サニーヘルス、運動前は果汁ジュース等、運動後は鶏胸肉がお勧め

【銀座新聞ニュース=2019年5月5日】健康食品、美容商品、化粧品などの販売会社、サニーヘルス(中央区八重洲2-1-6、八重洲kビル、03-6701-3000)はこのほど、レポート「運動の効果を最大化する食事の摂り方」を発表した。

運動前に空腹状態だと身体への負担が大きく、30分前には軽い食事を。運動後は45分以内に鶏胸肉などがお勧めという。

摂取する栄養と運動とは密接な関係にあり、今回は、食事とトレーニングの効果を最大化する方法を紹介するという。

運動前の食事については、カロリー制限のためなど、運動前に空腹状態では身体に負担が大きく、血液中のブドウ糖が不足して低血糖症になる可能性もあり危険とされている。体内の栄養素が足りない状態なので、筋肉の維持や修復に使われるべき栄養素が、運動のためのエネルギーに使われてしまうというデメリットもある。

その反対に、食べた分のエネルギーを消費できるからと、運動前に満腹になるまで食べるのもよくない。より効率的にダイエットにつなげるなら、運動前の食事はどうするのが正解なのか。

食べ物が体に入ると、胃腸などの消化器官が活発に動き出す。消化のために、血液が消化器官に集まってくるが、食後すぐに運動をすると、消化器官に集まるべき血液が全身に巡り始めるため、消化がおろそかになり、消化不良を起こしてしまう。十分に消化が終わらないうちに運動をすると脇腹が痛くなるのもこのためという。食後すぐに入浴することも、同じ理由で消化不良を起こしてしまう。

運動前は食べる内容にもよるが、最低でも30分前までには食べ終えるようにするのが鉄則という。ただし、必ずしも食べなければならないということではなく、空腹感がなければ食べる必要はないとしている。

運動開始までの時間別によるメニューについて参考までに以下に書き出してみた。

運動30分前では、液状、ゼリー状、フルーツなど消化のよいもので、すぐにエネルギーに変わるものにする。バナナ、果汁ジュース、栄養補給ゼリー飲料などがいい。

運動1時間前では、おにぎりやお茶漬け、お粥、うどんなど脂質が低く糖質(炭水化物)を補給できるものを食べる。固形の栄養補助食品もいいという。ただし、量が多いほど、消化に時間がかかるので、小腹を満たす程度の量にする。

運動2時間前については、通常の食事を摂っても大丈夫だが、その際も短時間でエネルギーに変わりやすい糖質を中心に摂り、タンパク質、脂質は控えめにする。脂質を摂り過ぎると消化効率が落ちるので、油っこいものや揚げ物は避けたい。

一方、運動後の食事についてだが、運動により筋肉細胞は傷つき、運動後はその修復に入る。運動後に摂取するもの次第で、筋肉の付き方や疲労回復などに差が出てくくるので、内容、タイミングともに覚えておきたい。

運動直後の運動後45分以内については、筋肉を付けるゴールデンタイムといわれている。運動により体内の栄養素は消費されるため、貯蔵量が大きく減っている状態で、そのため、栄養素の吸収率が高く、特に筋肉を合成・修復するタンパク質は積極的に摂りたい。

平常時と比較すると、筋肉へのアミノ酸輸送量は約3倍にもなると考えられている。このタイミングでタンパク質を摂取すれば、筋肉増強や筋肉痛の軽減、疲労回復などの効果を高めることができる。

タンパク質は魚、肉、卵、豆などに多く含まれているが、運動直後に摂取するなら、消化の早いプロテインドリンクやゼリーなどが適している。

タンパク質だけでなく、糖質も併せて摂取するのがよりよく、エネルギー回復に役立ち、筋肉の分解を抑制してくれる。おにぎり、バナナなど食べやすいものを摂取するのがいい。糖質はタンパク質のように筋肉を直接増強することに使われるわけではないが、筋肉のエネルギー源となる。運動直前に糖質を摂取した場合は、このタイミングでの糖質は必須ではない。

運動1時間後以降については、運動直後にこれらの栄養素を摂取できれば最善だが、難しければ、次の食事のタイミングで高タンパク低脂肪のメニューにするように心がけたい。豚バラや霜降りの肉など高脂肪の肉は、消化に時間がかかってしまうため、脂肪の少ない鶏胸肉(ムネ肉)がお勧めとしている。

鶏胸肉は高タンパクな上に、消化にもよいので、疲れた体にも負担が少ない。鶏胸肉自体に、疲労回復に有効な「イミダゾールジペプチド」も含まれている。糖質は麺やパンよりもご飯を選びたい。白米よりも玄米、雑穀米にすればダイエット面でも安心という。

運動直後は、タンパク質以外の各種栄養素もバランスよく含まれているマイクロダイエットも適している。筋肉を付けることでやせやすい体になることができるので、運動の効果を最大化できる「運動後45分以内」を意識するように心がけたい。

「わかさ生活」によると、「イミダゾールジペプチド(イミダゾールペプチド)」とは、イミダゾール基を持つアミノ酸を含んだ、いくつかのアミノ酸が結合したペプチドで、カルノシンやアンセリンなどの種類が含まれている。人間の筋肉の中でつくり出され、活性酸素を抑える働きがある。動物の骨格筋に広く分布し、渡り鳥の胸肉などに多く含まれている。

鳥類や魚類を含めた動物の筋肉に含まれており、動物の脳や心臓、肝臓や腎臓、神経系や骨格筋など広く分布し、身近な食品では、鳥の胸肉、まぐろ、かつおなどの魚肉に多く含まれている。疲労回復効果、運動能力を向上させる効果、老化を防ぐ効果、生活習慣病を予防・改善する効果などがいわれている。

ウイキペディアによると、大阪市立大学の研究チームの研究により、その成分には抗疲労効果があることが判明している。実験内容は、イミダペプチド成分を4週間毎日投与後、4時間の自転車運動を行い、日常生活で起こる肉体疲労の負荷をかけた。イミダペプチド成分の入らない同じ食事を与えた群との比較で、実験終了直後の疲労感で、イミダペプチド成分を摂取しなかった群では、した群の約1.5倍、実験終了4時間後には約2倍の差が出た。これにより、疲労予防のみならず、疲労回復力を高める効果があることが確認された。

また、有効成分であっても経口摂取で効果が出ない物質もあるが、イミダペプチドは、消化吸収過程において2つのアミノ酸に分解され、体中で再合成される。ヒトの場合、脳細胞、筋肉などの消耗の著しい部位に、イミダペプチド合成酵素が豊富に存在するため、酸素消費が多く発生する部位で、ピンポイント的にイミダペプチドが再合成されやすく、効果が発現しやすい。このため、抗酸化作用が他の抗酸化物質よりも優れた特徴を持っている。

丸善丸の内で藍ウィンディの高木伸ら「手作り藍染」展

【銀座新聞ニュース=2019年5月4日】大手書籍販売グループの丸善CHIホールディングス(新宿区市谷左内町31-2)傘下の丸善ジュンク堂書店(中央区日本橋2-3-10)が運営する丸善・丸の内本店(千代田区丸の内1-6-4、丸の内オアゾ内、03-5288-8881)は5月8日から14日まで4階ギャラリーで「藍・ウィンディかまくら」による「初夏の藍染展」を開く。

丸善・丸の内本店で5月8日から14日まで開かれる「藍・ウィンディかまくら」による「初夏の藍染展」に出品される作品。

手作りで布を藍染する「藍・ウィンディかまくら」(神奈川県鎌倉市小町1-6-15、i-ZA鎌倉、0467-23-9650)の高木伸(たかぎ・しん)さんらがデザインした、1年を通して着用できる藍染めの服について、インナーからジャケット、ワンピースまで組み合わせ次第で楽しめる服を展示販売する。

有限会社ロータスセブン商事が運営する「藍・ウィンディ」の作品はすべてオリジナルで、藍の服、帽子、ショールなどの布選びから柄のデザイン、制作まで行っており、時々身にまとう高級品ではなく、毎日着てほしい服を手作りしている。

店舗は藍・ウィンディかまくら店(神奈川県鎌倉市小町1-6-15、0467-23-9650)とくさなぎ店(静岡県静岡市清水区草薙1-21-14、0543-47-3714)があり、くさなぎ店で制作している。藍・ウィンディによると、「中国の藍染めは木綿がべとつかず、夏涼しく、冬暖かく、四季のおしゃれ着、実用着」にもなり、1枚ずつ異なったしみ、ずれなどがあり、天然藍の手染めのため、新しいうちは、触れるだけで手が藍に染まるという。

ジャケット、コート、プルオーバー、Tシャツ、ベスト、ブラウス、スカート、パンツ、小物、スカーフ、帽子などを制作している。

開場時間は9時から21時(最終日は16時)。

上島珈琲店でオレンジミルクコーヒー、平成人気一番

【銀座新聞ニュース=2019年5月3日】食品業界25位のUCCホールディングス(港区新橋6-1-11)グループで、「上島珈琲店」を展開するユーシーシーフードサービスシステムズ(兵庫県神戸市中央区港島中町7-7-7、078-304-8840)は6月26日まで「上島珈琲店京橋2丁目店」(中央区京橋2-8-1、八重洲中央ビル、03-5524-3355)など「上島珈琲店」(全国で110店)で「オレンジミルク珈琲」と「ピニャコラーダのグラニータ」を提供している。

6月26日まで「上島珈琲店京橋2丁目店」など全国の「上島珈琲店」で提供している「オレンジミルク珈琲」。

1989年1月から2019年4月30日までの平成期にミルクコーヒー約50品のうち、もっとも人気のあったメニュー「オレンジミルク珈琲」(アイスのみ、Sサイズ税別490円、Mサイズ530円、Lサイズ640円)はバレンシアオレンジ果汁を加えたシロップを、ミルクコーヒーとあわせており、オレンジの甘酸っぱさとミルクの甘さを感じるミルクコーヒーで、全店(一部除く)で販売している。

また、季節のグラニータでもっとも人気のある「ピニャコラーダのグラニータ」(590円)はココナッツと甘酸っぱいパインのグラニータで、100%のパイン果汁を使用した酸味とココナッツの濃厚な味わいに、ローズマリーの清涼感ある香りをつけているグラニータとしている。

中央区とその近隣の「上島珈琲店」としては「京橋2丁目店」以外に、「大手町フィナンシャルシティ店」(千代田区大手町1-9-5、大手町フィナンシャルシティノースタワー、03-3517-2181)、「コレド(COREDO)日本橋店」(中央区日本橋1-4-1、COREDO日本橋、03-5255-7221)、「八重洲一丁目店」(中央区八重洲1-3-7、八重洲ファーストフィナンシャルビル、03-6225-4661)、「八重洲地下街店」(中央区八重洲2-1、八重洲地下街南1号、03-5299-9205)がある。

UCCホールディングスは1925(大正14)年に上島治忠(うえしま・はるただ)が「上島商店」(現ウエシマコーヒーフーズ)を創業したのがはじまりで、1933(昭和8)年に上島治忠の弟、上島忠雄(うえしま・ ただお、1910-1993)が「上島忠雄商店」を創業、1934(昭和9)年に「合名会社上島食料問屋総本店」と改称し、1944(昭和19)年に「株式会社上島本店」と改称し、1951年に「上島珈琲株式会社」を設立した。

1958年に「UCCコーヒーショップ」の第1号店「博多大丸前店」を開店、1965年に「株式会社上島本店」を「上島コーヒー本店」に改称、1969年に缶コーヒーを世界で初めて開発し、製造販売、1988年に外食事業を担当する「ユーシーシーフードサービスシステムズ」を設立(2009年10月に珈琲館株式会社をユーシーシーフードサービスシステムズ株式会社と合併、2018年5月1日に投資ファンドのロングリーチグループが珈琲館事業を買収し、分離独立)、2010年4月1日付で持株会社制に移行し、「UCCホールディングス株式会社」に商号変更し、事業のすべてを会社分割により設立する「UCC上島珈琲株式会社」に承継した。

UCCホールディングス(グループ77社、従業員数は6134人)の2018年12月期の連結売上高は3272億円、営業利益が128億円、税引前利益が115億円、純利益が81億円としている。

営業時間は京橋2丁目店が平日7時から21時(土日祝日8時から19時、定休日なし)、コレド日本橋店が平日7時から22時(土曜日7時から21時、日曜日祝日10時から21時、定休日原則なし)、八重洲一丁目店が平日7時から22時(土曜日9時から20時、日曜日祝日10時から19時、定休日なし)、八重洲地下街店が8時から22時(定休日なし)、大手町フィナンシャルシティ店が7時から21時(土・日曜日、祝日は休み)。

立川銀座で流形美術会写真部6人が「小笠原」展、榊原透雄も

【銀座新聞ニュース=2019年5月3日】ブラインドの最大手、立川ブラインド工業(港区三田3-1-12、03-5484-6100)は5月7日から12日まで銀座ショールーム(中央区銀座8-8-15、03-3571-1373)地下1階「タチカワ銀座スペースAtte」で「流形美術会」写真部による「小笠原写真展-雄大な自然をたずねて」を開く。

立川ブラインドの銀座ショールーム「タチカワ銀座スペースオッテ(Atte)」で5月7日から12日まで開かれる「小笠原写真展-雄大な自然をたずねて」に出品される今泉美奈子さんの作品「絶景の無人島」。

「流形美術会」(武蔵野市吉祥寺東町2-26-2)の写真部に所属する今泉美奈子(いまいずみ・みなこ)さんら6人のメンバーが小笠原諸島(1968年に日本に返還)の自然をテーマとした企画展で、1980年代より小笠原の風景を撮り続ける写真家の榊原透雄(さかきばら・ゆきお)さんの指導のもと、感じるままに美しい大自然を撮影した作品約35点を展示する。

今回は今泉美奈子さんのほか、上条正臣(かみじょう・まさおみ)さん、仲野嘉一(なかの・よしいち)さん、藤田耕太郎(ふじた・こうたろう)さん、水谷祥彦(みずたに・よしひこ)さん、谷地舘晶子(やちだて・しょうこ)さん。また、講師の榊原透雄さんも出品する。

ウイキペディアによると、小笠原諸島は東京都小笠原村の行政区域のことで、東京都特別区の南南東約1000キロの太平洋上にある30余の島々からなる。総面積は104平方キロ、南鳥島、沖ノ鳥島を除いて伊豆・小笠原・マリアナ島弧(伊豆・小笠原弧)の一部をなしている。

南鳥島を除く小笠原諸島は海洋地殻の上に形成された海洋性島弧で、太平洋プレートがフィリピン海プレートの東縁に沿って沈み込むことによって誕生した。民間人が居住するのは父島と母島の2島で、自衛隊などの公務員が常駐する島としては父島、硫黄島、南鳥島があり、ほかの島は無人島である。

形成以来ずっと大陸から隔絶していたため、島の生物は独自の進化を遂げており、「東洋のガラパゴス」とも呼ばれるほど貴重な動植物が多い。しかし、人間が持ち込んだ生物や島の開発などが原因で「オガサワラオオコウモリ」をはじめ、「オガサワラノスリ」や「アカガシラカラスバト」や「ハハジマメグロ」などの動物やムニンツツジ、ムニンノボタンといった植物など、いくつかの固有種は絶滅の危機に瀕している。周辺の海域では鯨やイルカが生息しており、それらを見るために島を訪れる人も多い。また陸上では、人間が持ち込み野生化したヤギも生息している。

歴史的にみると、1670年4月9日(寛文10年2月20日)に紀州を出港した阿波国の蜜柑船(みかんせん)が母島に漂着する。その後、長右衛門(ちょうえもん、生没年不詳)ら7人が漂流の果てに八丈島経由で伊豆国下田に生還し、島の存在が下田奉行所経由で幕府に報告される。現在では、この報告例が日本人による最初の発見報告と考えられている。

1675(延宝3)年に漂流民の報告を元に、江戸幕府が松浦党の島谷市左衛門(しまたに・いちざえもん)を小笠原諸島に派遣する。調査船富国寿丸は36日間にわたって島々の調査を行い、大村や奥村などの地名を命名した上、「此島大日本之内也」という碑を設置した。これらの調査結果は、将軍をはじめ幕府上層部に披露され、これ以降、小笠原諸島は「無人島(ぶにんじま)」と呼ばれた。

1835(天保6)年に駐マカオ貿易監督官であるチャールズ・エリオット(Charles Elliot、1801-1875)が、イギリス政府に対して父島へ軍艦を派遣し、当地を占領するよう要請した。これは清朝に対するイギリスの根拠地を求めたためであり、この要請を受けて、イギリス海軍は軍艦ローリー号の派遣を決定し、1835年に父島のリチャード・ミリチャンプ(Richard Millichamp)がロンドンに一時帰国し、イギリス政府に小笠原移住民の保護を請願する。

1837年8月2日(天保8年7月2日)にローリー号が父島に来航し、各種の調査を行い、当時の父島の人口を42人と報告している。この調査の結果はイギリス政府に報告されたが、1840年に勃発したアヘン戦争とそれに伴う南京条約の結果、イギリスは香港を獲得したため、小笠原諸島の占領は見送られた。

1839(天保10)年に「蛮社の獄」により、渡辺崋山(わたなべ・かざん、1793-1841)ら11人が小笠原諸島渡航を企てた罪で捕縛され、取り調べで小笠原諸島渡航に関しては疑いが晴れるが、4人が獄死し、5人が押込となった。高野長英(たかの・ちょうえい、1804-1850)は永牢(終身刑)となり、渡辺崋山は家宅捜索の際に発表を控えていた「慎機論」が発見され、蟄居を命じられる。

1840(天保11)年に陸前高田の「中吉丸」が父島に漂着し、生存した三之丞(さんのじょう)ら6人は2カ月かけて船を修理し、下総国銚子に帰還する。1862(文久元)年に幕府は外国奉行水野忠徳(みずの・ただのり、1810-1868)、小笠原島開拓御用小花作助(おばな・さくすけ、1829-1901)らに命じ、アメリカから帰還したばかりの咸臨丸で小笠原に佐々倉桐太郎(ささくら・とうたろう、1830-1875)ら官吏を派遣し、測量を行う。また、居住者に日本領土であること、先住者を保護することを呼びかけ同意を得て、同年6月(文久2年5月)に駐日本の各国代表に小笠原諸島の領有権を通告した。

1876(明治9)年3月に小笠原島の日本統治を各国に通告(日本の領有が確定)、内務省の管轄となり、日本人37人が父島に定住し、内務省が出張所を設置し、1880(明治13)年10月8日に東京府の管轄となる。10月28日に父島に東京府小笠原出張所を設置、1882(明治15)年に東京府出張所の行う行政に協議権をもつ会議所を設置し、議員15人を公選した。その際に欧米系住民がすべて日本に帰化した。1886(明治19)年11月4日に小笠原出張所を小笠原島庁へ改称した。

1944(昭和19)年7月に住民6886人(残留者825人)は本土へ強制疎開(そのうち20余人が引揚のとき事故で死亡)され、1945(昭和20)年2月19日から3月26日まで硫黄島の戦いが行われ、日本兵1万8375人と米兵6821人が戦死した。1945(昭和20)年9月3日にアメリカ軍駆逐艦ダンラップ号にて、小笠原の日本軍降伏に調印し、1946年1月26日に連合軍総司令部の指令(SCAPIN-677)により、日本の小笠原諸島への施政権が停止された。

1952年4月28日にサンフランシスコ講和条約の発効により、小笠原諸島がアメリカの施政権下に置かれた。1967年11月16日に南方諸島及びその他の諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定(米国との小笠原返還協定)により、小笠原諸島の日本への返還が決まり、1968年4月に日米間で小笠原復帰協定が締結され、6月12日に協定を公布、6月26日に協定が発効し、日本に返還された。

1972年10月16日に一部の島や地域を除き、「小笠原国立公園」として国立公園に指定さ、1980年3月31日に国指定の小笠原諸島鳥獣保護区(希少鳥獣生息地)に指定され(面積は5899ヘクタール、うち特別保護地区1331ヘクタール)、2011年6月29日に世界遺産に登録された。また、ミクロネシア系民族の影響を受けた民謡は「南洋踊り」と呼ばれ、2000年に東京都指定無形民俗文化財に認定された。

流形美術会によると、「流形」とは「世間にあまねく行きわたっている万物の形、森羅万象をいう」とし、「流形」を会の名称にしたのは、「世に現れるさまざまな形や現象を、具象も抽象も包含した作品に表現すること」としている。

流形美術会は1930年に設立された「流形派作品研究会」(後に「流形社」)がはじまりで、戦後の1950年から丸善・日本橋店で第1回展示会を開き、1977年から東京都美術館で公募展に発展し、1980年に東京都の後援を受けて、「東京都知事賞」と「東京都教育委員会賞」を設置、1988年に「彫刻部」を新設、1989年に文化庁の後援を得て、「文部大臣奨励賞」を設置、「写真部」も発足した。

また、1989年に有楽町交通会館にて第1回「流形社夏季展」を開き、1991年に東京新聞の後援を受けて、「東京新聞賞」を設置、2000年に第50回記念展を開き、その際に「流形社」から「流形美術会」に改称、2005年に「彫刻部」を「立体/工芸部」とした。毎年、上野の東京都美術館で全国公募展「流形展」を開催し、写真部では、写真家の竹内敏信(たけうち・としのぶ)さんを顧問・審査員長に迎え、毎年100点余りの作品を展示している。

開場時間は10時(初日13時)から18時(最終日は16時)。入場は無料。

注意:「上条正臣」の「条」は正しくは旧漢字です。名詞は原則として常用漢字を使用しています。

西銀座で柳祭り、通りを2000人の楽団が行進、人力車も

【銀座新聞ニュース=2019年5月2日】銀座柳まつり実行委員会(中央区銀座、03-3562-0838)は5月5日11時から17時まで西銀座通り(外堀通り)で「第13回銀座柳まつり」を開く。

5月5日に西銀座通り(外堀通り)で「飛翔(はばたく)」をテーマに開かれる「第13回銀座柳まつり」。画像は過去の「交通安全銀座ゴールデンパレード」の会場風景。

全銀座会、西銀座通会、第13回銀座柳まつり実行委員会が主催、企画するイベントで、2006年に西銀座通りに柳が植えられて整備されたのを記念して第1回目の「銀座柳まつり」が開かれ、以降、2011年を除いて、毎年、西銀座通りを全面的に交通止めにして実施するイベントで、例年80万人が見物に訪れる銀座地区でも最大規模のお祭りだ。

通常、週末は中央通り(銀座通り)を「歩行者天国」として開放するので、西銀座通りが歩行者天国になるのは5月5日に限られている。第13回目の2019年は「飛翔(はばたく)」(2018年「絆」、2017年「希望」、2016年「やすらぎ」、2015年「ふれあい」、2014年「笑顔」)をテーマに、日本各地の伝統舞踊や体験イベント、観光クイズなどが実施され、「銀座らしいおもてなしとコミュニケーション」を感じてもらえるように演出する。

12時から2丁目のマロニエゲート前で、新たに中央区長に選ばれた山本泰人(やまもと・たいと)さんらがテープカットをするオープニングセレモニーを開くのを皮切りに、12時15分から13時30分までマロニエゲート前から8丁目まで警視庁と東京都吹奏楽連盟に所属するブラスバンドとチアリーディングによる「交通安全ゴールデンパレード」を行う。

警視庁の第一方面交通機動隊白バイ「クイーンスターズ」を先頭に、第一方面交通機動隊パトカー、警視庁音楽隊、警視庁カラーガード隊と続き、中央区観光大使などが乗車したオープンカーなどが走行し、警視庁騎馬隊が後に続く。

その後、交通安全少年団が横幕を掲げて行進し、振り込め詐欺防止隊や暴力団追放・薬物取締などが横幕を掲げて続き、警視庁「ピーポ君」のオープンカーや「東京スマートドライバー」の「ホメパト(ほめるパトカー)」と、キティちゃんの人力車とペコちゃんの人力車などの後から、23組約2000人が約75分かけて西銀座通りを演奏しながら行進する。これが最大の見どころとなる。

参加するのは足立区中学校合同バンド、練馬区中学校・高校合同バンド、中央区立日本橋中学校吹奏楽部、八王子学園八王子高校吹奏楽部、日本大学鶴ケ丘高校吹奏楽部、品川女子学院吹奏楽部・バトン部、日本大学豊山高校吹奏楽部、武蔵野中学高校マーチングバンド部、日本大学桜丘高校吹奏楽部・バトントワラー部、駒沢大学高校吹奏楽部、青山学院大学学友会吹奏楽バトントワリング部、国学院大学体育連合会吹奏楽部。

国士舘大学吹奏楽部、専修大学吹奏楽研究会、立正大学吹奏楽部、東海大学吹奏楽研究会、日本大学吹奏楽研究会、千修吹奏楽団、葛飾吹奏楽団マーチングバンド、エスティック ロマ、創価シャイニングスピリッツ、創価ルネサンスバンガード・ジュニア、大西学園中高等学校吹奏楽部の23組。

11時から16時まで5丁目の数寄屋橋公園で東京都吹奏楽連盟加盟の15団体による演奏会「コンサートの森」を開く。

演奏するのは東京都小学校吹奏楽連盟合同バンド、板橋区立赤塚第三中学校吹奏楽部、足立区立第十四中学校吹奏楽部、板橋区立志村四中学校吹奏楽部、羽村市立羽村第1中学校吹奏楽部、潤徳女子高校吹奏楽部。

八王子学園八王子高校吹奏楽部、修徳高校吹奏楽部、帝京大学学友会文化局吹奏楽部、東海大学吹奏楽研究会、日本大学吹奏楽研究会、立正大学吹奏楽部、東京都職場吹奏楽連盟合同バンド、葛飾吹奏楽団・ジュニアバンドの14バンドが交代で次々と演奏する。

11時から17時まで4丁目の数寄屋橋公園がベーゴマやけん玉、青空囲碁教室などの「レトロ遊び広場」となる。14時30分と16時にキティちゃんが、15時と16時30分にペコちゃんが登場する。

14時から16時まで4丁目西銀座イベントスペースで、「銀座ミツバチプロジェクト」がミツバチをPRする「銀座のみつばちフェスタ」を開く。実際に集めたミツバチも販売する。

14時から16時まで2丁目を「ふるさと観光PRキャンペーン伝統舞踊広場」とし、日本各地の観光PRのため伝統舞踊を披露する。参加するのは、まるごと高知オフィシャルチーム、よさこい柏紅塾、襲雷舞踊団、チーム利え蔵、法政大学ヨサコイ(YOSAKOI)ソーランサークル鳳遙恋、ドリーム夜さ来いオフィシャルチーム。14時41分と15時41分ころから15分程度、来場者を対象にした「正調よさこい鳴子踊り講習会」が開かれる。

14時から16時まで3丁目を「ふるさと観光PRキャンペーン体験イベント広場」とし、東京諸島八丈島が参加して、文化や名産品にふれることができる。

14時から16時まで5丁目を「ふるさと観光PRキャンペーン観光クイズ広場」とし、各地のPRと参加者によるクイズがある。参加するのは岩手県、福島県、群馬県、茨城県の潮来市と水戸市、石川県、熊本県など。

14時から16時まで3丁目で、江戸銀座かっぽれによる「かっぽれ踊り」と「銀座音頭」を披露する。

14時から16時まで3丁目で、首都高速道路の事故削減プロジェクト「東京スマートドライバーPRキャンペーン」を開く。

14時から16時まで4丁目で「2019自動車安全利用トウキョウ(TOKYO)キャンペーン&交通安全キャンペーン」を開く。スタントマンによる交通事故を再現する「スケアード・ストレイト」を行い、その後、交通安全教室を開く。

14時から16時まで6丁目で「新橋芸者東をどり」を開く。14時15分、14時45分、15時15分に新橋花柳界の芸者衆が踊りなどを披露する。

14時から16時30分まで6丁目から8丁目までで「人力車クルーズ」を行う。人力車に乗って、西銀座を往来する。

14時から16時30分まで6丁目で9月に日本で開かれるラグビーワールドカップを前に、日本代表戦の会場でしか見ることのできない特設ブースを開設する。

14時から16時30分まで6丁目から8丁目まで東京都公認大道芸人「ヘブンアーティスト」がさまざまな技を見せる。今回は綾乃テン(あやの・てん)さん、エキセントリック吉田(えきせんとりっく・よしだ)さん、オデット姫(おでっとひめ)さん、こーすけさん、小太郎(こたろう)さん。

コバヤシ ユウジ(こばやし・ゆうじ)さん、男性のジメ(Jime)さんと女性のブリ(Buri)さんのユニット「ジメックスラティーノ(JimexLatino)」、 男性のロボティンさんと女性のマイミーさんのユニット「しろみときみ」、中国雑技芸術団。

ドン・アルマス(DON ALMAS)さん、ハードパンチャー(はーどぱんちゃー)しんのすけさん、ハンガーマン(はんがーまん)さん、ヘルシー松田(へるしー・まつだ)さん、まわりみちさん、森田智博(もりた・ともひろ)さん、ユーステージ(U-stage)さん、タカスギケイさんと潮田和也(しおだ・かずや)さんのギターユニット「夜のギターズ」。

14時から16時まで7丁目で「コドモあいらんだ‐銀座」を開く。西銀座通り、長さ120メートルをキャンバスにして、子どもたちが家族の王国を描く。

14時から16時まで8丁目で銀座の「柳」の苗木を2000人にプレゼントする。西銀座通りに植えられている柳から、直接1本1本せん定して苗木に育てたもので、「柳の育て方」や「銀座の柳の歴史」を紹介したパネルも展示する。