丸善日本橋で九谷焼展、山本芳岳、浅蔵一華、井上雅子ら

【銀座新聞ニュース=2020年6月2日】大手書籍販売グループの丸善CHIホールディングス(新宿区市谷左内町31-2)傘下の丸善ジュンク堂書店(中央区日本橋2-3-10)が運営する丸善・日本橋店(中央区日本橋2-3-10、03-6214-2001)は6月3日から9日まで3階ギャラリーで「先人たちの英知を受け継ぎ、進化しつづける 第四回丸善・九谷焼展 優美な色絵の世界」を開く。

丸善・日本橋店で6月3日から9日まで開かれる「第4回九谷焼展」のフライヤー。一部の出品者と略歴、作品を載せている。

「石川県九谷陶磁器商工業協同組合連合会」(石川県能美市泉台町南13、石川県九谷会館、0761-57-0125)などが後援するイベントで、「豪快かつ色調渋く独特の魅力があり」(丸善)、佐賀県有田町の赤絵磁器「柿右衛門(かきえもん)」、佐賀県有田町、伊万里市の高級磁器の「色鍋島(いろなべしま)」、京都の京焼色絵陶器の「仁清(にんせい)」と並んで、日本の色絵陶磁の代表的なものとなっている「九谷焼」の花器、茶わん、香炉、酒器などの美術品から湯呑、茶碗、皿などの日用品まで、現在の九谷焼の巨匠から若手作家の作品を展示する。

九谷焼は「呉須(ごす)」と呼ばれる藍青色(らんせいしょく)で線描きし、「五彩」と呼ばれる赤、黄、緑、紫、紺青の5色で絵の具を厚く盛り上げて塗る彩法で、絵柄は山水、花鳥など絵画的で大胆な上絵付けが特徴的とされている。

石川県・九谷で生まれた九谷焼は、360年の歴史があり、明治期には貿易品として海外に輸出されるようになり、「ジャパンクタニ」として世界に名を轟かせている。一方で、1869年より、国内外の逸品を紹介してきた丸善では、「伝統を継承しながら現代の暮らしに合わせて変化をし続ける九谷焼の魅力に迫」るとしている。

出品される仲田錦玉さんの作品。

今回は日展評議員、日本現代工芸美術作家協会評議員の浅蔵五十吉(あさくら・いそきち)さんの長女で、九谷焼伝統工芸士の浅蔵一華(あさくら・いっか)さん、その夫で九谷焼伝統工芸士の浅蔵宏昭(あさくら・ひろあき)さん、日本陶芸美術協会会員の石冨俊二郎(いしとみ・しゅんじろう)さん、九谷焼伝統工芸士の井上雅子(いのうえ・まさこ)さん、九谷焼作家の川上真子(かわかみ・まこ)さん。

九谷焼作家の木戸優紀子(きど・ゆきこ)さん、九谷焼作家の早助千晴(はやすけ・ちはる)さん、九谷焼伝統工芸士名工の山本芳岳(やまもと・ほうがく)さん、その長男、山本浩二(やまもと・こうじ)さん、その次男の山本秀平(やまもと・しゅうへい)さん。

九谷焼伝統工芸士の三浦晃禎(みうら・てるただ)さん、九谷焼伝統工芸士の山中国盛(やまなか・くにもり)さん、加賀九谷理事長で、同連合会副理事長、九谷焼伝統工芸士会会長の山本篤(やまもと・あつし)さん、吉田純鼓(よした・じゅんこ)さん、伝統工芸士の針谷絹代(はりや・きぬよ)さん、九谷焼伝統工芸士の仲田錦玉(なかた・きんぎょく)さん。

ウイキペディアなどによると、九谷焼は石川県南部の金沢市、小松市、加賀市、能美市で生産される色絵の磁器で、大聖寺藩領の九谷村(現石川県加賀市)で、良質の陶石が発見されたのを機に、加賀藩の命により、藩士の後藤才次郎(ごとう・さいじろう、1634-1704)を佐賀・有田へ技能の習得に赴かせ、帰藩後の明暦初期(1655年ころ)、藩の殖産政策として、江沼郡九谷村で開窯したのが始まりとされる。

しかし、約50年後(18世紀初頭頃)突然、廃窯となり、窯跡は加賀市山中温泉九谷町にあり、1号窯、2号窯と呼ばれる2つの連房式登窯と、19世紀に再興された吉田屋窯の跡が残っており、この間に焼かれたものは、現在「古九谷(こくたに)」と呼ばれている。

古九谷の廃窯から、約1世紀後の1807年に加賀藩が京都から青木木米(あおき・もくべい、1767-1833)を招き、金沢の春日山(現金沢市山の上町)に春日山窯を開かせたのを皮切りに、数々の窯が加賀地方一帯に立った。これらの窯の製品を「再興九谷」という。 同じ頃、能美郡の花坂山(現小松市八幡)で、新たな陶石が発見され、今日まで主要な採石場となった。これらの隆盛を受け、それまで陶磁器を他国から買い入れていた加賀藩では、1819年に磁器を、1820年に陶器を、それぞれ移入禁止にした。

1832年ころに小野窯に陶匠として招かれる、寺井村(現能美市寺井町)生まれの九谷庄三(くたに・しょうざ、1816-1883)は能登の火打谷(現志賀町)で、能登呉須と呼ばれる顔料を発見し、後の九谷焼に多大な影響を与え、1840年ころに故郷に戻り、寺井窯を開いた。ヨーロッパから入った顔料を早い時期から取り入れ、彩色金欄手を確立し、庄三風と呼ばれる画風は後にヨーロッパに輸出される九谷焼の大半に取り入れられることになる。

明治時代に入り、九谷焼は主要な輸出品となり、1873年のオーストリア・ウィーン万国博覧会などの博覧会に出品されると同時にヨーロッパの技法も入り込んだ。1872年ころから型押しの技術が九谷焼にも取り入れられ、1892年ころから、獅子を始めとする置物の制作が盛んとなり、大正時代になると型が石膏で作られるようになり量産化が進んだ。

また、明治維新による失業士族の授産施設として1872年に誕生した金沢区方開拓所製陶部は、砂子吉平(すなこ・きちへい、生没年不詳)、初代諏訪蘇山(すわ・そざん、1851-1922)らの参加を得て成果を上げ、1876年には「石川県勧業場」と名を改めた。1887年に金沢工業学校(現石川県立工業高校)が開校し、次代の陶芸家が育成されるようになった。

現在、九谷焼は陶器と磁器があり、上絵付けを九谷でしたものを「九谷焼」と呼んでいる。陶器は原料が陶土(粘土)で、温かみがあり、全体に厚くぽってりした感じで、指ではじくと、鈍い音がする。一方の磁器は原料が陶石(石の一種)で、白く堅い感じがあり、薄くて軽くて丈夫で、指ではじくと「チン」と金属質の音がする。

また、茶わんの「わん」の漢字は「苑(本来は草冠がない)」と「皿」を合わせる、「石」と「宛」を合わせる、「土」と「宛」を合わせる、「木」と「宛」を合わせる4種類があり、「皿」のわんは基本的にフタがない茶碗をさし(後世にはフタ付もある)、「抹茶わん」などに使われている。「石」の茶わんはフタ付の磁器、「土」の茶わんは素焼きでフタ付の器、「木」は木製のフタ付の漆器をさしている。

期間中、新型コロナウイルスの感染防止のため、作家は来場しない。

開場時間は9時30分から20時30分(最終日は15時)、入場は無料。

注:「山中国盛」の「国」は正しくは旧漢字です。

中央の百貨店5月、三越2店、松屋、大丸約9割減、高島屋6割減

【銀座新聞ニュース=2020年6月2日】中央区とその周辺の主要百貨店の5月売上高(速報値、店頭ベース)は、日本橋三越、大丸東京店、日本橋高島屋、銀座三越、松屋銀座店の5店ともマイナスだった。5店舗とも前年を下回ったのは、4カ月連続となる。

5月30日から営業を再開した銀座三越(右)と和光。撮影は6月1日夕方で、4丁目周辺の人出は多いが、この時間帯になると、店に入る客はそれほど多くない。

5月は新型コロナウイルスの感染拡大に伴う「緊急事態宣言」が発出された4月7日以降、全館臨時休業や食品フロアのみの営業体制となったことで、各店舗とも大幅なマイナスとなった。ただ、日本橋高島屋のように食品フロアの営業継続や大丸東京店も5月7日から食品売り場の営業再開、その後、両店舗ともほかのフロアへの再開拡大もあって、マイナス幅がやや縮小した。

また、訪日外国人観光客売上高(インバウンド、免税売上高)については、入国制限の強化や臨時休業が国内百貨店全店舗に拡大したことにより、各店とも大幅に落ち込んだ。高島屋全店では訪日外国人観光客売上高が前年比98.7%減、大丸松坂屋百貨店全店では同99.0%減となっている。

三越伊勢丹ホールディングスの日本橋三越(中央区日本橋室町1-4-1、03-3241-3311)は前年同月比90.5%減(4月速報値90.2%減、確定値85.3%減、小型店舗と恵比寿三越、ソリューション統括部を含む、確定値ベースでの店舗別売上額は2019年5月から未公表)と店頭ベースでは8カ月続けて前年を下回った。

4丁目交差点側の出入り口では、出口と入口が分かれており、入口では体温測定が行われ、マスク着用が求められる。従業員はマスクとフェイスシールドを着けている。

一方、銀座三越(中央区銀座4-6-16、03-3562-1111)は同95.4%減(同速報値94.9%減、確定値94.9%減、但し空港型免税店の売り上げを除く)と4カ月続けてマイナスとなった。

三越伊勢丹ホールディングスでは新型コロナウイルスの感染拡大による政府の「緊急事態宣言」発令を踏まえ、首都圏三越伊勢丹をはじめ、グループ百貨店全店舗において、順次全館臨時休業や食品フロアのみの営業体制となったことで、国内百貨店の売上高は8カ月連続で前年実績を下回った。

首都圏三越伊勢丹の百貨店全店舗では、新型コロナウイルスの感染拡大防止を目的に4月4日、5日、宣言発令後の4月8日以降、全館臨時休業としていたが、30日から52日ぶりに営業を再開し、食品や化粧品、子ども用品などで購入目的が明確なお客が多かったとしている。

一方で、百貨店の店頭売上には含まれないが、EC事業は7日から再開し、前年比約1.4倍と好調に推移している。食品やライフスタイル関連用品が特に伸長し、自宅での時間を楽しく快適に過ごすためのキッチン雑貨、家電、フィットネスアイテム、食品では洋菓子やワインなどが求められたとしている。訪日外国人観光客売上高は入国規制や店舗臨時休業により、「4月同様厳しい状況」が続いている。

日本橋高島屋(中央区日本橋2-4-1、03-3211-4111)は同61.8%減(同速報値67.7%減、確定値67.5%減)と4カ月続けてマイナスとなった。日本橋店は2018年9月からレストラン街の運営を子会社の東神開発に移管し、百貨店としての売場面積が縮小している。

店頭売り上げは、全店で食料品フロアを除き臨時休業を実施し、5月中旬から段階的に営業範囲を拡大し、27日には日本橋店を含む全店で営業を再開した。しかし、店舗別売上高は、全店が前年実績を下回り、商品別売上高も、すべての商品群が前年を下回った。また、訪日外国人観光客売上高は同98.7%減となった。

J.フロントリテーリングの大丸東京店(千代田区丸の内1-9-1、03-3212-8011)は同87.4%減(同速報値93.2%減、確定93.2%減)と昨年10月の消費税増税以降、8カ月続けて前年を下回った。

百貨店事業は5月中旬まで、ほぼすべての店舗で臨時休業や食料品売場のみの営業を継続し、「緊急事態宣言」の段階的解除を踏まえ、徐々に全館営業店舗を増やし、27日には全16店舗で全館営業を再開した。このため、大丸松坂屋百貨店合計では同72.7%減、関係百貨店を含めた百貨店事業合計では同73.2%減と、4月よりもマイナス幅を縮小させた。

大丸松坂屋百貨店合計の訪日外国人観光客売上高(速報値)は同99.0%減(客数99.7%減、客単価275.1%増)となった。

J.フロントリテーリングでは2017年4月から「不動産事業」を独立させて、確定ベースで伸び率を公表しており(速報値ベースは未公表)、4月の「ギンザ シックス(GINZA SIX)」や「上野フロンティアタワー」などの家賃収入は同52.3%減だった。不動産事業がマイナスとなるのは、2カ月連続となる。2017年4月から「不動産事業」の数値を公表している。

松屋銀座店(中央区銀座3-6-1、03-3567-1211)は同91.3%減(4月は未公表)と4カ月続けてマイナスとなった。5月25日から食品フロアのみ営業時間を短縮して再開し、6月1日から全館で営業を再開した。このため、5月は食品フロアの7日間と一部外商の売上高前年増減率となっている。

食品については、生鮮三品(精肉、鮮魚、野菜)が昨年5月25日から31日と比較すると、2桁増で推移し、特に高価格帯の牛肉や寿司などが牽引したという。また、嗜好品(ワイン、紅茶、コーヒー)の売り上げも前年を越え、不要不急の外出を控える中で、お客の購買意欲が高まり売り上げに繋がったと分析している。

一方、外商(法人営業部)では、金製品やテレビ通販、日用品、制服の大口特注があり、法人営業部では同4.2%増だった。

日本百貨店協会(中央区日本橋2-1-10、03-3272-1666)によると、国内73社203店舗(総従業員6万1801人)の4月売上高(店舗調整後)は前年同月比72.8%減の1208億5966万円で、7カ月続けてのマイナスとなった。

4月は新型コロナウイルス感染拡大により、4月7日に7都府県に発出された「緊急事態宣言」が、16日には全国に拡大したことに伴い、営業自粛がさらに広がった。外出自粛の気運も一段と強まり、入店客数も8割弱減と大幅にマイナスとなった。地区別では、大都市(10都市、76.0%減)のマイナス幅が地方(64.2%減)よりも悪化した。

海外からの渡航者の入国制限はほぼすべての国が対象となり、訪日客が激減したことから訪日外国人観光客売上高は購買客数99.5%減(3カ月連続減)、売上高98.5%減(5億円、3カ月連続減、シェア0.4%)と大きく落ち込んだ。

国内市場は、食料品などとともに一部法人外商やECサイトが動いたものの70.6%減(7カ月連続、シェア99.6%)となった。

食料品については、生活必需品の確保の観点から、多くの店舗において営業を継続したことにより、全売上の4割以上のシェアを占める結果となった。野菜や精肉などのデイリーニーズから生鮮食品が堅調だった他、宅配も好調だった。ECサイトについては、構成比は低いものの、2倍以上の伸びを示す店舗も見られるなど急伸した。特に、食料品、化粧品、婦人バッグ、衛生用品などが動いた。

全国の百貨店の4月の営業日数は前年より5.2日少ない24.7日、111店舗の回答によると、入店客は1店が増え、109店が減ったとし、82店舗の回答によると4月の歳時記(春物商戦、GW)の売り上げについては2店が増え、77店が減ったとしている。東京地区(12社25店)の4月の売上高(店舗調整後)は同76.1%減の301億1409万円と7カ月続けてのマイナスとなった。

国内90店舗の訪日外国人観光客需要の4月の売上高は同98.5%減の約5億円と3カ月続けてマイナスとなり、国内の百貨店に占めるシェアが0.4%としている。

このうち、一般物品売上高は同98.6%減の約2億4000万円で、3カ月続けて前年を下回った。化粧品や食料品などの消耗品売上高が同98.5%減の2億6000万円、購買客数が同99.5%減の約2400人と3カ月続けてマイナスとなり、1人あたりの購買単価が同184.3%増の21万円で、5カ月続けて前年を上回った。

人気のあった商品は1位が化粧品(2018年1月から2020年3月まで1位)、2位にハイエンドブランド(2018年1月から2019年4月まで2位、5月3位、6月から3月まで2位)で11カ月連続で2位、3位が婦人服飾雑貨(2018年1月3位、2月4位、3月3位、4月5位、5月3位、6月から2019年7月まで4位、8月3位、9月から3月まで4位)で8カ月ぶりに3位の上がった。

4位に子ども服・雑貨(2020年3月5位)でランクがひとつ上がり、5位が婦人服・用品(2020年1月から3月5位、3月6位以下)で、5位に復活した。

免税手続きカウンターの来店国別順位は1位が中国本土(2018年1月から2020年3月まで1位)、2位は3月に3位に上がった韓国(2018年1月4位、2月から6月2位、7月3位、8月から10月2位、11月から2019年1月まで3位、2月から6月2位、7月4位、8月2位、9月から2月まで4位、3月3位)がさらに上昇した。

3位には3月に4位に下げた台湾(2018年1月と2月3位、3月4位、4月3位、5月から1月4位、2月3位、3月から6月4位、7月3位、8月4位、9月から11月2位、12月と1月3位、2月2位、3月4位)がひとつ上げた。4位は香港(2018年1月と2月3位、3月4位、4月3位、5月から1月4位、2月3位、3月から6月4位、7月3位、8月4位、9月から11月2位、12月と1月3位、2月2位、3月4位)で、3月に続いて2カ月連続で4位だった。

5位は、2018年から2020年2月まで7位、3月に6位と上がっているマレーシア(2018年1月から1月まで7位)がまたひとつ上げた。6位は3月に7位に下がったタイ(2018年1月から10月5位、11月と12月6位、2019年1月から8月5位、9月6位、10月から2月まで5位、3月7位)が上がった。7位は3月に5位に上げたシンガポール(2018年1月から10月6位、11月と12月5位、2019年1月から8月6位、9月5位、10月から2月まで6位、3月5位)がまたランクを下げた。

資生堂パーラー「美味フェア」、本店で和牛、カフェで果実のパフェ

【銀座新聞ニュース=2020年6月1日】国内最大手の化粧品メーカー、資生堂(中央区銀座7-5-5、03-3572-5111)が運営する「資生堂パーラー銀座本店」(中央区銀座8-8-3、東京銀座資生堂ビル、03-5537-6241)は6月2日から「日本美味フェア」を開く。

資生堂パーラー銀座本店で6月2日から14日まで提供される「宮城県産“仙台牛”のサーロインステーキ」。

6月2日から7月26日まで銀座本店レストラン(東京銀座資生堂ビル4階、5階)で「日本美味フェア 和牛を食べよう!」、6月2日から30日までサロン・ド・カフェ(3階、03-5537-6231)で「日本美味フェア季節を愛でるよろこび」を開く。

銀座本店レストランでは第1弾として6月14日まで宮城県産の「仙台牛」、北海道産の「えりも短角牛」、滋賀県産の「近江牛」、鹿児島県産の「鹿児島黒牛」の4種類の牛肉メニューと、特別セットとして1700円上乗せすると、調理長お勧めのスープと、サラダ、コーヒーを付けられる。

牛肉メニューは宮城県内で飼育された黒毛和種、口当たりがよく柔らかい、まろやかな風味と豊かな肉汁が特長という「宮城県産“仙台牛”のサーロインまたはフィレ肉のステーキ お好みのソースを添えて」(サーロイン100グラム税込4600円、150グラム6900円、200グラム9200円、 フィレ100グラム5500円、150グラム8250円、200グラム1万1000円)。

低脂肪で滋味のある味わいが特長の短角牛のサーロイン肉をカツレツに仕上げた「北海道産“えりも短角牛”サーロインのカツレツ デミグラスソース」(80グラム4480円、100グラム5600円)。

資生堂パーラーサロン・ド・カフェで6月2日から30日まで提供される「静岡県袋井地区産“クラウンメロン”のパフェ」。

日本3大和牛のひとつとされる近江牛を使った、肉質がきめ細やかで、 油が甘くて口の中でとろける「滋賀県産“近江牛”のアッシェステーキ 3種の薬味でどうぞ」(100グラム7000円、150グラム1万500円、200グラム1万4000円)。

鹿児島で育てられた黒毛和牛で、まろやかなコクと旨味が特長という「鹿児島県産“鹿児島黒牛”ランプ肉またはイチボ肉のグリル 和風山葵(わさび)ソース」(100グラム4500円、150グラム6750円、200グラム9000円)。

「サロン・ド・カフェ」では、静岡県袋井地区産の「クラウンメロン」を使った「静岡県袋井地区産“クラウンメロン”のパフェ」(2200円)、山梨県吉田市産のイチゴ「富士夏媛」を使った「山梨県吉田市産“富士夏媛”のプレミアムストロベリーパフェ」(500円、6月中旬まで)、山形県岡田果樹園産のさくらんぼ「佐藤錦」を使った「スペシャルパフェ」(600円、6月中旬から)。

和歌山県紀州産の「梅」を使った「アイスクリームソーダ」(1150円)、鳥取県産の「スイカ」を使ったムース、スープの「スープ仕立て」(コーヒーまたは紅茶またはハーブティー付で1900円)、2種類のクリームチーズをブレンドし、沖縄県産の「ピーチパイン」とミルクのマーブルシャーベットが付いた「銀座の壷チーズケーキ“沖縄県産ピーチパイン”」(コーヒーまたは紅茶またはハーブティー付で2100円)などがある。

営業時間は銀座本店が11時30分から21時30分、サロン・ド・カフェが11時から21時(日曜日、祝日は20時まで)。いずれも月曜日は休み。銀座本店は料金のほかに、サービス料10%がかかる。

インド、感染者が増える西部、少ない東部、14歳の予言当たるか(17)

【モハンティ三智江のインド発コロナ観戦記=2020年6月1日】インドの感染拡大はとどまることを知らず、5月23日で12万5000人(回復者5万1784人、死者3720人)と、1日で6198人とさらに記録を更新、最悪のマハラシュトラ州(Maharashtra)は3分の1を占める4万1642人(死者1454人)、2位のタミルナドゥ州(Tamil Nadu、1万3967人)の3倍以上、かく言う当オディシャ州(Odisha)も1103人とついに1000人を突破した。

樹氷を思わせるシルバーライトが並木を彩り、ムード満点の石川・金沢市の繁華街・香林坊(2019年11月に撮影)。

しかし、インドは広大な亜大陸、数字だけ見れば、全土真っ赤っ赤と誤解されそうだが、西インドに集中、南では、タミルナドゥ州が最悪である。 マハラシュトラ、タミルナドゥ、グジャラート(Gujarat)、デリー(Delhi)だけで、感染者数の8割を占めるのだ。

その他の州は、当オディシャを含め少ない方で、東インドの住民としては、一緒くたに見られることに抵抗がある。

いずれにしろ、日本の10倍以上の人口なので、15万人までは許容範囲だが、この分でいくと、軽く20万人を超えてしまいそうである。

外務省の渡航勧告も、渡航禁止のレベル3に引き上げられたし、このまま感染拡大が止まらなければ、成田での検疫強化必至、強制隔離を済ませて帰郷しても、インド帰りというだけで親族、友人からですら敬遠されそうだ。

日本の金沢にベースを持つ私は、事務的な所用が積み重なっているせいで、遅くとも8月初旬には、帰国の腹積もりでいるが、それも状況が許せばということで、現時点では、推量不可である。

昨秋、そぞろ歩きを楽しんだ犀川緑地公園(石川県金沢市)。川のそばに開ける紅葉した桜並木が美しい。

そんな中、中央政府は25日からの国内便再開を決定、感染最悪州のマハラシュトラや、南で最悪のタミルナドゥ州、サイクロンで空港が浸水した西ベンガル州(West Bengal)から反発を買っている。

領事館からのメールで、インド航空が27日、ムンバイ発成田の臨時便を運航する情報も届いた。これは、在日インド人の帰国のために臨時運航されるもので、ムンバイ(Mumbai)にいる日本人も利用可というもの。政府お抱えの赤字のエア・インディア、ちゃっかりしてるというか、自国人を運ぶついでに、在インドの日本人も運んで、復路の分も稼ごうという胸算用である。

それにしても、収束に向かいつつある日本にとどまれば、感染拡大が止まらないインドよりずっと安全なはずなのに、帰りたがるインド人がやはりいるんだなあ。その気持ちわからないでもないが。家族のことも心配だろうし、どんな状態であろうとも、自国に勝る安全地帯はない。

非常事態下に他国にいるのは不安だし、やはり自分が生まれ慣れ親しんだ環境のもとで家族と共に難を分かち合いたいと思うのが心情ではなかろうか。

一方、現地メディアは、いたずらにパニックを煽るようなことはせず、たとえば、アメリカ・ニューヨーク州(State of New York)が3日で10万人台に達したのに比べると、インドは13日かかっていること、また欧米各国に比べ、致死率が低いことなどを挙げ、冷静な分析を試みているが、ムンバイとニューヨークの比較論はお気に入りのテーマのようだ。

さて、15回目のコロナ余話でも触れたように、14歳の神童占星術師が予言したごとく、29日に歯止めがかかるか、あと6日推移に注目したい。

●身辺こぼれ話
合間を縫って、本年1月30日に死去した藤田宜永(ふじた・よしなが、1950-2020)氏の「邪恋」を、故人を偲びながら読み返している。直木賞作家の氏とは、同郷(福井)の遠縁にあたり、個人的に面談したこともあって、頻繁ではないが、メールやたまに手紙を交わす間柄だった。

宜永先生と呼んで慕っていた憧れの作家の第一印象は、ブルーのジャケットに黒い石のペンダント、サングラスが粋なダンディぶり、美声に惚れ惚れさせられたものだった。拙著「車の荒木鬼」の帯の推薦文を書いて頂いたこともあって、密かに私淑していただけに、突然の逝去にはショックを受けた。

昨年12月に、石川最大の地元紙・北国新聞社が刊行する季刊文芸誌「北国文華」に掲載されたわが短編小説「虹の女(ひと)」の好意的な感想をメールで頂いていたのだが、ちょうど夫を亡くしてまもなかった私は返事をする気になれず、やっと気を取り直して返信したのが、既に他界された翌日、後で知ってどんなにか悔やんだことか。

「邪恋」の男性主人公の職業は義肢装具士、事故で膝下切断の女性との情事は、倒錯的な匂いも。女性経験豊富な氏だけに、性描写は巧み。「邪恋」は実母に愛されなかった傷を持つ、女性に不信感を抱きながらも、その反動で狂おしく女を求めずにはいられない屈折した中年男、それは氏そのものの生い立ちを映し出したのものでもあったろう。ついに手にしえなかった母親の愛情の代償に女性遍歴を重ね、埋め合わせようとするが、空虚感は満たされようもなく…、そんな孤独な作家自身の姿が見える。非の打ち所のないうまさ、もっともっと評価されて然るべき、それに値する作家だった。

(「インド発コロナ観戦記」は「観戦(感染)記」という意味で、インドに在住する作家で「ホテル・ラブ&ライフ」を経営しているモハンティ三智江さんが現地の新型コロナウイルスの実情について書いており、随時、掲載します。モハンティ三智江さんは福井県福井市生まれ、1987年にインドに移住し、翌1988年に現地男性と結婚、その後ホテルをオープン、文筆業との二足のわらじで、著書に「お気をつけてよい旅を!」(双葉社)、「インド人には、ご用心!」(三五館)などを刊行しており、感染していません。

また、息子はラッパーとしては、インドを代表するスターです。13億人と中国に次ぐ世界第2位の人口大国、インド政府は3月24日に全28州と直轄領などを対象に、完全封鎖命令を発令し、25日0時から21日間、完全封鎖し、4月14日に5月3日まで延長し、5月1日に17日まで再延長、17日に5月31日までに延長することを決めました。これにより延べ67日間となります。ただし、5月4日から段階的に制限を緩和しています。

5月31日現在、インドの感染者数は18万1827人、死亡者数が5185人。州別の最新の数字の把握が難しく、著者の原稿のままを載せています。また、インドでは3月25日から4月14日までを「ロックダウン1.0」とし、4月14日から5月3日までを「ロックダウン2.0」、5月1日から17日までを「ロックダウン3.0」、18日から31日を「ロックダウン4.0」と分類していますが、原稿では日本向けなので、すべてを「ロックダウン」と総称しています)

注:「北国新聞社」と「北国文華」の「国」はいずれも正しくは旧漢字です。名詞については、原則として常用漢字を使用しています。