監督も主人公も潜水艦を実体験し、臨場感を作り出した「ウルフズ」(300)

【ケイシーの映画冗報=2020年10月15日】今回の作品「ウルフズ・コール」(Le chant du loup、The Wolf’s Call、2019年)は本稿で、はじめて取り上げるフランス映画だと思います。

現在、一般公開されている「ウルフズ・コール」(C)2019-PATHE FILMS-TRESOR FILMS-CHI-FOU-MI PRODUCTIONS-LES PRODUCTIONS JOUROR-JOUROR)。

正直、フランス映画という存在との縁は濃くありません。記憶にある一番スクリーンで鑑賞したフランス映画は、「クリスマス・ツリー」(The Christmas Tree、1969年)です。劇場ではなく、学校行事の観劇会でした。

核爆弾を積んだフランスの軍用機が事故を起こし、放射能の影響で10歳の少年が白血病となり、遺された時間を充実させようと父親たちが奮闘するという骨子です。

同級生たちはあまり分からなかったようですが、すでにイッパシぶっていた自分は「フランスが自主開発で核兵器を持ち、核攻撃専用の爆撃機を仕立てた」ことを知っていたし、少年の欲しがる狼を手に入れるため、父親と友人が動物園から狼を盗み出すことに成功したとき「レジスタンス(フランスを占領したナチスドイツへの抵抗組織)を思い出す」(台詞はうろ覚えです)と笑い合うシーンが強く印象に残っています。

偶然でしかないのですが、本作「ウルフズ・コール」もタイトルにウルフ(狼)とあり、核兵器・核戦争が大きなテーマとなっています。

フランス海軍の原子力潜水艦「チタン」の音響分析官(水中の潜水艦は周囲の音を聞いて、外部の情報を得る)シャンテレッド(演じるのはフランソワ・シヴィル=Francois Civil)は、味方の潜入部隊を救出する任務中、謎の音源をキャッチしますが、その正体を明確にできませんでした。しかし、その音は敵性潜水艦であり、攻撃の合図である音響を発してきます。

その音は“狼の遠吠え(ウルフズ・コール)”のように「チタン」の艦内に響きわたる、“死刑宣告”でした。艦長のグランジャン(演じるのはレダ・カテブ=Reda Kateb)の判断で危機を脱することができた「チタン」では、グランジャンが最新の核ミサイル搭載原潜「レフローヤブル」の艦長となり、副長のドルシ(演じるのはオマール・シー=Omar Sy)が「チタン」の艦長にスライドするという人事異動がおこなわれます。

その一方、シャンテレッドは“ウルフズ・コール”を発した謎の潜水艦探しに夢中となり、海軍の規約を破ったため潜水艦への乗艦ができなくなってしまいました。

ところが、誤った情報で核ミサイルの発射態勢をとった「レフローヤブル」の行動を阻止するために出撃中の「チタン」にシャンテレッドは乗り込むことになります。シャンテレッドの“黄金の耳”は核戦争を阻止できるのか。

監督・脚本は元外交官で、現在はコミック作家がメインというアントナン・ボードリー(Antonin Baudry)で、本作が長編映画を手がけた最初の作品とのことです。

外交出身者が海軍の映画というのは奇異に感じられるかもしれませんが、他国に赴くのがフネ以外にない時代、海軍の高級軍人は、外交官としての任務も負っていました。旧日本海軍でもテーブルマナーの教育がなされ、大型艦にはフランス製の洋食器が積まれていたそうです。それよりも、ボードリー監督が本作が初監督というより、はじめて手がけた映像作品だということでしょう。

「確かに経験は大事だが、一番重要なものではない。それよりも、この物語を描きたいという情熱、新しいことへのチャレンジ精神を常に持ち続けることが、いい作品を生むんじゃないかな」(「映画秘宝」2020年11月号)
こう語るボードリー監督は外交官として働くのも、映画監督として活躍するための事前の策だったそうです。

本作のアイディアはボードリー監督が原子力潜水艦に乗ったことで生まれたのだそうです。さらに脚本執筆のため、実際に数週間を潜水艦の中で過ごし、ディティールを深めていったのとのこと。

シャンテレッドを演じたフランソワ・シヴィルも、36時間のあいだ潜水艦に乗り込み、実際の乗組員と起居することで、潜水艦の音響分析官という、あまりなじみのないキャラクターをつかんでいったのだそうです。

外交官の視点も持つボードリー監督は、本作で描かれる核兵器のような軍事力について、こう述べています。
「まったくもって『抑止力』というのは最高にパラドキシカル(逆説的)な言葉だよ。平和を保つために戦争の訓練を日夜繰り返し、世界を滅ぼさないために大量破壊兵器を所有するのだから。映画で描くのに値するテーマだと思うし、人類の一員としても非常に興味深いテーマだ」(前掲誌)

いろいろな状況で、単純な善悪や正邪で線引きできないことは無数にあります。そんななかでも自分にできる最善を目指す。これが一番なのだと感じます。「クリスマス・ツリー」のような犯罪はまずいのですが。次回は「スパイの妻」を予定しています。(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。