サニーヘルス、鮭のオメガ3脂肪酸、蛋白質で、ダイエット促進を

【銀座新聞ニュース=2019年8月31日】健康食品、美容商品、化粧品などの販売会社、サニーヘルス(中央区八重洲2-1-6、八重洲kビル、03-6701-3000)はこのほど、レポート「海のスーパーフード サケのダイエット効果」を発表した。

オメガ3脂肪酸やアスタキサンチンが含まれる鮭。生鮭の刺身やアルミホイル焼きで野菜を乗せて食べられる。しかし、塩鮭なら「迎え塩」で塩抜きしてから焼くと塩分を抑えられる。

国産のサケ(鮭)は秋が旬だが、チリ、ロシア、ノルウェーなどからの輸入品は1年中安定した価格で販売されている。サケは切り身で販売されているので下処理が不要で調理がしやすく、和朝食の定番としてだけでなく、夕食のメインとして食べることもできる、取り入れやすさに優れた食材といえる。しかもサケに含まれている成分は、ダイエット中に積極的に取り入れたいものばかりという。

サケにはどんなダイエット効果が期待できるのか。サケに含まれる脂肪のオメガ3脂肪酸・EPAは、食欲の抑制や血糖値を低下させる作用のある「GLP-1」というホルモンの分泌を促す働きがあるといわれている。このホルモンは言わば「やせホルモン」で、このホルモン分泌の多い人はやせやすく、少ない人は太りやすいと考えられている。日本人は欧米人よりもスリムな人が多く肥満率が低いが、それはEPAが多く含まれる魚をよく食べていることが一因という説もあるほど。

同じくサケに含まれているオメガ3脂肪酸であるDHAは、EPAと共に中性脂肪やコレステロール値を抑制、血管をしなやかにして血流を改善、月経前症候群(PMS)の緩和、冠動脈疾患の予防などの効果が認められており、ダイエットだけでなく健康面でもオメガ3脂肪酸は注目されている。

魚介類の中でも赤い色素を持つ生き物に含まれている「アスタキサンチン」という成分も特筆される。これは天然の赤い色素で、サケ以外には、サケの卵であるイクラや、カニやエビなどにも多く含まれる「カロテノイド」の一種だ。カロテノイド類は他に、ニンジンやカボチャなど緑黄色野菜に含まれる色素のベータカロテン、トマトの色素のリコピンなどがあり、これらの天然色素は総じて強い抗酸化作用を持っている。

これらのカロテノイドの抗酸化力は強力だが、それを大きく上回るといわれているのがアスタキサンチンなのだ。アスタキサンチンはベータカロテンの約40倍、ビタミンEの約1000倍もの抗酸化作用があることが分かっている。

サケの赤い色素に含まれるアスタキサンチンは活性酸素の発生を抑え除去してくれるため、生活習慣病のケアに役立ち、肥満に対しても有効だと考えられている。アスタキサンチンは活性酸素の発生を抑え除去してくれるため、生活習慣病のケアに役立ち、肥満に対しても有効とされている。脂質の酸化を抑制する働きがあり、脂質代謝アップや、運動中の脂質利用を高める効果があるという研究もあり、アスタキサンチンを摂取し運動を取り入れることで脂肪燃焼効率を高めることが期待できる。

アスタキサンチンが持つ強力な抗酸化力は、老化の原因となる活性酸素の発生を抑え、シワやメラニン色素の沈着を防ぎシミやそばかすなどから肌を守り、美肌効果が得られるほか、血行を促してターンオーバーを活性化させる働きがある。強く健やかに保たれることで美肌にも繋がる。

ダイエットに有効とされる上記のDHA、EPA、アスタキサンチンには、脳を活性化させる働きもあり、思考力や記憶力の向上に役立つ。年齢を重ねると、目に見える肌などだけでなく脳の働きも衰えていくものなので、サケを食べる機会を増やし、積極的に取り入れたい。

それでは、サケの選び方になると、朝食用には塩サケが用いられることが多いが、甘口であっても塩辛いこともある。塩漬けされているサケには多くの塩分が含まれており、むくみや生活習慣病などのリスクを高めてしまう可能性がある。自分で塩分をコントロールするためにも、塩サケではなく、生サケや刺身を選ぶようにしたい。

食べ方でお勧めなのは、野菜を一緒に取れるサケのホイル焼きだ。アルミホイルを広げて塩こしょうをした生サケを乗せ、その上に野菜やきのこをたっぷり乗せて包むだけ!野菜は玉ねぎ、にんじん、パプリカ、いんげんなど好きなものを乗せる。トースターで10分から15分も加熱すれば出来上がる。お好みでバターやしょうゆをあとから掛けることもできる。ダイエット中は意識的に摂取したいタンパク質も、サケならしっかり摂ることができるし、ビタミン、ミネラル各種も豊富という。

体は自分が食べた物から作られる。栄養を取りながら美しくスリムになりたい人は、是非とも日々の食卓にサケを取り入れてみたい。

生サケを購入して自分で味付けを調整できればいいが、塩サケしかない場合は塩抜きをする。薄目に作った塩水に浸し、ちょうどいい塩加減に調節することができる。これを「迎え塩」という。迎え塩の方法は、サケの塩加減にもよるが、濃度1%から1.5%くらいの塩水(水3カップに塩小さじ1.5杯)に1時間から2時間程度浸しておくだけ。旨味を逃がさずにゆっくりと塩分を抜くことができる。

ホットペッパー調べ7月外食0.8%増、単価増、単月過去最大

【銀座新聞ニュース=2019年8月31日】大手情報会社のリクルートグループの旅行、レジャー、飲食などの情報サービス会社、リクルートライフスタイル(千代田区丸の内1-9-2、03-6835-1000)の「食」に関する調査・研究機関「ホットペッパーグルメ外食総研」は8月30日に7月の「外食市場調査」を発表した。

サンドイッチ・チェーン「サブウェイ」は「晴海トリトン店」(中央区晴海1-8-16、晴海トリトン、03-3533-1188)や「日本橋兜町店」(中央区日本橋兜町11-2、カスタリア日本橋、03-5641-6221)など全店で10月8日まで「モーッツァレラタッカルビ」を販売中。モッツァレラチーズに、ゴーダチーズ、レッドチェダーチーズをブレンドし、鶏むね肉にコチュジャンや豆板醤を使ったソースを合わせた「タッカルビ」にのせて、パンで挟んでいる。価格は470円(税別)。

それによると、7月の首都圏・関西圏・東海圏(東名阪)の3圏域の外食市場規模は前年同月比0.8%増の3478億円と2カ月ぶりに前年を上回り、7月としては2013年の調査開始以来、過去最大の市場規模となった。

首都圏が44億円のプラス(2.0%増、2カ月ぶり増)で、関西圏が3億円のマイナス(0.3%減、3カ月連続減)、東海圏が13億円のマイナス(3.3%減、3カ月連続増)と関西圏と近畿圏が前年を下回った。

外食単価は前年比102円プラスの2632円と3カ月ぶりの上昇、外食頻度(外食回数)が4.23回で同0.1回減り、4カ月ぶりに下回り、外食実施率は同0.1ポイントダウンの76.0%と2カ月続けて下回った。

ホットペッパーグルメ外食総研では、7月は「前年に比べて日曜日が1日少なかった。また、また、特に首都圏などで前年に比べ、雨の日の日数が多く、天候に恵まれなかったため外食実施率や頻度に影響が出たと思われるが、外食単価の伸びがそれらを上回る影響だったため市場規模が前年比プラスとなった」としている。

主要16業種(調査は26分類)を対象とした外食市場規模は、「和食料理店(すし、割烹、料亭、郷土料理専門店等)」が22億円増の529億円、「バー、バル、ワインバー、ビアホール、パブ」が14億円増の153億円など増加が6業種だった。

これに対して、「居酒屋(焼鳥、串焼き、串揚げなどを含む)」が24億円減の771億円、
「焼肉、ステーキ、ハンバーグ等の専業店」が18億円減の334億円、「フレンチ、イタリアン料理店(ファミリーレストランを除く)」が24億円減の252億円など8業種が減少し、2業種が横ばいだった。

外食単価は「スナック、ナイトクラブ、キャバレー」が6532円高の1万4561円、「バー、バル、ワインバー、ビアホール、パブ」が219円高の4012円、「和食料理店(すし、割烹、料亭、郷土料理専門店等)」が188円高の4051円など上昇したのが13業種だった。

これに対して、「フレンチ、イタリアン料理店(ファミリーレストランを除く)」が385円安の4157円、「カラオケボックス」が23円安の2617円など、3業種が下落した。

調査は首都圏、関西圏、東海圏の各圏域中心部からの鉄道距離が、おおむね首都圏90分圏、関西圏80分圏、東海圏60分圏の市区町村に住む20歳から69歳までの男女約1万2000人を対象にインターネットによって実施した。

実施時期は事前調査が6月20日から7月2日まで42万4003件を対象に行い、回収数が3万1947件(回収率は7.5%)、本調査は8月1日から8日まで1万2105件を対象に実施し、有効回答数が9030件、回収率は74.6%だった。本調査での「外食」とは、夕方以降の時間帯で店で食事した場合を対象とし、1日2回までの外食を含んでいる。また、4月から調査対象に「イートイン」の選択肢を追加している。

加島美術が従軍画家の小早川秋声展、「国之楯」など、松竹京子らトーク

【銀座新聞ニュース=2019年8月30日】加島美術(中央区京橋3-3-2、03-3276-0700)は8月31日から9月16日まで「小早川秋声ー無限のひろがりと寂けさと」を開く。

加島美術で8月31日から9月16日まで開かれる「小早川秋声ー無限のひろがりと寂(しず)けさと」に展示される「国之楯」。陸軍が注文したが、最終的に受け取りを拒否した「国之楯」は1943年に完成後、題名を2度も変更し、絵にも手を加えて、1968年に最終的に「国之楯」として完成した。

大正から昭和にかけて活躍し、「国之楯」をはじめとした戦争画で知られる日本画家、小早川秋声(こばやかわ・しゅうせい、1885-1974)は、「従軍画家」として戦地に赴き、従軍中の兵士の「日常に寄り添った静的な戦争を描」いた。

加島美術によると、小早川秋声の兵士への「目線は慈しみと尊敬に満ち、激しい描写よりもかえって観る者の心の深い部分に直接訴えかけ」るという。ある種「無常のもの」として人の生死を捉え、戦争の残酷さや悲惨さを静かに見つめ、自身の息子と同年代の兵士をいとおしみ共に悲しんだ記憶が、作品として残っているかのようとしている。

小早川秋声は画壇に属さず、画商を通さなかったために、その画業に関する資料が少なく、展示会などでまとまって作品を見ることができる機会も少なかったという。今回は戦争画だけではなく、数々の洋行の経験が活かされた風景画なども展示する。また、戦時中、陸軍省が発注しながら、受け取りを拒否した「国之楯」も披露する。これらの作品はいずれも展示ケースなしで、直接鑑賞できる。

また、小早川秋声没後25年の1999年に編さんされた画集「秋声之譜」(企画・日南町美術館 発行・有限会社米子プリント社)を会期中に限り、通常定価3500円のところ、2000円で販売する。

同じく展示される「巴里所見」。絵に画家の感じた楽しい雰囲気が漂っている。

ウイキペディアによると、「国之楯」(1944年、1968年に一部改作)は日本兵の遺体を全面に取り上げた、戦争画の中でも異色の作品で、黒一色で塗りつぶされた背景に、胸の前で手を組んだ日本兵が大きく横たわっている。顔には「寄せ書き日の丸」が深く覆いかぶさり、この名も知れぬ兵士がお国のために死んだ事実が明瞭に示される。

当初は「軍神」という題名で、遺体となって横たわる兵士の頭部背後には金色の円光、背後には桜の花弁が降り積もるように山なりに描かれていた。元々は天覧に供するために陸軍省から依頼された作品で、師団長や将校たちは、この絵の前で思わず脱帽・敬礼し、搬出を手伝いに来た女性は絵を前に泣き崩れたという。

しかし、戦死者の画は戦争表現や「死の美化」に必須な一方、厭戦感を引き起こすとして、軍部・美術家共にひじょうに神経質な命題で、最終的に陸軍省は本作の受け取りを拒否し、小早川秋声の手元に残された。

このため、小早川秋声は背景を黒く塗りつぶし「大君の御楯」と改題、1968年に「太平洋戦争名画集 続」(ノーベル書房)に収録される際、一部改作して「国之楯」と再び題を変えて、現在の状態になった。こうした改題・改作は、戦中から戦後の社会通念の変化に伴い、尽忠報国から追悼・哀惜へと作品を転化させる操作とみられる。

小早川秋声は1885(明治18)年兵庫県神戸市生まれ、父親が鳥取県の光徳寺住職だったが、母親の実家、神戸市の九鬼隆義(くき・たかよし、1837-1891)子爵邸内で出産された。1894(明治27)年に9歳で東本願寺の衆徒として僧籍に入り、1900(明治33)年に務めを終え、光徳寺に帰郷するも、画家になる夢を捨てられず、寺を飛び出し、神戸の九鬼家に戻った。

1901(明治34)年に真宗高倉大学寮(現大谷大学)に入学、1907(明治40)年に特科隊一年志願兵として騎兵連隊に入隊、陸軍予備役少尉になり、その後の年次訓練などで大正期に陸軍中尉に昇進している。

1905(明治39)年4月に20歳で四条派に属する、後に京都絵画専門学校(現京都市立芸術大学)教授になる谷口香喬(たにぐち・こうきょう、1864-1915)の画塾「自邇会」に入り、1909(明治42)年に京都絵画専門学校開設の年に入学するも、同年に退学してしまう。水墨画を学ぶため中国へわたり、1年半ほど過ごし、中国の教育家、厳修(げん・しゅう、1860-1929)邸に寄宿しながら、北京皇室美術館で東洋美術を研究し、その合間に名勝古跡を巡る。1912(明治45)から日本美術協会展に出品する。

1915(大正4)年に山元春挙(やまもと・しゅんきょ、1872-1933)主催の「早苗会」に参加、のちに同会幹事を務めた。1914(大正3)年の第8回文展で初入選、以後、文展に4回、帝展に12回、新文展に3回入選し、一方で九鬼家の援助で経済的に恵まれ、当時の日本人としては異例なほど頻繁に海外へ出かけている。1914年から3年間、たびたび中国へ渡って東洋美術を研究し、1920(大正9)年からの3年間はヨーロッパを外遊、1921年にベルリン国立アルトムゼーム研究室で2年学び、帰途にはインドやエジプトにも立ち寄った。

1926(大正15)年3月から7月にかけては、日米親善のためアメリカに渡っており、絵は文展・帝展の中でも異彩を放ち、中国やヨーロッパに題材を求めた異国情緒漂う作品も珍しくない。私生活では1922(大正11)年に渡欧中ながら結婚、1923年の帰国後、京都市左京区下鴨森前町に豪邸を建てる。1931(昭和6)年の満州事変後から1943(昭和18)年まで、関東軍参謀部、陸軍省の委嘱により、従軍画家として中国や東南アジアなどの戦地に派遣され、戦争画を描いた。

一般に画家の従軍が本格化するのは、1937(昭和12)年の日中戦争後であり、小早川秋声の従軍はかなり早い。一般に戦争画は、華々しい戦闘場面や勇壮な日本兵の活躍を描いた作品が多いが、小早川秋声の作品にはそうした絵があまりなく、戦場での兵士の苦労や、兵士の死を悼む作品が散見される。終戦時の小早川秋声は、自分が「戦犯」として捕らえられるのを疑わなかったという。

小早川秋声は将官待遇で従軍していたため、戦地でもぜいたくができたはずだが、共に戦う者として自身にも厳しい従軍生活を課していた。従軍生活の長さからくる凍傷で体調を崩し、1944(昭和19)年に肺炎をこじらせ、1946(昭和21)年に日展委員となるも、多作や大作がこなせるまでは回復せず、戦後は依頼による仏画を手がけたといわれる。1974(昭和49)年に老衰により亡くなった。享年89歳。

9月7日15時から小早川秋声研究者の松竹京子(まつたけ・きょうこ)さんと「現代美術資料センター」を主宰する笹木繁男(ささき・しげお)さんによる「小早川秋声という画家:その画業」と題してトークイベントを開く。モデレーターは泉屋博古館分館(港区六本木1-5-1)の分館長の野地耕一郎(のじ・こういちろう)さんが担当する。

開場時間は10時から18時。入場はトークイベントも含めて無料。トークイベントは事前に電話などで申し込む。

注:「小早川秋声」の「声」と「国之楯」の「国」はいずれも正しくは旧漢字です。名詞は原則として常用漢字を使用しています。

注:「谷口香喬」の「喬」は正しくは左側に「山」へんがつきます。

「おっさんずラブ」田中圭、林遣都ら大ヒット感謝祭

【銀座新聞ニュース=2019年8月29日】阪急阪神東宝グループで、国内映画業界首位の東宝(千代田区有楽町1-2-2、03-3591-1221)は9月4日にTOHOシネマズ日比谷(千代田区有楽町1-1-3、東京ミッドタウン日比谷、050-6868-5068)で「劇場版おっさんずラブーLOVE or DEAD」の大ヒットを記念して、田中圭さん、林遣都さんらによる御礼のファン感謝祭「最後の舞台あいさつだお」を開く。

現在、一般公開中の「劇場版おっさんずラブーラブオアデッド(LOVE or DEAD)」((C)2019「劇場版おっさんずラブ」製作委員会)。

8月23日から一般公開した「劇場版おっさんずラブーラブオアデッド(LOVE or DEAD)」は初週で映画興行ランキングで3位にランクされた。これを記念して、9月4日15時45分の回上映終了後に、監督の瑠東東一郎(るとう・とういちろう)さん、天空不動産の社員「春田創一」役の田中圭(たなか・けい)さん、天空不動産の春田の同僚「牧凌太」役の林遣都(はやし・けんと)さんが大ヒットを記念して、舞台に登場して御礼のファン感謝祭「最後の舞台あいさつだお」を開く。

「劇場版おっさんずラブーラブオアデッド(LOVE or DEAD)」は2018年4月21日から6月2日まで、毎週土曜日深夜にテレビ朝日系「土曜ナイトドラマ」枠で連続ドラマとして放送された「おっさんずラブ」の劇場版で、3人の男たちの恋愛を描いたテレビドラマだ。

監督はドラマ版で演出を手掛けた瑠東東一郎さん、脚本は徳尾浩司(とくお・こうじ)さんが務めている。連続ドラマ版が2018年度4月期ドラマにおいて好評を博し、ドラマ版のその後を描いた完結編が劇場版で、ドラマでの三角関係をアップさせ、おっさんたちによる「五角関係」の恋愛バトルを描いている。

物語は春田創一が上海、香港転勤から1年ぶりに日本へ帰ってきたところからはじまる。黒沢武蔵をはじめとする天空不動産第二営業所のメンバーたちが春田を歓迎する中、天空不動産本社で新たに発足したプロジェクトチーム「ジーニアス(Genius)7」のメンバーが春田たちの前に現れた。

リーダーの狸穴迅は、春田たちに即刻営業所から立ち去るよう言い放つ。狸穴の側に本社に異動した牧凌太の姿を目にして激しく動揺する春田を新入社員のジャスティスこと山田正義が元気づける。そして、あの時に終わったはずだった黒沢の恋心にもふたたび火がついてしまう。

チケットはチケットぴあを通じて先行抽選を受付中で、30日11時締め切り。料金は一般2100円、大学生、専門学生1700円、高校生、3歳から中学生まで、障がい者1000円、シニア1200円。当日はレディスデイなので、女性は1400円。

五輪チケット当たらないけど、なんか運がつくようになったよ(286)

【tamaoのOL独り言=2019年8月29日】そろそろオリンピックまで1年だ。もう1年切っちゃったよねー。早いなぁ。でも、この調子だと、東京オリンピックはもうすぐ始まって終わっちゃうかもね。やだ、やだ、早すぎるよ。

ところで、オリンピックのチケット当たりましたか?私の周りは相当応募していたけど、当たったって聞いてない。本当に当たった人いるのかしら?2次受付も応募したけど、国立競技場が見たいから、陸上競技を申し込んだ。メダルの場に立ち会えるのかな?当たってないけど、なんとなく楽しみです。

それにたしか洗濯せっけんの抽選で応募した分もあるけど、当たらなきゃ連絡こないよね。ハズレかなやっぱり。

ところで、友達にとても運の強い

いつの間にこんなバリエーションが増えたんでしょうか?豆乳シリーズ。ちょっとビックリです!

人がいるので、どうすれば運が回ってくるのか、聞いてみた。やっぱり運がつくような神社に行ったりしているんだって。それも大事にためておくらしい。

それを聞いたのが去年の春頃だったから、早速開運というか、神社にお参りしてみた。そうしたら、一緒に旅行に行った友達に幸運が訪れた!それは私の運と関係ないんじゃないか?と思うでしょうが、そうではありません。

ちゃんと私と友達にも運がつくように、入念に旅行計画を立てたのです!その旅行を計画したのは私なんです。でも、その時は私には運は回ってこなかったけど。

実は今年のゴールデンウィークに神社に行って拝んできたのです。流行りの御朱印も頂きました。その後、特に何もなかったけど、何もないことが幸せだと思っていたら、先日、運を引き当てました!たぶん、自分の運じゃないと思う。そして、他人からみたら、運をつかんだのか?というものかもしれない。

だけどやっぱり運というのは、努力をすればつかむことできるんだなーと思った次第です。もちろん運の大小はあるけれども。あとで友達に聞いたら、私の目つきにすごい執念を感じたと言ってました。でも、でも、その目つき、怖いってこと? こんど、ちゃんと確認しなくちゃ(敬称略、中堅企業に勤めるOLのタマオさんが日常の生活について思っていることを不定期に書きます。注書きは著者と関係ありません)。