リコー、三愛ビルにPMで「花火」

【銀座新聞ニュース=2018年8月13日】国内最大のOA機器メーカーのリコー(中央区銀座8-13-1、03-6278-2111)は9月16日まで「三愛ドリームセンター」(中央区銀座5-7-2、三愛ドリームセンタービル)にプロジェクションマッピングによる「花火」をテーマにした作品を投影している。

9月16日まで三愛ドリームセンタービルにプロジェクションマッピングによって投影されている「花火」。

リコーが自社の11.7センチの超至近距離から48型の投影が可能な、リコー製の超短焦点プロ超短焦点プロジェクター80台を活用したプロジェクションマッピング(PM)で、全面ガラス張りという三愛ドリームセンタービルの窓ガラスを活用して、花火が打ち上げられる幻想的な世界観を創り出している。

三愛ドリームセンタービルは、リコーの創業者、市村清(いちむら・きよし、1900-1968)によりリコー三愛グループのシンボルとして、1963年1月にオープンし、2017年12月からプロジェクションマッピングを使って幻想的な世界観を演出してきた。

また、今回はデジタル映像アーティスト集団「ワウ(WOW)」が制作し、独特な形状の本ビルのデザイン性を最大限に活かした映像演出を行っている。

ウイキペディアによると、ビル屋上の広告は1963年の開業時から三菱電機が広告主となり、1990年5月に三愛の自社広告に変更されるまで30年近く存在した。1994年12月からコカ・コーラ、2000年3月からサントリー、2004年3月からボーダフォン(現ソフトバンクモバイル)と広告主が変わり、2006年12月から三愛の親会社、リコーが広告主になっている。

投影時間は19時から23時30分。1回7分程度で30分ごとに投影している。

銀座M84でJ・シーフベスト作品展

【銀座新聞ニュース=2018年8月13日】Art Gallery M84(中央区銀座4-11-3、ウインド銀座ビル、03-3248-8454)は8月13日から9月22日までジャンルー・シーフによる写真展「Best works」を開く。

アート・ギャラリー・エムハッシー(Art Gallery M84)で8月13日から9月22日まで開かれるジャンルー・シーフの写真展「ベストワークス(Best works)」に出品される「ベッドの上のお尻、1992年パリ(ドゥリエール・シュル・アン・リット=Derriere sur un lit, Paris 1992」((C)The Estate of Jeanloup Sieff/M84)。

フランスを代表する写真家、ジャンルー・シーフ(Jeanloup Sieff、1933-2000)の作品を妻のバルバラ・リックス(Barbara Rix)さんが中心になって、未発表作品を整理し、2008年に写真集「レジンディスクリート:フォトグラフィ・イネディット・ドゥ・ジャンルー・シーフ(Lesindiscretes.Photographies inedites de Jeanloup Sieff)」として出版され、同タイトルの写真展が世界を巡回し、日本でも2010年に東京都写真美術館で「アンシーン&ベスト・ワークス(Unseen&Best works)」が開かれている。

今回はジャンルー・シーフの作品を印刷してきたイヴ・ブレガン(Eve Bregan)さんによる伝説の暗室でプリントされた作品約33点を展示販売する。いずれも希少性の高いゼラチンシルバープリントによるモノクローム作品で、ゼラチンシルバープリントの銀塩粒子、バライタ印画紙の微妙なトーンによる力強く、格調高いシーフスタイルを表現している。「シーフ固有の力強い垂直画面と広角レンズの巧みな表現、時代が経過しても古臭さを感じない作品」がみられる。

ジャンルー・シーフは1933年11月30日パリ生まれ、両親はポーランド人で、スイスで写真を学んだ後、1954年にフリーのジャーナリストとして写真撮影 をはじめ、1954年に「マグナムフォト」に参加(1959年まで)、1955年にフランス「エル」誌の写真リポーターとしてデビューし(1958年まで)、世界各地でルポルタージュ写真を撮影し、1959年に「ニエプス賞」を受賞した。

1958年に「決定的瞬間」を求めるアプローチに共感できず、「保存された瞬間(Moments Preserved)」に共感し、1959年にフリーの写真家として、スイスの雑誌「レアリテ」に参加、1959年から1961年まで「ジャルダン・デ・モード」と契約、1961年から1965年までアメリカ・ニューヨークに在住し、アメリカの「ルック」をはじめ、「グラマー」や「エスクァイヤー」、「ハーパス・バザー」などに掲載し、ヨーロッパでも「ヴォーグ」をはじめ、「ツイン」や「クイーン」などと契約し、初めての広告写真「ロジー(Rosy)」を制作した。

1966年にパリに戻り、スタジオを開設、1970年代から1980年代には個人的な作品の方向性を見つけ、モノクロ写真と広角レンズを多用して、立体的な感じの風景、ヌード、ファッションを探求し、透明で乾いたエロチシズムを感じさせる作品で注目された。1972年にリヨンのフランス写真財団委員に任命され、フランス財団(旧名はローマ賞)の審査員、1980年にフランス写真財団理事を辞職し、「旅ジャーナル」シリーズのアートデレクションも辞退した。1984年にイタリア・パレルメでカプチン会修道院のカタコンブを発見、1980 年にシュバリエ芸術文化賞顕彰、1984年にフランスのレジオン・ドヌール・シュバリエ勲章を受賞した。

1990年から1991年にかけて 第2次世界大戦の戦場地ソンムの写真ミッションに参加し、1991年に第1回写真航海巡船プロジェクトの名誉招待作家となり、1992年に第1次世界大戦(1914年から1918年)の戦地、ヴェルダンでの写真レポートを完了し、2000年9月にがんのため活動中に急逝した。1967年に「ノヴァ」掲載ファッション写真がロンドンアート・ディレクターズ・クラブ銀メダル、1980年にシュバリエ芸術文化賞、1984年にフランスのレジョン・ドヌール・シュバリエ勲章、1992年にフランス文化省写真家芸術賞などを受賞した。

開場時間は10時30分から18時30分(最終日は17時)まで。入場料は800円。日曜日は休館。

永谷商事、神田山緑が神茂等日本橋老舗巡り

【銀座新聞ニュース=2018年8月12日】不動産会社の永谷商事(武蔵野市吉祥寺本町1-20-1、0422-21-1796)が運営する「お江戸日本橋亭」(中央区日本橋本町3-1-6、日本橋永谷ビル、03-3245-1278)は8月17日に神田山緑さんによる「講釈師と一緒に歩く歴史と文化の散歩ラリー」を開く。

永谷商事が8月17日に開く「講釈師と一緒に歩く歴史と文化の散歩ラリー」で「日本橋老舗めぐり」を案内する神田山緑さん。

不動産会社で都内で寄席を運営する永谷商事が毎月1回から2回程度、定期的に開催している「講釈師と一緒に歩く歴史と文化の散歩ラリー」シリーズのひとつで、講談師が名所旧跡などを解説しながら一緒に歩いて回り、その後、お江戸日本橋亭で寄席を鑑賞する。

今回は3月に真打に昇進した講談師、神田山緑(かんだ・さんりょく)さんが「日本橋老舗めぐり」と題して、「日本橋由来の碑」(中央区日本橋1-1-1先、日本橋南詰西側)から味付け海苔(のり)の元祖「山本海苔店(やまもとのりてん)」(中央区日本橋室町1-6-3、03-3241-0261)。

かつお節の「にんべん」(中央区日本橋本町1-9-4、03-3241-0241)、はんぺん、かまぼこの「神茂(かんも)」(中央区日本橋室町1-11-8、03-3241-3988)、和紙の老舗「小津和紙(おづわし)」(中央区日本橋本町3-6-2、03-3662-1184)と小津本館ビル3階の史料館を見学し、お江戸日本橋亭に移り、食事後に日本橋お江戸寄席を鑑賞する。

「日本橋由来の碑」は1936(昭和11)年に当時の日本橋区が設置した碑で、日本橋の由来が書かれている。1603(慶長8)年に江戸幕府開府の際、南北の交通路として木橋が架設されて以来、幾度かの変遷を経て、1911(明治44)年に現在の石橋が完成しており、国の重要文化財に指定されている。日本橋は東海道、奥州街道、日光街道、中仙道、甲州街道の5街道の起点になっている。

「山本海苔」は1849(嘉永2)年に初代山本徳治郎(やまもと・とくじろう)が日本橋室町の現在地に海苔の専門店を創業したのがはじまりで、1869(明治2)年に味付け海苔を創案、宮内省(当時、現宮内庁)の御用達となり、1946年に「株式会社山本海苔店」に改組し、1961年に大田区大森東5丁目に山本海苔店研究所を設置、1963年に大森作業所を竣工、1965年に本社新社屋を竣工した。

1971年に神奈川県に秦野作業所を竣工(2003年に秦野工場)、2000年に秦野作業所を増築し、大森作業所の業務を移行し、山本海苔研究所を秦野工場に移設し、2007年に丸梅商貿(上海)有限公司を設立、2014年に佐賀県に佐賀工場を竣工し、1992年に6代目山本徳治郎さん(1950年生まれ)が社長に就任している。

「にんべん」は勢州(現三重県)四日市出身の初代高津伊兵衛(たかつ・いへえ、1679-1729)が1691(元禄4)年に江戸に上り、日本橋小舟町の雑穀商「油屋太郎吉」で年季奉公をし、1699(元禄12)年に20歳の時に日本橋四日市の土手蔵(現日本橋1丁目野村証券本社の付近)で、戸板を並べてかつお節と塩干類の商いをはじめたのが創業年とされている。

1704(宝永1)年に小舟町にかつお節問屋を開業、1705(宝永2)年に伊兵衛と改名し、屋号を「伊勢屋伊兵衛」とし、のれん印(商標)を伊勢屋と伊兵衛の「イ(にんべん)」をとり、商売を堅実にするためのお金と合わせて、「カネにんべん」とし、江戸の町民からは「にんべん」と呼ばれた。

1720(享保5)年に日本橋瀬戸物町(現室町2丁目)に小売店を出し、現在の本社となった。1918(大正7)年に個人商店の「伊勢屋伊兵衛」から「株式会社高津商店」にした。2009年に創業310周年を機に代表取締役社長に高津克幸(たかつ・かつゆき)さんが就任している。

「神茂」は1656(明暦2)年に神崎屋長次郎(かんざきや・ちょうじろう)が大坂(神崎川周辺)より江戸に出て漁業に従事し、1683(天和3)年ころに日本橋魚市場で売買されたサメを使い、かまぼこの技術ではんぺんを製造、1688(元禄1)年に創業している。

1819(文政2)年に神崎屋茂三郎(かんざきや・もさぶろう)と改め、明治に入り、屋号を「神茂」とし、はんぺん、かまぼこを中心に伊達巻き、おせち料理、おでん、すじなどの商品も扱っている。神茂では、半ぺんの原料として青サメとよし切りサメを使っており、静岡県焼津漁港や千葉県銚子漁港から毎日仕入れている。

「小津和紙」は伊勢出身の小津清左衛門長弘(おづ・せいざえもんながひろ、1625-1710)が1640(寛永17)年に江戸に出て紙問屋の「佐久間善八の店」で奉公し、1653(承応2)年に独立して大伝馬町に紙問屋「小津清左衛門店」を創業したのがはじまりとされている。

1880(明治13)年に東京洋紙会社の事業を引受け、「小津洋紙店」に社名を変更し、1920(大正9)年に小津細糸紡績所、武林洋行を吸収合併して「小津武林起業株式会社」を設立、1929(昭和4)年に「合資会社小津商店」を設立、1939(昭和14)年に「小津商事株式会社」を設立、1944(昭和19)年に「小津産業」に社名変更、1996年に株式を店頭公開し、2001年に東京証券取引所に上場、2009年に和紙事業を小津商店に譲渡している。

神田山緑さんは1976年東京都中央区日本橋生まれ、敬愛大学を卒業、トヨタ自動車に入社、営業マンとして新人賞を受賞、退社後、健康食品会社を立ち上げ、代表取締役に就任し、「日本話し方センター」副所長の山越幸(やまごし・みゆき)さんに師事し、神田(かんだ)すみれさんの講談教室に通い、2005年に神田すみれさんに入門した。

2006年に講談協会「前座」、2009年9月に「二ツ目」に昇進、2011年に「日本講話塾」(講談教室)を設立、2014年10月に中野区観光大使に就任、2015年に「ロス・プリモス」の専属司会となり、2016年4月にNHK文化センター講師、清泉女子大学特別講師を務め、2017年に東洋大学特別講師、2018年3月に真打に昇進、7月に明治大学特別講師を務めている。

時間は10時から16時30分で、10時に日本橋たもとに集合し、昼ころまでにお江戸日本橋亭に移り、13時30分から「日本橋お江戸寄席」を鑑賞する。料金は弁当、飲み物、寄席代を含めて3500円で、交通費などがかかる場合は自己負担となる。申し込みは永谷商事まで。

13時30分からの日本橋お江戸寄席は前座の立川幸太(たてかわ・こうた)さん、二ツ目の立川三四楼(たてかわ・さんしろう)さん、真打の神田山緑さん、真打の三遊亭遊之介(さんゆうてい・ゆうのすけ)さん、ギター漫談のあさひのぼるさん、真打の三遊亭鳳楽(さんゆうてい・ほうらく)さんが出演する予定だ。

丸善日本橋で市来功成、山岡康子「猫」展

【銀座新聞ニュース=2018年8月12日】大手書籍販売グループの丸善CHIホールディングス(新宿区市谷左内町31-2)傘下の丸善ジュンク堂書店(中央区日本橋2-3-10)が運営する丸善・日本橋店(東京都中央区日本橋2-3-10、03-6214-2001)は8月15日から21日まで3階ギャラリーで市来功成さんと山岡康子さんによる「親愛なる猫たちへ-絵画二人展」を開く。

丸善・日本橋店で8月15日から21日まで開かれる市来功成さんと山岡康子さんによる「親愛なる猫たちへ-絵画二人展」に出品される市来功成さんの作品。

「猫たちの、のびのびと自由で愛らしい姿をとらえ、その柔らかな毛並みまでクレヨンで表現する」市来功成(いちき・こうせい)さんと、「独創性あふれる擬人化した猫たちの世界を、鮮やかな色彩の油彩やモノクロの銅板画で表現する」山岡康子(やまおか・やすこ)さんが愛情をこめて描いた猫たちを展示する。

市来功成さんは1956年鹿児島県伊佐市生まれ、1994年に新美術協会東京都美術館洋画新人賞(1995年、1996年に洋画奨励賞)、2006年にジャパンアートエキスポに出品し、現在、百貨店の美術画廊などで個展を開いている。

山岡康子さんは京都府生まれ、1970年に京都市立芸術大学美術学部を卒業、銅版画制作をはじめ、1998年に京都で個展、1999年にポーランドミニチュアール版画展で入選、2001年に油彩画を制作、その後、個展を開いている。

18日と19日に市来功成さんが来場する。15日、18日、19日、21日に山岡康子さんが来場する。

また、自宅の愛猫の写真を3枚から5枚持参すると、市来功成さんが家族の猫の肖像画を描く。

開場時間は9時30分から20時30分(最終日は17時)まで。

東宝7月映画、17%減と2カ月連続、前半が不振

【銀座新聞ニュース=2018年8月11日】阪急阪神東宝グループで、国内映画業界首位の東宝(千代田区有楽町1-2-2、03-3591-1221)は8月10日、7月の映画営業部門興行成績(速報ベース)が前年同月比16.9%減の57億5393万円で、2カ月連続で前年同月を下回ったと発表した。

現在、一般公開中の「劇場版コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命」((C)2018「劇場版コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命」製作委員会)。初週で1位にランキングされた。

7月は例年、35億円から70億円前後と隔年ごとに波がある時期で、2013年が77億円、2014年が43億円、2015年が77億円、2016年が35億円、2017年が69億円で推移しており、2018年7月は前年の反動で17%も減少した。

7月の新作は13日に公開された「劇場版ポケットモンスター みんなの物語」、20日に公開された「未来のミライ」、27日に公開された「劇場版コード・ブルー ?ドクターヘリ緊急救命」と3本だった。

一方、トーホー(TOHO)シネマズ、関西共栄興行、スバル興業という連結3社と東京楽天地、オーエスの持分法適用2社を合わせた5社ベースの東宝グループの映画館(687スクリーン)の7月の入場料収入(売店収入は除く)は同20.2%減の56億8499万円だった。2013年6月発表からトーホーシネマズ直営館の入場料収入と東宝グループの入場人員を公表するのを止めている。

7月の上映作品数は6月と同じく7作品だった。

興行通信社の映画興行ランキングによると、6月30日、7月1日の週は「名探偵コナン ゼロの執行人」が12週目7位と前の週の2作品に比べて、トップ10入りはわずか1本のみだった。

7日、8日の週は「名探偵コナン ゼロの執行人」が13週目も8位と前の週と同じくトップ10入りはわずか1本のみだった。

14日、15日の週は「劇場版ポケットモンスター みんなの物語」が初週で2位、「名探偵コナン ゼロの執行人」が14週目も8位で、トップ10入りは前の週より1点増えて2作品だった。

21日、22日の週は「未来のミライ」が初週で2位、「劇場版ポケットモンスター みんなの物語」が2週目で3位、「名探偵コナン ゼロの執行人」が15週目も10位と健闘し、トップ10入りは前の週より1点増えて3作品だった。

28日、29日の週は「劇場版コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命」が初週1位、「未来のミライ」が2週目で3位、「劇場版ポケットモンスター みんなの物語」が3週目で4位とトップ10入りは前の週と同じく3作品だった。

配給作品は「羊と鋼の森」、「劇場版ポケットモンスター みんなの物語」、「劇場版コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命」、「未来のミライ」などの7本だった。