【銀座新聞ニュース=2013年2月28日】日米首脳会談で日本の環太平洋経済連携協定(TPP)参加が事実上、決まった。あとは首相の安倍晋三(あべ・しんぞう)さんが正式に参加を発表する時期で、早ければ来週中にも表明するとみられている。
しかし、日米共同声明でアメリカの自動車の関税維持を日本が認め、アメリカも日本の農産品の例外を容認したため、TPPの「例外なき関税撤廃」という従来の目標が堅持されるかどうか微妙になっている。
この「例外なき関税撤廃」は主に農産物をイメージした話で、アメリカと100パーセントの関税廃止を謳ったFTAを2007年に結んだチリでさえ、砂糖など農産物の例外を要望している。そうした主張を配慮せず、「例外なき関税撤廃」を参加国に強く求めているのがニュージーランドだ。
ニュージーランドとアメリカはTPPを太平洋の貿易ルールにすべく、高い目標を設定してきた。新TPPのルールをドーハ・ラウンド(多角的貿易交渉)が停止したままで機能を失いつつあるWTOに代わる世界の貿易ルールの「デファクト・スタンダード(事実上の基準)」にしようとしているわけだ。
そうした交渉に水を差したのが日米共同声明で、アメリカの自動車関税維持で合意したことで、果たしてほかの参加国が日米の「合意」を容認するかどうかは3月のシンガポール会合でわかるだろう。
しかし、この「日米合意」が極めて異常なのは、ビッグスリーといわれるアメリカの自動車メーカー3社の業績を見ればわかる。
まずはビッグスリーの2年間の業績をみてみよう。GMの2011年の売上高は1502億7600万ドル(ドル=100円計算で、約15兆276億円、前年比10.8%増)、純利益が75億8500万ドル(約7585億円、62.5%増)と過去最高益を記録したが、2012年の売上高は前年比1%増の1522億5600万ドル(約15兆2256億円)、純利益が48億5900万ドル(約4859億円、36%減)となっている。
フォードの2011年の売上高は1363億ドル(約13兆6300億円、12.7%増)、純利益が202億1300万ドル(約2兆213億円、3倍増)とやはり過去最高を記録した。2012年の売上高は1343億ドル(約13兆4300億円、2%減)、純利益も56億6500万ドル(約5665億円、72%減)とマイナスとなった。
現在はイタリア・フィアットグループ傘下のクライスラーは2011年の売上高が550億ドル(約5兆5500億円、31%増)、純利益が1億8300万ドル(約183億円)で、2009年に経営破綻してから通期で初の黒字を計上した。2012年の売上高が658億ドル(約6兆5800億円、20%増)、純利益が17億ドル(約1700億円、8倍増以上)と大幅な増益を達成している。
これほどの巨大産業の関税(乗用車2.5%、商用車25%)が守られないといけないのか、誰しもが疑問をもつだろう。「日米合意」があっても、ほかの10カ国が承認しないと自動車の関税が守られるかどうかわからないが、少なくともアメリカと日本がスクラムを組んでアメリカの自動車関税維持を主張すると、他国も希望する「例外品目」があるので、アメリカに強硬に反対を貫くのは難しいだろう。
強硬派のニュージーランドでも、自由診療を容認してジェネリック(ソロゾロ)医薬品の使用を制限して、新薬の使用を拡大すれば、国民の医療費が増大するので、国家財政に影響を与えるため、ひじょうに慎重な立場だ。オーストラリアはISD条項について議会決議までして導入反対を主張している。アメリカとのFTAでISD条項を入れない代わりに、アメリカの多くの農産物の関税維持を容認している。
一方、アメリカのこれまでの2国間協議のやり方を見ていると、無理とわかっていても、まずは要望を口にして、交渉の結果、要望を下げる代わりに、相手の譲歩を引き出すという方式をとることがある。とくに、日米交渉ではほとんどの場合、アメリカは無理な要求をして、日本の譲歩を引き出すと、無理な要求を引っ込めるという「バーター方式」をとることが多い。
つまり、何も相手の主張を受け入れていないのに、要求を下げただけで得点になるという、強引な交渉なので、ニュージーランドに自由診療の要求を引っ込める代わりに、自動車などの関税維持を認めるよう「バーター取引」する可能性も出てくる。当然、自動車だけでなく、砂糖、乳製品、たばこ、繊維製品などいわゆる「センシビリティ」品目の関税維持を認めるよう要求するだろう。
他方、日本政府は「ツカサツカサ」が原則なので、国際交渉に欠かせない「バーター取り引き」が難しいという現実がある。農業関係者が農産品ばかりおそよ800品目の例外を求めているが、日本政府の交渉の仕方は各所管の役所単位なので、自動車と農産物のバーター取り引きができず、経産省所管のISD条項を認めない代わりに、国交省の軽自動車の規格制度見直しや財務省の自動車税の改正などのバーター交渉もできないのが現実だ。
農産物の関税引き下げ交渉では、相手の農産物の関税を容認するかどうか以外に、交渉となる「武器」をもたないので、主張が異なる11カ国と交渉しても、農水省は相手の農業交渉担当者と農業市場の話しかできないのが最大の「壁」になるのは見えている。
農産物を守るために、金融サービス交渉や知的財産交渉との取り引きといった場面も出てくるはずだが、日本では国際交渉を一括して担当する窓口がないため、少数精鋭で交渉するしかない途上国や国際交渉を専門とするUSTRをもつアメリカの方が、複数の分野を横断的に交渉して取り引きができるので、柔軟に取り組めるという利点がある。
民主党政権時代に、政府内に外務省をトップにしたTPP交渉チーム(約70人)を立ち上げたが、日本の関連団体との接触がない外務省では、各国交渉官との話し合いができず、実質、所管の役所が自分の分野だけ切り離して、交渉することになる。これで「聖域」を守れといわれても限界が出てくる。
安倍政権は交渉のできない外務省をトップから外して、農業、鉱工業品、税制、金融サービス、保険医療など、横断的にすべての交渉分野を担当する「TPP担当官」(局長もしくは次長クラス)を設置して、その下に4、5人から最大でも10人の少人数のチームをつくり、すべての分野をこの少数チームに委ねることが国益を守ることにつながる。民主党政権の交渉団を早急に変更すべきだ(銀座新聞ニュースではTPPなど貿易の自由化に対する取り組みを中心に随時コラムを掲載します。基本的にはリードと本文の一部を公開し、全文は会員のみ有料でお届けします。詳細はお知らせをご覧ください)。