立川銀座で「我流毛筆」の浜村基光展、石巻のワークショップ紹介も

【銀座新聞ニュース=2019年1月11日】ブラインド業界の最大手メーカー、立川ブラインド工業(港区三田3-1-12、03-5484-6100)の銀座ショールーム(中央区銀座8-8-15、03-3571-1373)地下1階「タチカワ銀座スペース Atte」は1月15日から20日まで浜村基光さんによる初個展を開く。

立川ブラインドの銀座ショールームで1月15日から20日まで開かれる浜村基光さんの初個展に展示される作品。

映像作家で書家、元電通映画社(現電通テック)CMディレクターの高橋修一郎(たかはし・しゅういちろう)さんが主宰する「我流毛筆の会」で、2005年から活動している浜村基光(はまむら・もとみつ)さんが初めて個展を開き、約50点を展示する。

また、我流毛筆の会が2011年より継続して取り組んでいる、宮城県石巻近郊の子ども達との「書」のワークショップ活動も紹介する。

「我流毛筆の会」は疋田寛吉(ひきだ・かんきち、1923-1997)が団体に所属しない在野の書家たちの書を考え、持論にもとづいてはじめた会で、1997年に疋田寛吉が逝去した後に一旦解散し、2004年から高橋修一郎さんが主宰する形で活動を再開した。2006年から「我流毛筆の会」の会員によるグループ展を開いている。

浜村基光さんは小学4年生の時に習字教室を2級で挫折し、その後、大人になって我流毛筆の世界と出あい、大きな紙に豪快に文字を書く爽快感が忘れられないまま13年間書き続けている。

開場時間は10時から18時(最終日は16時)まで。入場は無料。

永谷商事が桃川鶴女が案内する深川七福神めぐり

【銀座新聞ニュース=2019年1月11日】不動産会社で都心で寄席を経営する永谷商事(武蔵野市吉祥寺本町1-20-1、0422-21-1796)が運営する「お江戸日本橋亭」(中央区日本橋本町3-1-6、日本橋永谷ビル1階、03-3245-1278)は1月15日に桃川鶴女さんによる「講談師と一緒に歩く歴史と文化の散歩ラリー」を開く。

1月15日に開かれる「講談師と一緒に歩く歴史と文化の散歩ラリー」で、「深川七福神めぐり」を案内する桃川鶴女さん。

永谷商事が毎月1回から2回程度、定期的に開いている「講釈師と一緒に歩く歴史と文化の散歩ラリー」シリーズのひとつで、講談師が名所旧跡などを解説しながら一緒に歩いて回る企画だ。例年、1月は東京の主要な七福神めぐりを開いており、第1弾の「日本橋七福神」、第2弾の「七福神めぐり・谷中」に続いて、第3弾は「七福神めぐり・深川」と題して、真打の講談師、桃川鶴女(ももかわ・つるじょ)さんが「深川七福神めぐり」を案内する。

桃川鶴女さんと一緒に地下鉄門前仲町駅から恵比須神の「富岡八幡宮(とみおかはちまんぐう)」(江東区富岡1-20-3、03-3642-1315)、弁財天の「冬木弁天堂(ふゆきべんてんどう)」(江東区冬木22-31、03-3641-9051)、福禄寿の「心行寺(しんぎょうじ)」(江東区深川2-16-7、03-3641-2566)、大黒天の「円珠院(えんじゅいん)」(江東区平野1-13-6、03-3641-0491)を歩く。

その後、毘沙門天の「龍光院」(江東区三好2-7-5、03-3642-3437)、布袋尊の「深川稲荷神社(ふかがわいなりじんじゃ)」(江東区清澄2-12-12、03-3641-8059)、寿老神の「深川神明宮(ふかがわしんめいぐう)」(江東区森下1-3-17、03-3631-5548)と回り、その後、お江戸日本橋亭に移り、昼食後、日本橋お江戸寄席を鑑賞する。

深川七福神は3カ所の神社と4カ所の寺で構成されており、富岡八幡宮の恵比須神から深川神明宮の寿老神を回るか、その逆のコースが巡りやすい道順になっている。徒歩で約2時間のコースという。ウイキペディアによると、明治末期ごろにはじまり、1945年の東京大空襲により、安置してあった各社寺が全焼したため、一時中断されたが、1970年正月に復活した。1月1日から15日までの正月の開帳期間には、色紙、笹、鈴などの授与がある。初穂料は色紙が1000円、御朱印が100円、福笹が1000円、お鈴が300円。

富岡八幡宮は「深川八幡」ともいい、1624年に菅原道真(すがわらの・みちざね、845-903)の後裔といわれた長盛法師(ながもり・ほうし)が神託により砂州であった永代島(えいたいじま)と呼ばれていた現在地を干拓し、八幡宮を建立したことが創建とされる。創建当時は「永代八幡」と呼ばれ、砂州の埋め立てにより6万508坪の社有地があった。

八幡大神を尊崇した徳川将軍家の保護を受け、庶民にも「深川の八幡さま」として親しまれ、広く美麗な庭園は人気の名所であったという。周囲には門前町(現門前仲町)が形成され、干拓地が沖合いに延びるにつれ、商業地として重要視された。明治維新後の社格は、准勅祭社とされ、同制度の廃止後は延喜式神名帳に記載がないため府社とされたが、皇室の尊崇を受け続けた。永代寺については、神仏分離令によって廃寺となり、現在の永代寺は1896年に再建された。

江戸時代の測量家である伊能忠敬(いのう・ただたか、1745-1818)は深川界隈に居住し、測量に出かける際は、安全祈願のため富岡八幡宮に必ず参拝に来ていたことから、2001年に境内に銅像が建立された。江戸勧進相撲の発祥の地としても知られ、境内で本場所も開かれた。特に明治維新以降、幕府や大名家の加護を失った相撲界が、神道との関わりを強調することで生き残りをはかったこともあり、富岡八幡宮と相撲との結びつきが強まった。現在も新横綱誕生のおりの奉納土俵入りなどの式典が執り行われている。

「冬木弁天堂」は材木商の冬木五郎右衛門直次(ふゆき・ごろうえもん・なおつぐ)が1654年に江州竹生島(滋賀県、ちくぶしま)の弁財天の分霊を日本橋茅場町の邸内にまつり、1705年に孫の冬木弥平次(ふゆき・やへいじ)が茅場町から深川に屋敷を移転した際、邸内の大きな池のほとりに、竹生島から移した弁財天を安置した。そのため、いまでもこの町を冬木町という。

この弁財天は、等身大の裸形弁天にして、毎年1回衣装の着替行事をおこなってきたが、関東大震災により焼失した。1870年に冬木弁天は一般に参詣を開放し、万徳院の境外仏堂となり、1955年に真言宗系の単立寺院として独立した。現在の弁天堂は1953年に再建された。尾形光琳(おがた・こうりん、1658-1716)が、冬木家に寄寓中、冬木家の妻のために描いた秋草の小袖が上野国立博物館に保存されている。

「心行寺」は1616年に京橋八丁堀寺町に創立され、開山は観智国師(かんちこくし、慈昌=じしょう、1544-1620)の高弟、光蓮社団誉一露屋道(こうれんしゃだん・よいちろ・おくどう)、開基は岩国城主の吉川監物(きっかわ・けんもつ、経幹=つねまさ=、1829-1867)の室、養源院殿(ようげんいんどの)とされている。

1633年に現在地の深川寺町に移転し、「御朱印地・拝領地寺社帳」によれば、当時は間口四十二間、奥行四十二間、1764坪の境内地で現在もほぼ当時の面影をとどめている。旧本堂庫裡は関東大震災により焼失し、1932年に再建され、1945年3月に戦災により焼失し、現本堂は1967年に完成した。

「円珠院」は浄心寺の塔頭(たっちゅう)のひとつで、義勝院日演(ぎしょういん・にちえん、?-1741)が開山、旗本の永見甲斐守(ひみ・かいのかみ)の娘で、長崎奉行の永井讃岐守直允(ながい・さぬきのかみ・なおちか)の後室となったお寄の方(円珠院殿妙献日寄大姉、?-1730)が開基となり、創建した。江戸時代から「深川の大黒天」として知られた。

「龍光院」は1611年に日本橋馬喰町に創建され、江戸大火災でたびたび焼失し、1682年に深川の地へ移転し、鬼門除けとして境内東北角に、石造の毘沙門天が安置され、1936年には毘沙門堂が建立された。1945年に戦災のため、堂宇は焼失したが、復興し、1975年に木彫の毘沙門天が安置された。

「深川稲荷神社」は1630年の創建で、以前は旧町名の「西大工町」にちなんで「西大稲荷」と呼ばれていたが、1923年の関東大震災後の区画整理により町名が変更し、1952年ころから深川稲荷神社と呼ばれている。神社の裏の小名木川は、江戸時代初期から、船の往来が盛んで、付近一帯に船大工が住み、船の修繕、造船をしていたので、この町名が生まれたとされている。神社は、無住社で町会によって管理運営されている。

「深川神明宮」は1596年に大阪摂津の漁民だった深川八郎右衛門(ふかがわ・はちろうえもん)が一族を引き連れて移り住み、葦の生い茂る三角州の深川一帯を開拓し、まだ住む人もいないころに、徳川家康(とくがわ・いえやす、1543-1616)が巡視した際に深川八郎右衛門に地名を尋ねると、地名がないとわかり、徳川家康が深川八郎右衛門の姓「深川」を地名とするよう命じた。

以来、深川八郎右衛門は屋敷のうちに小さな祠(ほこら)を建て、日頃から崇敬する伊勢神宮の大神の分霊をお祀りしたのが深川神明宮の起源とされている。深川の地は江戸の繁栄とともに賑やかな町となり、深川氏は開拓の功績により代々深川二十七カ町の名主を務め、深川氏は1757年に7代で断絶するも、菩提寺の泉養寺(市川市国府台)に今も墓所が残っている。

桃川鶴女さんは大阪府池田市生まれ、歌手の舟木一夫(ふなき・かずお)さんの育ての親とされる「第一共永」社長の自宅に歌手修業を兼ねて住み込み、スクールメイツ養成所「東京音楽学院」で学び、1973年に田辺一鶴(たなべ・いっかく、1929-2009)に入門した。

カバン持ちを経て、1974年に前座名「田辺益子美」で初高座、1976年に二ツ目、1978年に講談バスで都内歴史案内を受け持ち、1985年に真打に昇進し、「田辺鶴女」を襲名した。2004年に「桃川鶴女」に改名、田辺一門より独立した。現在、講談協会監事。

時間は10時から16時で、10時に地下鉄東西線門前仲町駅1番出口に集合して、昼ころまでに終えて、お江戸日本橋亭に移り、13時30分から「日本橋お江戸寄席」を鑑賞する。料金は弁当、飲み物、寄席代を含めて3000円で、交通費などがかかる場合は自己負担となる。希望者は永谷商事まで電話で申し込む。

日本橋お江戸寄席は前座の立川幸太(たてかわ・こうた)さん、二ツ目の三遊亭鯛好(さんゆうてい・たいこう)さん、桃川鶴女さん、真打の三遊亭円丸(さんゆうてい・えんまる)さん、声帯模写の鯉川(こいかわ)のぼるさん、真打の三遊亭鳳楽(さんゆうてい・ほうらく)さんが出演する。

注:「三遊亭円丸」の「円」は正しくは旧漢字です。名詞は原則として常用漢字を使用しています。

親友に決断を否定された世界を描いた新「シュガーラッシュ」(254)

【ケイシーの映画冗報=2019年1月10日】新年、はじめての「映画冗報」となります。本年もよろしくお願いいたします。間もなく終わりを迎える「平成」ですが、この30年間でもっとも社会を変えたのが、インターネットと携帯電話で間違いないでしょう。アメリカでインターネットの商用サービスがスタートしたのが1988年、平成が1989年からですので、ほぼ同時期でした。

現在、一般公開中の「シュガー・ラッシュ オンライン」((C)2018 Disney. All Rights Reserved.)。

ネットと携帯、この両者と密接に関わっているのがゲームの世界です。1989年の国内ゲーム市場はおよそ3500億円ですが、2017年には1兆5686億円に拡大しています。

ゲームセンターに並んだゲーム・マシンの中で活躍しているキャラクターたちが、ゲームの稼働していない時間をどう過ごしているのか?この問いかけを膨らませて、「プレイされていないゲームの世界」を描いて大ヒットを記録した「シュガーラッシュ」(Wreck-It Ralph、2013年)です。

その続編が本作「シュガーラッシュ オンライン」(Ralph Breaks the Internet)です。ゲームセンターのゲームマシンの中で活躍する少女レーサーのヴァネロペ(声の出演はサラ・シルバーマン=Sarah Silverman)は、ゲームで悪役を演じているが、本当は心の優しい大男ラルフ(声の出演はジョン・C・ライリー=John Christopher Reilly)と、無二の親友として「ゲーム以外の時間」を楽しんでいました。

ある日、ヴァネロペの活躍するレース・ゲーム「シュガーラッシュ」のゲーム機が壊れてしまいました。修理することができないため、ゲーム機ごと「シュガーラッシュ」もヴァネロペも処分されそうになります。ヴァネロペやラルフが調べてみると、インターネットのショップ内に補修部品があることを知ります。

「シュガーラッシュ」消滅の危機を救うため、ヴァネロペとラルフは、広大なインターネットの世界へと飛びこんでいくのでした。「なんでもあり、なんでもできる」インターネットの中で、新たな発見や出会いを経験するふたり。

インターネットの負の一面を知ったラルフは、安全なゲームセンターへの回帰をのぞみますが、「ゲーム」という強制的なルールに縛られない世界を知ったヴァネロペにとって、ゲームセンターは退屈な日常でしかなくなり、「シュガーラッシュ」の世界に戻ることを拒否します。

決裂してしまうヴァネロペとラルフ。仲直りのためにラルフのとった行動が、やがてネット全体の危機へと発展してしまうのでした。

前作は、「限定された世界で決められた役柄を演じ続けるのはどういうことか?」というテーマで描かれていました。「ゲームの中のキャラクターは固定された役割をはなれてはならない」、この原則にあらがったラルフとヴァネロペの行動で、ストーリーが展開していきました。

本作のテーマは「新しい世界に遭遇したとき、ひとりなら勝手にできるが、友達が一緒ならどうするのか?」ということだと感じました。人の一生にはさまざまな転機が訪れますが、無二の親友に自分の決断を否定されたら、どう判断するのか?

前作の監督(兼ストーリー)であるリッチ・ムーア(Rich Moore)とともに本作で共同監督(脚本・ストーリー)をつとめたフィル・ジョンストン(Phil Johnston) は、「僕は短所のあるキャラクターが大好き。欠点があるからより大きくなれるし、面白い物語を紡げる」(2018年12月14日付「読売新聞」夕刊)と述べています。

優しい大男であるラルフは、やもすると〈やりすぎ〉てしまい、破壊と混乱を巻き起こしてしまいますし。ヴァネロペもレーサーという設定からか、〈一直線に〉つき進み、周囲が見えなくなってしまうことがあります。

両者が飛びこんだインターネットの世界は、「じつに魅力的だが、恐ろしく危険」という二面性を持っています。「ネットは機能的だが、人を傷つける負の側面もある。2人の友情を描く上でも、そうしたネガティブな要素を描かないわけにはいかなかった」(前掲紙)。

いま、大作や話題作への出演が決まったハリウッドスターが、一番やってはいけないのが、「ネット上での評価を確認する」いわゆる〈エゴ・サーチ〉なのだそうです。悪口雑言の集中砲火を覚悟しなければならないそうで、作中でもラルフが似たような経験をしています。

その一方、ヴァネロペは歴代のディズニー作品のヒロインたちから、困難を乗り越えるヒントを得ます。これはインターネット上でのやりとりから救われた事例をあつかったのでしょう。いまのところ、集合知という意味で、ネットが斎場であるのは間違いありませんから。

「子ども向けアニメ作品」ではありますが、現代社会や人生にも真正面から向き合った良作で、おすすめします。次回は「MILE(マイル)22」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。

日比谷「マスカレードホテル」、木村拓哉、長沢まさみら舞台挨拶

【銀座新聞ニュース=2019年1月9日】阪急阪神東宝グループで、映画の制作配給、演劇の興行などの国内最大手、東宝(千代田区有楽町1-2-2、東宝日比谷ビル、03-3591-1221)は1月18日からTOHOシネマズ日比谷(スクリーン12、千代田区有楽町1-1-3、東京宝塚ビル、050-6868-5068)で一般公開される「マスカレード・ホテル」の初日に木村拓哉さん、長沢まさみさんらによる舞台あいさつを開く。

1月18日から一般公開される「マスカレード・ホテル」((C)2019 映画「マスカレード・ホテル」製作委員会 (C)東野圭吾/集英社)。

18日15時30分の回上映終了後に、監督の鈴木雅之(すずき・まさゆき)さんをはじめ、主人公の刑事「新田浩介」役の木村拓哉(きむら・たくや)さん、ホテルのフロントクラーク「山岸尚美」役の長沢(ながさわ)まさみさん、品川警察署の刑事「能勢」役の小日向文世(こひなた・ふみよ)さん、新田浩介の上司「稲垣」役の渡部篤郎(わたべ・あつろう)さんが舞台に登場してあいさつする。

「マスカレード・ホテル」は直木賞作家の東野圭吾(ひがしの・けいご)さんが2008年12月から2010年9月まで月刊誌「小説すばる」(集英社の)に連載され、2011年9月10日に集英社より単行本が刊行された同名の小説が原作だ。2014年7月18日に集英社文庫版が刊行され、シリーズ累計で275万部が発行されている。

物語は都内で3件の殺人事件が発生し、現場にはいずれも不可解な数字の羅列が残されていたことから、連続殺人事件として捜査が開始されるところからはじまる。警視庁捜査一課のエリート刑事・新田浩介は、その数字が次の犯行場所を予告していること、高級ホテル・コルテシア東京が4件目の犯行場所になることを突き止める。

犯人を見つけるためホテルのフロントクラークに成りすまして潜入捜査に乗り出した新田は、教育係であるフロントクラーク・山岸尚美と衝突を繰り返しながら、事件の真相に近づいていく。

鈴木雅之さんは1958年東京都練馬区生まれ、1979年に日活芸術学院を卒業、テレパック・共同テレビジョンに入社、演出補を担当し、1990年に共同テレビでテレビドラマ「世にも奇妙な物語」や1993年に「白鳥麗子でございます!」の演出で、注目される。1994年12月に共同テレビ系列子会社のベイシスよりフジテレビに移籍し、1994年に「ロングバケーション」、1995年に「王様のレストラン」、1998年に「ショムニ」、1999年から「古畑任三郎」などを手がけ、高視聴率を獲得、1999年にコミックのドラマ化が大当たりした「GTO」の劇場版で映画監督デビューした。

「ヒーロー(HERO)」では2001年のドラマと2007年の映画版とも監督した。2008年にテレビドラマ「鹿男あをによし」を演出、2011年に映画「プリンセス トヨトミ」を監督した。2016年6月28日付で編成制作局ドラマ制作センター専任部長兼演出家・映画監督から役員待遇に昇格、2017年7月1日付で制作局第1制作センター室長から改称し、2018年4月30日付で第1制作室長からゼネラルディレクターとなる。

チケットについては、はがきによる応募・抽選とチケットぴあを通じての販売がある。はがきは郵便番号、住所、氏名、年齢、チケット購入希望枚数(2枚まで)を記入して、東宝宣伝部「マスカレード・ホテル」初日舞台挨拶チケット購入係(〒100-8698、日本郵便(株)銀座郵便局JPタワー内分室私書箱2404号)まで郵送する。締切は10日(当日必着)。

料金は一般1800円、大学生・専門学校生1500円、高校生・ジュニア(3歳から中学生まで) 1000円、障がい者1000円、シニア1100円。

チケットぴあ(https://w.pia.jp/s/masqueradehotel-sb/)を通じての販売はすでに開始しており、15日11時締め切り。料金は一般2000円、大学生・専門学校生1700円、高校生・ジュニア(3歳から中学生まで) 1200円、障がい者1200円、シニア1300円。

注:「長沢まさみ」の「沢」は正しくは旧漢字です。名詞は原則として常用漢字を使用しています。

TOEI「闇の歯車」、瑛太、橋爪功ら初日挨拶

【銀座新聞ニュース=2019年1月8日】大手映画配給会社で、国内映画業界第2位の東映(中央区銀座3-2-17、03-3535-4641)傘下の東映ビデオ(中央区築地1-12-22、、コンワビル)は1月19日から丸の内TOEI(中央区銀座3-2-17、03-3535-4741)で一般公開する「闇の歯車」の初日に瑛太さん、橋爪功さんらによる舞台あいさつを開く。

1月19日から一般公開される「闇の歯車」((C)2019「闇の歯車」製作委員会、写真:江森康之)。

19日10時の回上映終了後と13時10分の回上映前に、監督の山下智彦(やました・ともひこ)さんをはじめ、主人公「佐之助」役の瑛太(えいた)さん、「伊兵衛」役の橋爪功(はしづめ・いさお)さん、緒形直人(おがた・なおと)さんが舞台に登場してあいさつする。

「闇の歯車」は直木賞作家の藤沢周平(ふじさわ・しゅうへい、1927-1997)が1977年に講談社から刊行した同名の作品が原作で、日本映画放送が運営する「時代劇専門チャンネル」が開局20周年を迎えたのを記念して映像化され、そのミニ番組を映画館で期間限定で上映し、2月9日から時代劇専門チャンネルで放映される。

物語は初秋の江戸・深川が舞台で、闇の世界に生きる佐之助は、行きつけの酒亭おかめで出会った謎の男・伊兵衛から儲け話を持ちかけられるが、危険な匂いを感じ、その時は誘いを断った。しかし、おくみという女と暮らすこととなり、女との未来にわずかながらの希望を抱く佐之助は、伊兵衛の誘いに乗ることにした。

伊兵衛の儲け話に乗ったのは、浪人、若旦那、白髪の老人、そして佐之助。いつもおかめで顔を合わしながら、一度も口を聞いたこともない男たち。押し込みなどしたことがない4人の素人が、伊兵衛の手引きにより、ある商家に眠る700両を狙う。

ウイキペディアなどによると、山下智彦さんは1964年京都府生まれ、映像京都、京都映画で助監督を経て、2002年に「盤嶽の一生」の第5話「落としもの」で監督デビューし、以降、テレビの時代劇を中心に監督している。映像京都の解散後、「株式会社京都組」を設立、代表取締役に就いている。2016年にBSフジで放映された「三屋清左衛門残日録」、2017年にBSフジで放映された「三屋清左衛門残日録 完結編」を監督している。

チケットは先行抽選を販売しており、1月10日11時締め切り。12日10時から一般発売する。料金は一般1800円、シニアが1100円。