされていました。
「映像の時間は自由自在で、1秒を1分にすることもできる」

現在、一般公開されている「レミニセンス」((C)2021 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved)。制作費は6800万ドル(約68億円)。

スローモーションやストップ・モーション(止め絵)、リフレイン(繰り返し)といった描写は映像作品の中では一般的ですし、作品の構成上から、時系列が錯綜している映画もすくなくありません。

近未来、戦乱により荒廃した世界では環境破壊も進んだため海面が上昇、水の都となったアメリカのマイアミ。世界的な戦乱によって生まれた、記憶を抽出して再生する装置で他人の記憶を再現するニック(演じるのはヒュー・ジャックマン=Hugh Jackman)は助手のワッツ(演じるのはタンディ・ニュートン=Thandiwe Newton)とともに、“過去に癒しを求める人々”の望みをかなえていました。

ニックの前に、夜のクラブで歌っているというメイ(演じるのはレベッカ・ファーガソン=Rebecca Ferguson)が客としてあらわれます。運命的に惹かれ合うニックとメイでしたが、彼女は突然、ニックの前から姿を消します。やがてニックは、違法薬物の取引事件に、メイと思われる女性が関わっていることを、ある犯罪者の記憶から知りますが、その女性は別の名前を名乗っていました。

記憶に隠された記憶、自分の信じていた事実と異なっていた真実。虚実と時系列が交錯するなか、ニックは運命の女性メイの真実と実像を追い求めていくのでした。

本作「レミニセンス」(Reminiscence、2021年)の脚本と監督は、過去のSF映画をテレビシリーズ化して大ヒットした「ウェストワールド」(Westworld)の製作総指揮や監督を担当したリサ・ジョイ(Lisa Joy)の、こんなイメージで生まれたのだそうです。

「人生とは始まりがあって、だんだんクライマックスに向かうものじゃない。記憶の中の『ある瞬間』が乱立して出来ている。あの瞬間に戻りたいと思う郷愁の念があるからこそ、人生は味わい深いのでは」

そういえば、加齢による物忘れというのは「記憶を喪失するのではなく、人生が深まることによって、記憶の総量が増えていくことから、“探すのに手間取る”ため」という説があるそうです。

また、記憶は残っていても嫌な記憶や体験を自分で“封印”してしまうこともありますし、自分が見た映像をそのまま、つねに鮮明に記憶している“直観像素質”は、その当人に時間の経過を感じさせず、精神的なダメージをあたえることもあるのだそうです。

ジョイ監督の夫で、本作では製作としてサポートしたジョナサン・ノーラン(Jonathan Nolan)は、こう述べています。
「シーンとシーンをつないで物語を作るけど、その一貫性は幻想にすぎない。記憶も同じです。時間や記憶について語るのに、映画は格好の媒体なのです」

ノーランは脚本家として、時間や記憶をテーマとした宇宙旅行を題材とした「インターステラー」(Interstellar、2014年)、視覚のまやかしをマジシャン同士の戦いで描いた「プレステージ」(The Prestige、2006年)の脚本を担当しており、2作の監督であるクリストファー・ノーラン(Christopher Nolan)と鮮烈な映像体験を観客に提供しています。補足しますと、クリストファーとジョナサンは兄弟でもあります。

近未来を舞台とし、記憶体験装置という架空のシステムが物語の中心となる一方、ストーリーの流れは“ファム・ファタール(運命の女)”を追う男という、クラッシックなハードボイルド、あるいはフィルムノワールな構成となっており、“水没した都”となったマイアミでは、移動手段がゴンドラ船や手漕ぎボート(!?)と、すべてがSF的な味つけとなっていないのも、印象的です。

それはジョイ監督の意図でもあったのです。
「水は自然の象徴でもあり、重要なモチーフです。地球温暖化も意識しました。また、SFは未来を舞台に語る神話だと思っています。フィルムノワールではあるけれど、従来のイメージとは違う、温かくてレトロな、美しい世界を作りたかった」(いずれも2021年9月24日付読売新聞夕刊)

“過去の自分を追体験する”ことを物語の主軸とした本作を観賞後、思い浮かべた古典があります。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」ではじまる「方丈記」は、鎌倉期に歌人の鴨長明(かものちょうめい、1155-1216)が遺した随筆ですが、昔も今も、人は「戻ることはない」と知りながらも過去に想いを馳せてしまうということを確認した次第です。

次回は「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。