【銀座新聞ニュース=2020年2月29日】大手書籍販売グループの丸善CHIホールディングス(新宿区市谷左内町31-2)傘下の丸善ジュンク堂書店(中央区日本橋2-3-10)が運営する丸善・日本橋店(中央区日本橋2-3-10、03-6214-2001)は3月4日から10日まで1階と地下1階などで「第11回世界の万年筆展 展示即売会-ここから始まる万年筆の世界」を開く。
丸善・日本橋店が2007年に全面改装し、3周年を記念して2010年から開いている恒例のイベントで、世界各国の名前の知られているブランドから国内の手づくり万年筆まで世界の万年筆22社の製品を展示販売する。また、ペンクリニックや万年筆組立て教室などのイベントも開く。
今回の限定品はセーラー万年筆(墨田区江東橋4-26-5、東京トラフィック錦糸町ビル、03-3846-2651)の金属軸で仕上げた「キングプロフィットALブラウンラダー」(税込11万円、40本限定)、ペン先は21金で、M(中)-B(太)。プラチナ万年筆(台東区東上野2-5-10)の子会社、中屋万年筆(台東区東上野2-5-16、岩原ビル2階)の「ポータブル碧溜(へきため)石目廻り止め万年筆インキ瓶」(14万8500円、20本限定)、ペン先は14金で、字幅がUEF(超極細)、EF(極細)、F(細)、SF(細軟)、M(中)、SM(中軟)、B(太)、BB(極太)の8種類から選べる。
丸善オリジナルインキで、1916(大正5)年から製造販売されている「丸善アテナインキ」の日本橋店限定で、第11回を記念して丸善が東京オリンピックの金のイメージをした「インク「日本橋金冠」(2200円、300個限定、1人3個まで)も出品される。
また、地下1階入り口では丸善・日本橋店オリジナル万年筆袋2万2000円(20袋限定、約4万7000円相当)と1万1000円(50袋限定、約2万円相当)は4日9時30分から1階地下鉄側入口で販売する。2万2000円は「セーラーのプロフェッショナル金21K万年筆細字」などが入っている。1万1000円はパイロットの「カスタムヘリテイジ14k万年筆 黒 細字」などが入っている。
さらに、パーカーの「デュオフォールド」センテニアル万年筆の日本未発売特殊字幅の受注会を開く。全14種のペン先を試して、希望の字幅を注文できる。
ウイキペディアによると、「万年筆」は1809年に英国人がペン軸にインクを貯蔵するペンを発明し、特許を取得したのが最初とされ、1883年にアメリカの保険外交員ルイス・エドソン・ウォーターマン(Lewis Edson Waterman、1837-1901)が、調書にインクの染みを作ってしまい、契約を取り逃がしたことをきっかけとして、毛細管現象を応用したペン芯を発明したことが万年筆の基となった。
万年筆が日本に入ってきたのは1884年で、横浜のバンダイン商会が輸入し、東京・日本橋の丸善などで販売された。当時は「針先泉筆」と呼ばれ、「万年筆」と命名したのは、1884年に日本初の国産万年筆を模作した時計商の大野徳三郎(おおの・とくさぶろう、生没年不詳)と言われている。戦前は日本の万年筆製造が盛んで、1940年には世界生産量の50%を日本で生産していたといわれている。
万年筆はペンとともに1960年代頃まで、手紙やはがき、公文書などを書くための筆記具として主流であったが、徐々にボールペンに取って代わられ、1970年代に公文書へのボールペンの使用が可能になり、また水性ボールペンが開発されたことにより、万年筆は事務用、実用筆記具としては利用されなくなっている。
パーカーなどによると、パーカーは1888年にアメリカ人のジョージ・S・パーカーがペンの特許を申請し、アメリカで筆記具の製造をはじめ、1894年にインク漏れを防止するインク供給システム「ラッキー・カーブ」を発明し、2件目の特許を取得、1906年に金とスターリングシルバーを使った「スネークペン」を発売、1914年に戦場の兵士のために作られた、乾燥した固形インクが装着され、水に浸すだけでインクの役割を果たし、すぐに書き出せる「トレンチペン」が誕生し、1918年に売上高が100万ドルを達成した。
1921年にオレンジ色と25年保証の最高ライン「デュオフォールド(Duofold)」が発売され、1931年に3年間で1021回もの実験を経て開発した速乾性インク「クインク(Quink)」が発売され、1933年に「矢羽クリップ」(1957年からブランドの正式なアイコンとなる)を初採用し、当時の一般的なペンの2倍以上のインク容量とインク残量を目で確認できる「バキューマティック」が発売され、社長を引き継いだケネス・パーカー(Kenneth Parker)が1941年に創業51年を記念して「パーカー51」を発売し、1945年5月7日にドイツの降伏文書の調印にドワイト・D・アイゼンハワー(Dwight David Eisenhower、1890-1969)が「パーカー51」を使用した。
1954年にパーカー初のボールペン「ジョッター」が発売され、初年度に350万本を販売し、1962年に英王室から「ロイヤルワラント(王室御用達)」の称号を授かり、パーカーが英王室御用達となる。1987年にスターリングシルバーを使った4つの「パーカー75」モデルがカスタムメイドで登場し、12月8日に中距離核戦力全廃条約への調印の際に、アメリカ大統領のロナルド・レーガン(Ronald Wilson Reagan、1911-2004)と旧ソ連書記長のミハイル・ゴルバチョフ(Mikhail Sergeevich Gorbachev、1931年生まれ)さんが「パーカー75」を使用した。
1987年に英国資本が入り、本部を英国に移転し、1993年にプロクター・アンド・ギャンブル傘下のジレット社が買収し、2000年にニューウェル・ラバーメイド・グループのオフィス用具部門のサンフォードの傘下になり、2009年に英国工場が閉鎖され、生産拠点がフランスとなっている。
開場時間は9時30分から20時30分(最終日は18時)まで。