丸善丸の内で、高畠純「キス・スキ」原画展

【銀座新聞ニュース=2021年2月12日】大手書籍販売グループの丸善CHIホールディングス(新宿区市谷左内町31-2)傘下の丸善ジュンク堂書店(中央区日本橋2-3-10)が運営する丸善・丸の内本店(千代田区丸の内1-6-4、丸の内オアゾ、03-5288-8881)は3月11日まで3階児童書売場壁面ギャラリーで、高畠純さんによる「キス・スキ」原画展を開いている。

丸善・丸の内本店で3月11日まで開かれている高畠純さんの「キス・スキ」原画展に展示されている表紙。

2020年12月3日に高畠(たかばたけ)純さんがイラストを手掛けた「キス・スキ」(文章は越野民雄さん、講談社、書籍税別1500円、電子版1200円)が刊行されたのを記念して原画展を開いている。

絵本ナビによると、「キス・スキ」はたくさんの動物とキスする絵本で、鼻の先っぽでくんくんしてるのは、ワンちゃんで、スキをねらって「ワンキッス」!思わず「モーやめて」って言いたくなるのは大きなうしさん。その顔は怖いし、痛そうだし、いくら愛でも受け止め難いヒョウのキス。ながーい舌に、高すぎる首、大きすぎる口。これいったいどうやってキスするの?

軽やかで、思わずクスっとしてしまう越野民雄さんの文章。画面ギリギリまで寄ってくる大迫力の動物たちの顔面、これは高畠純さん。彼らのまっすぐな瞳に吹き出しそうになりながら、愛情が存分に伝わってくるという。

高畠純さんは1948年愛知県名古屋市生まれ、愛知教育大学美術科を卒業、1983年に「だれのじてんしゃ」でボローニャ国際児童図書展でグラフィック賞、「だじゃれレストラン」(2007年)、「だじゃれどうぶつえん」(1999年)などの「だじゃれ」シリーズ(文章は中川ひろたかさん)、「ペンギンたんけんたい」(1991年)などの「ペンギン」シリーズ(文章は斉藤洋さん)などの作品があり、2011年に「ふたりのナマケモノ」で第42回講談社出版文化賞絵本賞を受賞している。

開場時間は9時から21時(最終日19時)まで。

今は病院行けないけど、昨年は従兄弟が緊急入院で手術したよ(323)

【tamaoのOL独り言=2021年2月11日】暖かいと思ったらまた寒くなって本当に体調の管理が難しいですね。こんな時なので、咳が出ると気になるし、気になったところで病院に行くほどでもない。でも、そのままにして悪化させてしまうのも困りますよね。

もうすぐ桃の節句なので、桃の木です。お雛さまは用意しますが、桃の木飾ったことなかったなぁ?。思わず買っちゃいました!

せめて風邪薬の準備をし、ドーピングしない程度に栄養ドリンクを飲むぐらいでしょうか?でも、一人暮らしの人は体調を崩したら買いにも出て行けないですよね?コロナ下で一人暮らしの亡くなる人が増えておりますか、他人事と思えないです。コロナで病院に行けない、風邪でも病院に行けない。本当に困りますよね。

一人暮らしといえば、去年のちょうど今頃、一人暮らしをしている従兄弟が急性の腹痛で救急車で病院に運ばれて、深夜だったんだけど、緊急手術をしたんです。

今年だったら、絶対すぐに手術なんて出来なかっただろうから、今思えば、タイミングがよかったわけですね。本当によかった。今、従兄弟は元気に働いています。

でも、手術を待ってる間、深夜だったんで、待合室で寝ちゃったのよね、私。今となっては信じられないけど。ちゃんと待合室が用意されていて、そこでお待ち下さいと言われました。それだけその病院は緊急での手術が行われているんだなと思ったんですよね。

大きな病院だからコロナ下の病院ということでニュースに出てきてもおかしくないんだけれど、救急病院なので、取材も受けてられないんだろうな。

昨年はのんきに従兄弟のお見舞いに行ったりしてたけど、今はお見舞いなんか行けないんだろうなぁ。コロナで入院している患者はもちろん、入院しているコロナ以外の患者も大変だろう。看護婦も家族がお見舞いできないとなると、その分、仕事が増えたりするだろう。本当にご苦労さまと伝えたい。

その時も今も変わらず医療関係者の方はがんばっていると思う。感謝しかないですね。今はともかく感染者は減っているとはいえ、自分が罹らないよう、注意するしかないですよね。

そうは言ってもスーパーは行ってしまいますけれど。不要不急でないから、まだ許されるのかしら?

ご近所も在宅なのかどうかわからないほど、静かです。きっと車も少ないだろうから、空気もきれいなんだろうな。どのくらい違うのか発表してもらいたいですね。でも、お店が閉まるどころか、無くなるところも出てきているようなので、早くコロナが収束することを祈ります!(敬称略、中堅企業に勤めるOLのタマオさんが日常の生活について思っていることを不定期に書きます。注書きは著者と関係ありません)

大丸松坂屋画廊でP・カインデル「欧州の女性」展

【銀座新聞ニュース=2021年2月11日】国内百貨店業界2位の流通グループ、J.フロントリテイリング(中央区八重洲2-1-1)傘下の大丸松坂屋百貨店(江東区木場2-18-11)が運営するアートギャラリー「Artglorieux GALLERY OF TOKYO」(中央区銀座6-10-1、GINZA SIX、03-3572-8886)は2月11日から17日までペトラ・カインデルさんによる「ウィーン発コンテンポラリーアート」展を開く。

大丸松坂屋百貨店の「Artglorieux GALLERY OF TOKYO(アールグロリュー ギャラリーオブトーキョー)」で2月11日から17日まで開かれるでペトラ・カインデルさんによる「ウィーン発コンテンポラリーアート」展のフライヤー。

オーストリア・ウィーン出身の女流画家で、現代具象画を制作しているペトラ・カインデル(Petra Kaindel)さんは「現代社会をスタイリッシュに力強く生きるヨーロッパの女性達」をコンセプトに作品を描いており、「ファッショナブルで美しい色彩が印象的で、モデルの顔からは『feeling(フィーリング)』、画面全体からは人生のストーリーまでも想像することができる」(Artglorieux GALLERY OF TOKYO=アールグロリュー ギャラリーオブトーキョー)作品、約30点を展示する。

ペトラ・カインデルさんは1971年オーストリア・ウィーン生まれ、アメリカ・ニューヨーク、イタリア・ミラノ、ウィーンで活躍し、1年の数カ月を南イタリアで過ごし、その土地、人々、文化、流行に触れている。

開場時間は10時30分から20時(最終日は18時)まで。入場は無料。

丸善日本橋で「画壇の仙人」熊谷守一版画展、庭の虫、動物描く

【銀座新聞ニュース=2021年2月11日】大手書籍販売グループの丸善CHIホールディングス(新宿区市谷左内町31-2)傘下の丸善ジュンク堂書店(中央区日本橋2-3-10)が運営する丸善・日本橋店(中央区日本橋2-3-10、03-6214-2001)は2月16日まで3階ギャラリーで「熊谷守一と巨匠版画展」を開いている。

丸善・日本橋店で2月16日まで開かれている「熊谷守一と巨匠版画展」に出品されている「猫」(木版画、1972年)。

富や名誉にとらわれず、鳥や虫や花に深い気持ちを通わせ、その命までを描き尽くし、近代洋画史に特異な足跡を残し、「画壇の仙人」と呼ばれた熊谷守一(くまがい・もりかず、1880-1977)が生前に発表した版画作品を展示販売している。

また、同時代に活躍した梅原龍三郎(うめはら・りゅうざぶろう、1888-1986)、中川一政(なかがわ・かずまさ、1893-1991)、岡鹿之助(おか・しかのすけ、1898-1978)、荻須高徳(おぎす・たかのり、1901-1986)、斎藤清(さいとう・きよし、1907-1997)、小倉遊亀(おぐら・ゆき、1895-2000)らの版画も展示している。

ウイキペディアによると、熊谷守一は絵が描けず、貧困に苦しむ中、1922年に42歳で結婚し、5人の子どもをもうけた。しかし、4歳で肺炎に罹って医者に診せられずに亡くなった次男の陽(よう)を描いた(「陽の死んだ日」1928年)。

戦後すぐに20歳を過ぎて結核で亡くなった長女の万(まん)が自宅の布団の上で息絶えた姿を荒々しい筆遣いで描いたり、野辺の送りの帰りを描いた作品(「ヤキバノカエリ」1948年から1956年)などの後、晩年の30年間、東京都豊島区の自宅から一歩も出なくなり、わずか15坪(約50平方メートル)の小さな庭が作品の世界のすべてになった。

そうして、小さな世界に息づくさまざまな草花や虫、小さな動物たちなど身近な題材を描き、洋画だけでなく日本画も好んで描き、書や墨絵も多く残し、晩年の独特の世界が誕生したといわれている。

愛知県名古屋市の美術品収集家、木村定三(きむら・ていぞう、1913-2003)が熊谷守一を支援し、買取の個展を開くなどし、熊谷守一の名は晩年にかけて広く日本の画壇に名を知られるようになり、その100点を超えるコレクションは愛知県美術館に所蔵されている。

熊谷守一は1880年岐阜県中津川市付知町生まれ、1900年に東京美術学校(現東京芸術大学)に入学、1905年と1906年に樺太(からふと)調査隊に参加、1909年に第3回文展に出展、1913年ころに実家へ戻り、日雇い労働の職につき、1915年に上京し、第2回二科展に出展、1922年に大江秀子(おおえ・ひでこ)と結婚し、1929年に二科技塾の開設に参加、後進の指導に当たり、1932年に「池袋モンパルナス」と称される地域(現豊島区椎名町から千早)の近くに家を建て、生涯を過ごした。

1947年に「二紀会」創立に参加(1951年に退会)、1956年に脳卒中に倒れ、写生旅行を断念、1968年に文化勲章を辞退、1972年に勲3等叙勲を辞退、1976年に「アゲ羽蝶」が絶筆となり、1977年8月1日に肺炎で死去した。1985年に自宅を「熊谷守一美術館」(豊島区千早2-27-6、03-3957-3779)として建て替えた(2007年から豊島区立)。

開場時間は9時30分から20時30分(最終日は17時)まで。

丸善丸の内で丸猫展、絵画やグッズ、雑貨など猫づくし

【銀座新聞ニュース=2021年2月10日】大手書籍販売グループの丸善CHIホールディングス(新宿区市谷左内町31-2)傘下の丸善ジュンク堂書店(中央区日本橋2-3-10)が運営する丸善・丸の内本店(千代田区丸の内1-6-4、丸の内オアゾ、03-5288-8881)は2月10日から23日まで4階文具売場イベントスペースなどで「丸猫展2021」を開いている。

丸善・丸の内本店で2月23日まで開かれている「丸猫展2021」のフライヤー。

丸善・丸の内本店が4階と1階のイベントスペースを使って開く丸猫展で、猫Art(アート)、猫Book(ブック)、猫Zakka(ザッカ)など、猫づくしのイベントで、期間中通しで出品する作家と前期(10日から16日)と後期(17日から23日)に分かれて出品する作家がいる。

期間中、通しで4階文具売場イベントスペースで出店するのは「THアートセレクション」(目羅健嗣さん、野上恵子さん、北田浩子さん、中島祥子さん、たまさん、土田圭介さん、森環さん、布施猫さん、漢山さん、秋津屋、Chieko=チエコ=さん)で、絵画、立体作品、雑貨を販売する。

また、「ドレミカンパニー」の彬香子(あき・きょうこ)さんがイラストなど、「カツミアートスタジオ」の松下カツミさんがイラスト、Tシャツ、トートバッグなど、「鎌倉Q工房レトロ舘」が雑貨、「IZZAO`s WORKS(イザオズワークス)」がTシャツ、「いっしょがいいね」のわたなべあきおさんがぬいぐるみと雑貨、「スクラッチ/ミヌー/プチコパン」の米田民穂さんがぬいぐるみと雑貨、nipopo(ニポポ)さんがぬいぐるみと雑貨、「Blue World(ブルーワールド)」のAyumi(アユミ)さんが雑貨、「Ribbon cat(リボンキャット)」の仲田愛美さんがぬいぐるみと陶器を出品する。

前期だけは「きりえ工房」の彩花さんが切り絵、「kotochi-no(コトチノ)」が革製品、Yosuke Awata(ヨウスケ・アワタ)さんが絵画、イラスト、グッズ、「メタルファクトリーSS」がアクセサリーを出品する。また、「choo choo cat(チーチョーキャット)」が1階イベントスペースでネコのぬいぐるみなどを販売する。

後期のみは「カービンテク」が革製品カービング、「I.Cats(アイキャッツ)」の一瀬尚美さんが、ジュエリー、ガラス絵、絵画、猫丸みどさんが手描きグッズ、河辺花衣さんがにゃん玉、おひにゃ様などの立体作品、「キャットバルーン」が猫柄生地グッズを出品する。また、「やまねこ」が1階イベントスペースでグッズを販売する。

ウイキペディアによると、猫は狭義には食肉目ネコ科ネコ属に分類されるリビアヤマネコが家畜化されたイエネコ(家猫)の通称で、より広義には、ヤマネコやネコ科動物全般を指す。

イエネコの起源は、ネズミを捕獲させる目的で飼われ始めたヤマネコの家畜化であり、分類学上はヤマネコの亜種とされる。

イエネコは、形態学的分析を主とする伝統的な生物学的知見によって、以前からリビアヤマネコが原種とされてきた。実際、米英独などの国際チームが2007年6月29日の「サイエンス」誌(電子版)に載せた論文では、世界のイエネコ計979匹をサンプルとしたミトコンドリアDNAの解析結果により、イエネコの祖先は約13万1000年前(更新世末期〈アレレード期〉)に中東の砂漠などに生息していたリビアヤマネコであることが判明した。

イヌは狩猟採集民に猟犬や番犬として必要とされ、早くから人の社会に組み込まれたが、ネコは、農耕の開始に伴いネズミ害が深刻にならない限り有用性がなく、むしろ狩猟者としては競合相手でもあった。その競合的捕食動物が人のパートナーとなるのは、穀物という「一定期間の保管を要する食害を受けやすい財産」を人類が保有するようになり、財産の番人としてのネコの役割が登場したのが理由とされている。

また、伝染病を媒介するネズミを駆除することは、結果的に疫病の予防にもなった。さらに、記録媒体として紙など食害されやすい材料が現れると、これを守ることも期待された。日本へは、平安時代(794年から1185年)に穀物倉庫の番人として渡来したと考えられているが、近年の研究では移入期が紀元前2世紀の弥生時代までさかのぼる可能性が出ている。

農耕が開始され集落が出現した時期の中東周辺で、山野でネズミやノウサギを追っていたネコがネズミが数多く集まる穀物の貯蔵場所に現れ、棲みついたのが始まりと考えられている(リビアヤマネコの生息地と農耕文化圏が重なった地域で、複数回起こっていたと考えられる)。

穀物には手を出さず、それを食害する害獣、害虫のみを捕食することから、双方の利益が一致し、穀物を守るネコは益獣として大切にされるようになり、やがて家畜化に繋がったとみられている。最古の飼育例は、キプロス島の約9500年前の遺跡から見出される。また、紀元前3000年ごろの古代エジプトでイエネコとして固定化されたといわれている。

さらに遡ると、ネコの祖先は「ミアキス」という約6000万年前の中型肉食獣とみられている。ミアキスの特性に近いままプロアイルルスを経て進化した種がネコであり、平原に出て集団狩猟を行う種を経て現在の姿に進化した種がイヌである。

ネコは1歳くらいになると生殖可能になり、5歳くらいで落ち着き、7歳あたりから高齢期に入り、20歳超えはかなりの長寿とされる。屋外で暮らさなければならない野良ネコと人間に室内で飼われているイエネコの寿命には大きな差がある。

室内飼育のイエネコでは14歳から18歳程度が寿命とされ、野良ネコでは4歳から6歳程度とみられている。ネコの年齢をヒトに換算すると、室内ネコの場合は例として1歳で人間でいう17歳から20歳、2歳で23歳から25歳、以降は1年ごとに4、5歳ずつ比例していく計算となる。

開場時間は9時から21時(最終日は16時)まで。2月21日は法定点検のため休業する。入場は無料。