日本橋三越で「美術特選会」、パリ派、三岸節子、絹谷のカレンダー等

【銀座新聞ニュース=2020年11月11日】国内最大手の百貨店グループ、三越伊勢丹ホールディングス(新宿区新宿5-16-10)傘下の三越伊勢丹(新宿区新宿3-14-1)が運営する日本橋三越(中央区日本橋室町1-4-1、03-3241-3311)は11月11日から16日までの6日間、本館6階美術特選画廊で「秋の三越美術特選会」を開く。

今回は近代フランス絵画、洋画家の三岸節子(みぎし・せつこ、1905-1999)、近代日本画、洋画、2021年の三越伊勢丹カレンダー原画を展示する。

日本橋三越で11月11日から16日まで開かれる「秋の三越美術特選会」に出品される横山大観の「不二霊峰」。

近代フランス絵画では、ロシア(現ベラルーシ)出身のフランスの画家、マルク・シャガール(Marc Chagall、1887-1985)、フランスの画家、モーリス・ユトリロ(Maurice Utrillo、1883-1955)、レオナール・フジタ(Leonard Foujita、藤田嗣治=ふじた・つぐはる、1886-1968)。

19世紀から20世紀期のフォーヴィスム(野獣派)を代表するフランス人画家で、「色彩の魔術師」と呼ばれたラウル・デュフィ(Raoul Dufy、1877-1953)ら20世紀初め、パリを拠点に活躍した「エコール・ド・パリ」の画家を中心に展覧する。

三岸節子特集では生誕115年を記念し、代表的な花のモチーフの作品を展覧し、ほかに近代日本画、洋画を代表する日本画家で「朦朧体(もうろうたい)」と呼ばれる、独特の描法を確立した横山大観(よこやま・たいかん、1868-1958)、1940年に文化勲章を受章した川合玉堂(かわい・ぎょくどう、1873-1957)、日本画家の安田靫彦(やすだ・ゆきひこ、1884-1978)。

風景画家で「国民的画家」として知られる東山魁夷(ひがしやま・かいい、1908-1999)、「元宋の赤」といわれる独特な赤色が特徴の日本画家、奥田元宋(おくだ・げんそう、1912-2003)、原色を多用し、絵具を盛り上げた手法で知られる洋画家の林武(はやし・たけし、1896-1975)、洋画家の宮本三郎(みやもと・さぶろう、1905-1974)、洋画家の山口薫(やまぐち・かおる、1907-1968)らの作品もあわせて展示する。

同じく出品されるモーリス・ユトリロの「サクレクール モンスニ通り」(1922年)。

2021年の三越伊勢丹カレンダー原画特集では、現代日本画、洋画を代表する絹谷幸二(きぬたに・こうじ、1943年生まれ)さん、千住博(せんじゅ・ひろし、1958年生まれ)ら6人の作家がカレンダーのために描いた作品を紹介する。

また、11日から16日まで美術サロンで「須藤和之(すとう・かずゆき)日本画展」、11日から16日まで美術特選画廊で「マイセン逸品展」、4日から16日までコンテンポラリーギャラリーで「立ち上がる土、しなやかなガラス」、11日から17日まで美術工芸サロンで「仲岡信人(なかおか・のぶひと)陶展」も開く。

ウイキペディアによると、「エコール・ド・パリ(パリ派)」は20世紀前半、各地からパリのモンマルトルやモンパルナスに集まり、ボヘミアン的な生活をしていた画家たちをさす。厳密な定義ではないが、1920年代を中心にパリで活動し、出身国も画風もさまざまな画家たちを総称した表現で、1928年にパリのある画廊で開かれた「エコール・ド・パリ展」が語源といわれている。

印象派のようにグループ展を開いたり、キュビスムのようにある芸術理論を掲げて制作したわけではなく、「パリ派」とはいっても、一般に言う「流派」や「画派」ではない。狭義のエコール・ド・パリは、パリのセーヌ川左岸のモンパルナス(詩人の山)につくられた共同アトリエ「ラ・リューシュ(蜂の巣)」に集った画家たちをさす。

一方、セーヌ河右岸のモンマルトルには、ピカソが住んでいた「バトー・ラヴォワール(洗濯船)」があり、キュビスムの画家が多かった。狭義のエコール・ド・パリはキュビスムなどの理論に収まらない画家のことで、広義のエコール・ド・パリは、キュビストも含めてこの時代のパリで活躍した外国人画家(異邦人的なフランス人画家も含む)すべてをさす。

国籍は違えども、ユダヤ系の画家が多く、「エコール・ド・ジュイフ(ユダヤ人派)」と呼ばれることもある。

営業時間は10時から19時(最終日は17時)。

丸善丸の内で東山魁夷「版画100選」展、初期から晩年まで

【銀座新聞ニュース=2020年11月10日】大手書籍販売グループの丸善CHIホールディングス(新宿区市谷左内町31-2)傘下の丸善ジュンク堂書店(中央区日本橋2-3-10)が運営する丸善・丸の内本店(千代田区丸の内1-6-4、丸の内オアゾ内、03-5288-8881)は11月11日から24日まで4階ギャラリーで「版画による東山魁夷の全貌-東山魁夷版画百選展」を開く。

丸善・丸の内本店で11月11日から24日まで4階ギャラリーで開かれる「版画による東山魁夷の全貌-東山魁夷版画百選展」に出品される「道」(リトグラフ、1990年)。

日本の風景画家で「国民的画家」として知られる東山魁夷(ひがしやま・かいい、1908-1999)の初期の作品から晩年の作品まで約100点を選んで展示販売する。

ウイキペディアなどによると、東山魁夷は1908年神奈川県横浜市生まれ、1931年に東京美術学校(現東京芸術大学)を卒業、1933年に東京美術学校研究科を修了し、在学中の1929年に「第10回帝展」に「山国の秋」を出品し、入選、同年8月に「第1回日独文化交換学生」に選ばれ、1933年にドイツ・ベルリン大学哲学科に留学、美術史を学んだ。

1935年に父親の病気により途中で帰国し、1937年に初個展を開き、1939年に日本画院第1回展に「冬日(3部作)」を出品し、日本画院賞第1席を受賞、1940年に結婚した。1947年に「第3回日展」に「残照」を出品し、特選を受賞、1956年「第11回日展」に「光昏」を出品、日本芸術院賞を受賞した。1965年に日本芸術院会員、1968年に皇居新宮殿壁画「朝明けの潮」を完成、1969年に文化勲章を受賞した。

1974年に日展理事長、 1975年に唐招提寺御影堂の第1期障壁画「山雲」、「涛声」が完成、1976年にドイツ連邦共和国(旧西ドイツ)功労大十字勲章を受賞、1986年に作者所蔵の自作品を一括して長野県に寄贈(その後、長野県信濃美術館に「東山魁夷館」を増設)、1998年に長野オリンピックに合わせて個展を開き、1999年に東京で老衰のため死去した。享年90歳。

少年時代を過ごした神戸市にある兵庫県立美術館、祖父の出身地である香川県坂出市の「香川県立東山魁夷せとうち美術館」にも、版画を中心とする作品が寄贈されている。戦後の復員直後から死去するまで暮らしていた千葉県市川市には、自宅に隣接して市川市立「東山魁夷記念館」が開館している。

開場時間は9時から21時(最終日は16時)。

インド、1日5万台と感染増鈍化、海岸で映画ロケも、ぶり返し懸念(46)

【モハンティ三智江のインド発コロナ観戦記=2020年11月10日】本日20日の統計では、インド全土の感染者数は760万人だが、1日の感染者数は5万5722人と、ここ数日の6万~7万人台から5万人台まで減少した。先月末まで連日9万人超と、10万人の大台を目前にしていたことを考えると、ほぼ半減ということで、喜ばしい。死者数は、11万5000人だが、1日の増加数が579人とこちらも半減、希望が持てる現状だ。

現地に特有のトタン造りの屋台店。噛み煙草のパケットやミネラルウォーター、ビスケットなどが売られている。文字通りの零細店だが、コロナに負けずにオープン、生活がかかっているから、必死だ。

といっても、東インドでは盛大に祝われるプジャ(Puja)大祭目前で、この期間中、ソーシャル・ディスタンスを守らない人が続出し、密になりがちな事態が予想されることから、ぶり返しが懸念されている。インドのネックは、祭と宗教集会、冬の第2波より懸念されるところだ。

12月の冬季シーズンは、インドでも気温が下がり、寒めになるが、日本やヨーロッパほどではない。北インドの山間地は厳寒だが、南は常夏といっていいほど、暖かなところが多いのだ。

さて、当オディシャ州(Odisha)でも、総感染者数は27万人とアップしたが(実質患者数2万3000人、死者数1152人)、1日の感染者数が2カ月ぶりに2000人を下回り、一時期4300人台まで急上昇したことを考えると、半減してうれしい。

ただ、17日から全土ナブラトリ(Navratri、四季ごとに行われれる9夜祭で秋が盛大、菜食に精進する)と言われる9日間のお祭りが始まったことで、州都のバー・レストランで人数制限以上のパーティーを開いたり、寺院で制限数以上の集会が催されたりと、お上が取り締まりに乗り出すひと幕もあった。

退潮のベンガル海のひたひたのうしおにゴムサンダル履きの素足を浸すと、生温く、心地よかった。海がいつも以上に間近に感ぜられた。

実は、当ホテルも、近日中に再開を予定しているのだが、祭でぶり返し懸念のニュース情報を見ると、一抹の危惧を抱かないでもない。

おととい、浜に出ると、久々に多めの人々が群れており、9夜祭に合わせて州内から車で出てきたローカルツーリストの姿が目立った。

地元の子供達がクリケットに興じているのはいつものことだが、歩を進めると、20数人が群れて密になっている場があり、なんだろうと、ソーシャル・ディスタンスを取りながら、輪の中央を遠目に覗いてみると、真紅のロングドレスで着飾った地元女優が、演技の最中だった。現地語オリヤ(Oriya)映画のロケである。

これまでも、何度も遭遇してきたロケ現場だが、コロナ禍来、久しく見なかったもので、徐々にノーマルに戻りつつあるのだなと、実感した。ロケ隊は、背後の三ツ星ホテルに泊まっているもののようだ。

カメラが回り、アクションの呼び声に、駆け出すヒロイン、ベージュ一色の砂浜に、女優の引きずる長く真っ赤なドレスの裾が鮮やかに目を惹き、コロナ禍で鬱々とした気分も吹き飛ぶようだった。

帰途、周辺のホテルやレストランも偵察したが、ほぼオープン、いよいようちもとの思いを新たにした。

●身辺こぼれ話/故竹内結子のドラマレビュー

9月27日自ら命を絶った人気女優、竹内結子(たけうち・ゆうこ、1980-2020年9月27日)の映画レビューを前2回で、お届けしたが、最終回は、だいぶ前に観た、故人主演のドラマ動画のレビューで締めくくりたい。

コメディタッチの日本ドラマを探していて、偶然見つけたのが、「ランチの女王」(2002年7月から9月、フジテレビ系)だった。なんか面白そうだなと観出して、ハマってしまって、計12回トラマを3日で一気観、楽しませてもらった。

1987年、インド移住した私は、ドラマのヒロインを演じる女優について、知らなかったが、可愛くて印象に残ったため、冒頭に流れる出演者のテロップをチェックして、竹内結子とわかったわけだ。

若い頃の作品で、ショートカットの竹内はキュートだ。ストーリーはネタバレになるので、ここには詳しく記さないが、彼女がオムライスを一口食べるシーンが強い印象に残っている。

ウェイトレスをしながら、ランチタイムに外で美味しい昼食を食べることを生き甲斐にしているヒロインが美味なオムライスに出会ったときの幸福、ひと口頬張って本当に幸せそうな笑みをこぼすのだ。

演技とはいえ、地もちらりと覗いて、ふっくらとしたハッピーそのものの笑みを漏らしていた当人が後年自殺に走るとは、残念でならない。

ヒーローの1人である江口洋介(えぐち・ようすけ、洋食屋の次男坊役)との、間違って互いの唇がドッキングしてしまったシーンには、笑い転げた。

「東京ラブストーリー」(1991年1月から3月、フジテレビ系)のまだ若くてストレート・ロングヘアの江口も素敵だったが、30代半ばの彼も、味があってなかなか、ヒロインと結ばれるラストにはならなかったが、ハッピーエンドで、とても楽しい、心がほっこりするホーム・ラブコメディだった。

(「インド発コロナ観戦記」は「観戦(感染)記」という意味で、インドに在住する作家で「ホテル・ラブ&ライフ」を経営しているモハンティ三智江さんが現地の新型コロナウイルスの実情について書いており、随時、掲載します。モハンティ三智江さんは福井県福井市生まれ、1987年にインドに移住し、翌1988年に現地男性(2019年秋に病死)と結婚、その後ホテルをオープン、文筆業との二足のわらじで、著書に「お気をつけてよい旅を!」(双葉社)、「インド人には、ご用心!」(三五館)などを刊行しており、感染していません。

また、息子はラッパーとしては、インドを代表するスターです。13億人超と中国に次ぐ世界第2位の人口大国、インド政府は3月24日に全28州と直轄領などを対象に、完全封鎖命令を発令し、25日0時から21日間、完全封鎖し、4月14日に5月3日まで延長し、5月1日に17日まで再延長、17日に5月31日まで延長し、31日をもって解除しました。これにより延べ67日間となりました。ただし、5月4日から段階的に制限を緩和しています。

10月23日現在、インドの感染者数は770万6946人、死亡者数が11万6616人、回復者が687万4518人、アメリカに次いで2位になっています。アメリカの感染者数は840万7702人、死亡者数が22万3032人、回復者が335万3056人です。州別の最新の数字の把握が難しく、著者の原稿のままを載せています。

また、インドでは3月25日から4月14日までを「ロックダウン1.0」とし、4月14日から5月3日までを「ロックダウン2.0」、5月1日から17日までを「ロックダウン3.0」、18日から31日を「ロックダウン4.0」、6月1日から6月末まで「アンロックダウン(Unlockdown)1.0」、7月1日から「アンロックダウン2.0」と分類していますが、原稿では日本向けなので、すべてを「ロックダウン/アンロックダウン」と総称しています。

ただし、インド政府は5月30日に感染状況が深刻な封じ込めゾーンについては、6月30日までのロックダウンの延長を決め、著者が住むオディシャ州は独自に6月末までの延長を決め、その後も期限を決めずに延長しています。この政府の延長を「ロックダウン5.0」と分類しています)

ギャルリー志門で水野翠「油彩画」展

【銀座新聞ニュース=2020年11月9日】ギャルリー志門(中央区銀座6-13-7、新保ビル3階、03-3541-2511)は11月9日から14日まで水野翠さんによる個展を開いている。

ギャルリー志門で11月9日から14日まで開かれている水野翠さんの個展に出品される「もうひとつの風景」。

油彩画家で、絵本作家の水野翠(みずの・みどり)さんが新作を中心に展示する。

水野翠さんは東京都生まれ、東京芸術大学油画専攻を卒業、同大学大学院を修了、2005年に絵本「みつあみみつあみ」、2008年に絵本「うまさんうまとび」、2009年に絵本「あめのむこう」、2011年に絵本「わらって わにさん」、2017年に絵本「はなのいろはどこへいくの」を刊行している。現在、モダンアート協会会員、日本美術家連盟会員。

開場時間は11時から19時(最終日は17時)、入場は無料。

丸善日本橋で寺田豊、落合邦子ら「着物と帯」展、黒文字と楠木の抗菌力

【銀座新聞ニュース=2020年11月8日】大手書籍販売グループの丸善CHIホールディングス(新宿区市谷左内町31-2)傘下の丸善ジュンク堂書店(中央区日本橋2-3-10)が運営する丸善・日本橋店(中央区日本橋2-3-10、03-6214-2001)は11月11日から17日まで3階ギャラリーで「京絞り寺田 きものと帯展 京絞りの源流を探る 第10回黒文字と楠木の抗菌力」を開く。

丸善・日本橋店で11月11日から17日まで開かれる「京絞り寺田 きものと帯展 京絞りの源流を探る 第10回黒文字と楠木の抗菌力」のフライヤー。

4代目京絞り作家の寺田豊(てらだ・ゆたか)さんを中心に開く「着物と帯展」で、「京絞りの源流を探る」をテーマに、今回は「抗菌性」の黒文字が楊枝や器、楠木が仏像や防腐剤などでなじみの樟脳として今も使われており、これらの作品を展示する。

今回、出品するのは「京絞り寺田」(京都府京都市北区紫野大徳寺町5、075-406-5571)の主宰者で作家の寺田豊さん、京都西陣織の「帯屋捨松」、フラワー&アロマフレグランスデザイナーで、「アトリエオルタンシア」(都港区高輪4-24-36、03-3446-5371)を主宰する落合邦子(おちあい・くにこ)さん、クチュールエヌデザイナーの新井典子(あらい・のりこ)さん。

寺田豊さんは1958年京都府京都市生まれ、1994年にフランス・パリ市主催フランスオートクチュール組合後援により「バガテル城美術館」の「燦功工房展」に招待出品、東京で個展を開催、1996年にフランス・パリ国立ギメ美術館が「雪に萩」を買い上げ、2002年に「布結人の会」を設立した。

イタリア・ミラノの美術学校と交流、2007年に歌舞伎役者の中村芝雀(なかむら・しばじゃく)さんの「人魚の恋椿」の衣装を制作し、2008年に京都絞工芸展で知事賞と近畿経済産業局長賞、源氏物語千年紀「夢浮橋」の几帳を作成している。

「帯屋捨松」は江戸時代の1854(安政元)年に創業し、「木村捨織物所(きむらすておりものしょ)」として帯を生産してきたが、昭和30年代に5代目木村四郎(きむら・しろう)が図案家、織匠、染色家の故徳田義三(とくがわ・よしぞう)に弟子入りし、指導を受け、その後を引き継いだ6代目木村弥次郎(きむら・やじろう)さんも故徳田義三に弟子入りし、1978年に独立し、曾祖父の木村捨松(きむら・すてまつ)の名前をとって屋号を「帯屋捨松」と改称した。

その後、7代目の木村博之(きむら・ひろゆき)さんが社長に就任し、10数人のスタッフで運営し、週2回の勉強会によりすべての従業員が織りの技術を学んでいる。また、帯屋捨松では分業体制をとらず、企画、意匠、デザインから生産まですべてを自社内で一貫生産しており、2012年より東京芸術大学大学院絵画専攻油画の学生が帯屋捨松で「帯」について実地で学んでいる。

落合邦子さんは慶応義塾大学文学部仏文学科を卒業、日産自動車に入社、西アフリカフランス語圏への輸出営業を担当、その後、フラワーアレンジメントの世界に入り、1987年にフラワーショップ「アトリエオルタンシア」を設立し、フラワーアレンジメントスクールなどを運営している。

2010年にパリのパリ日本文化会館のブティックにて、「涼」をテーマに個展、2017年にパリの「サロン・デ・ボザール(Salon des Beaux Arts)展」で審査員特別賞を受賞している。

新井典子さんは子ども服、婦人服、ブライダルシューズのデザイナーを経て、タイアップハンドル「サムコ(Someco)」を開発、現在、「サムシング・エコ(something eco)」をテーマにさまざまな布で作品を発表している。

開場時間は9時30分から20時30分(最終日は17時)、入場は無料。