「土間土間」チーズフェア、パネチキンやタッカルビ等

【銀座新聞ニュース=2019年2月7日】国内最大の外食グループ、コロワイド(神奈川県横浜市西区みなとみらい2-2-1、ランドマークタワー)傘下で、焼肉レストランの「牛角」や「居酒家土間土間」などを運営するレインズインターナショナル(神奈川県横浜市西区みなとみらい2-2-1、ランドマークタワー、0120-142-029)は2月7日から20日まで「土間土間銀座1丁目店」(中央区銀座1-5-10、ギンザファーストファイブビル、03-5524-3550)をはじめとする全国144店の「土間土間」店で「パネチキン」などチーズを使用した限定メニュー「とろーり、コク旨 冬のチーズフェア」を開いている。

2月20日まで「土間土間銀座1丁目店」など全国の「土間土間」店で開かれている「とろーり、コク旨 冬のチーズフェア」で提供されている「パネチキン」。

今回のフェアでは、チーズメニューなど16品が対象で、くりぬいたバケットの中に、チーズフォンデュが溢れるくらいに入り、バケットの周りには鶏のから揚げ、トマトソースがかけられている、韓国で流行しており、日本でも販売する店が増えている「パネチキン」(通常税別1280円を税別1024円)。

人気の「チーズタッカルビ」にカレーを加えた「チーズカレータッカルビ」(レギュラーサイズで790円を632円)、昨年秋に発売し、好評だった「ポテトレーラ」(3種類から選択で1本290円を232円)などを提供している。

また、アサヒスパードライ(中ジョッキ、390円が195円)、いちご香るロゼワイン(290円を145円)も割安になっている。

さらに、2月21日以降は価格が通常に戻るが、3月31日まで上記のメニューのほかに、チーズを使用したデザート2品とドリンク2品も販売している。デザートはピンク色のルビーチョコをアクセントにした「ルビーチョコのモッチーモンブラン」(490円)、チーズケーキの酸味とベリーの酸味がブリュレの甘さとマッチした「炙(あぶ)りチーズケーキ」(230円)の2品だ。

3月31日まで提供されているチーズを使ったデザート2品とドリンク2品。

ドリンクはクリームチーズとタピオカが一緒に楽しめるデザート感覚の「タピオカ・チーズクリームティ」(490円)、クリームチーズ、アイスティー、マンゴーの3層の飲むスイーツ「タピオカ・チーズクリームマンゴーティ」(490円)の2品を提供している。

銀座の周辺では「土間土間銀座1丁目店」のほかに、「土間土間八重洲店」(中央区日本橋2-3-18、江間忠さくらビル、03-3516-6003)、「土間土間新橋西口通り店」(港区新橋3-23-1、Box’R ShinBashiビル、03-5401-3625)、「土間土間新橋SL広場店」(港区新橋2-15-7、S-PLAZA弥生、03-3595-4334)などがある。

営業時間は銀座1丁目店が平日と土曜日が17時から3時(金曜日と祝前日が5時、日曜日、祝日が24時)まで。八重洲店が平日、土曜日、祝前日が17時から5時(日曜日と祝日が24時)。新橋西口通り店と新橋SL広場店が17時から5時まで。

HP(http://www.domadoma.com/campaign/index.html)を提示するか、チラシを持参し、割引後の飲食代金が3000円(税別)以上で利用できる。

日比谷「七つ会議」大ヒット御礼挨拶、野村、及川、朝倉ら

【銀座新聞ニュース=2019年2月7日】阪急阪神東宝グループで、映画の制作配給、演劇の興行などの国内最大手、東宝(千代田区有楽町1-2-2、東宝日比谷ビル、03-3591-1221)は2月13日にTOHOシネマズ日比谷(スクリーン12、千代田区有楽町1-1-3、東京宝塚ビル、050-6868-5068)で「七つの会議」の大ヒットを記念して出演者などによる御礼の舞台あいさつを開く。

現在、一般公開中の「七つの会議」((C)2019映画「七つの会議」製作委員会)。

「七つの会議」は興行通信社によると、2月1日から公開されて、最初の週(土・日曜日2日間)で動員26万人、興収3億3400万円をあげて初登場1位だった。1日からの3日間累計では動員35万1000人、興収4億3400万円だった。

この大ヒットを記念して、13日12時55分の回上映終了後に、監督の福沢克雄(ふくざわ・かつお)さんをはじめ、東京建電営業一課係長で主人公「八角民夫」役の野村万斎(のむら・まんさい)さん、東京建電営業一課課長「原島万二」役の及川光博(おいかわ・みつひろ)さん、東京建電経理課課長代理「新田雄介」役の藤森慎吾(ふじもり・しんご)さん、東京建電営業第一課の「浜本優衣」役の朝倉(あさくら)あきさんが舞台に御礼のあいさつをする。

「七つの会議」は直木賞作家の池井戸潤(いけいど・じゅん)さんが2011年5月から2012年5月まで「日本経済新聞電子版」に連載し、単行本化の際に1話を加筆し、8話構成の連作短編集として2012年11月5日に日本経済新聞出版社より刊行された同じ題名の小説が原作だ。

物語は中堅メーカー・東京建電の営業一課で万年係長の八角民夫、いわゆる「ぐうたら社員」が主人公で、トップセールスマンで、八角の年下である課長の坂戸(片岡愛之助=かたおか・あいのすけ=さん)からは、そのなまけぶりを叱責される毎日だった。

営業部長・北川誠(香川照之=かがわ・てるゆき=さん)が進める結果主義の方針の下、部員たちが必死で働く中、八角はひょうひょうとした日々を送っていた。そんなある日、社内でパワハラ騒動が問題となり、坂戸に異動処分が下される。坂戸に代わって万年二番手に甘んじてきた原島が新しい課長として一課に着任するが、そこには想像を絶する秘密と闇が隠されていた。

ウイキペディアによると、福沢克雄さんは1964年東京都生まれ、福沢諭吉(ふくざわ・ゆきち、1835-1901)の玄孫(げんそん)にあたる。福沢諭吉の次男で、時事新報の社長だった福沢捨次郎(ふくざわ・すてじろう、1865-1926)が曾祖父、福沢捨次郎の長男、福沢時太郎(ふくざわ・ときたろう)を祖父とし、時太郎の子である福沢和子(ふくざわ・かずこ)さんの子である。幼稚舎から大学まで慶応義塾で過ごし、慶応義塾大学法学部を卒業した。

学生時代まではラグビーの選手で、慶応義塾体育会蹴球部(大学ラグビー部)在籍中の1985年に全国大学ラグビーフットボール選手権大会で優勝し、社会人日本一のトヨタ自動車(現在チーム名・トヨタ自動車ヴェルブリッツ)を破り 慶応史上初のラグビー日本一に輝いた。

大学卒業後に富士フイルムに入社、1989年に東京放送(TBSテレビ)に中途入社、ドラマ部に配属され「3年B組金八先生」シリーズ、「砂の器」、「さとうきび畑の唄」、「華麗なる一族」などテレビドラマの演出を手掛けた。2013年にテレビドラマ「半沢直樹」が平成ドラマ1位の視聴率を獲得し、社会現象を起こした。2008年11月劇場公開の映画「私は貝になりたい」で監督を務めた。

2003年に「さとうきび畑の唄」で文化庁芸術祭大賞(テレビ部門)、2013年に「半沢直樹」の演出で東京ドラマアウォード2014で監督賞、作品賞グランプリ、第78回ザテレビジョンドラマアカデミー賞監督賞、2015年に「レッドクロス-女たちの赤紙」で文化庁芸術祭優秀賞(テレビ部門)、2016年に「下町ロケット」で第87回ザテレビジョンドラマアカデミー賞監督賞を受賞している。

チケットはチケットぴあ(https://w.pia.jp/s/nanakai19hb/)による抽選販売を現在受付中で、8日11時締め切り。料金は一般男性2000円、女性1300円、大学生・専門学校生1700円、高校生・ジュニア(3歳から中学生)、障がい者1200円、シニア(60歳以上)1300円。

注:「野村万斎」の「万」と「福沢克雄」の「沢」はいずれも正しくは旧漢字です。名詞は原則として常用漢字を使用しています。

ナチスに有益な人物を描いた「ナチス第三の男」(256)

【ケイシーの映画冗報=2019年2月7日】当時(1960年代)のレートで42億円(現在の貨幣価値で300億円以上)の制作費をかけた戦争映画「史上最大の作戦」(The Longest Day、1962年)は、史実に則った映像を心がけていましたが、劇中、ふしぎなシーンがあります。

現在、一般公開中の「ナチス第三の男」((C)LEGENDE FILMS-RED CROW N PRODUCTIONS-MARS FILMS-FRANCE 2 CINEMA-CARMEL-C2M PRODUCTIONS-HHHH LIMITED-NEXUS FACTORY-BNP PARIBAS FORTIS FILM FINANCE.)。制作費が2780ユーロ(約34億7500万円)、興行収入が410万4500ドル(約4億1045万円)。

ノルマンディーに上陸した連合軍を機銃掃射するドイツの戦闘機に「卍(まんじ)」(日本の地図上の寺のマーク)が描かれているのです。これには理由があります。西ドイツ(当時、現在の統一ドイツも)には、ナチスドイツに関するほぼすべてに制約があり、とくにシンボルとして多用された「スワスチカ(カギ十字、逆卍)」を公の場所で提示することが禁じられています。もし「史実に忠実」にドイツ軍を再現してしまうと上映や放送ができなくなるので、〈それっぽい何か〉に置き換えてしまうのです。

これほどナーバスな事物であっても、ナチスドイツをあつかった作品は大量に存在し、今後も生まれてくるはずです。本作「ナチス第三の男」(原題:The Man with the Iron Heart、2017年)もこうした作品群に連なる1本で、〈金髪の野獣(Die blonde Bestie)〉とあだ名され、ナチスドイツの謀略の多くにかかわり、ユダヤ人への虐殺行為(いわゆるホロコースト)の中心人物であったラインハルト・ハイドリヒ(Reinhard Heydrich 1904-1942)の半生を描いています。

ドイツ国内で急速に勢力を増していくナチ党(国家社会主義ドイツ労働者党)に、女性問題でドイツ海軍を不名誉除隊となったラインハルト・ハイドリヒ(演じるのはジェイソン・クラーク=Jason Clarke)が加わります。

ナチ党の有力者の娘リナ(演じるのはロザムンド・パイク=Rosamund Pike)と婚約したラインハルトは、ナチ党の有力者ハインリヒ・ヒムラー(Heinrich Himmler、1900-1945、演じるのはスティーヴン・グレアム=Stephen Graham)に取り立てられると、すさまじい勢いでのし上がっていきます。

軌を一にするようにナチ党に支配されたナチスドイツも拡張していきます。隣国オーストリアを併合し、ついでドイツ語を多用するチェコスロバキアもナチスドイツの一部となってしまいます。

第2次世界大戦(1939年から1945年)がはじまると、ラインハルトはナチスドイツの占領地でユダヤ人の捜索に辣腕を振るいます。やがて、チェコスロバキアの全権をまかされたラインハルトですが、そこには死の危険が迫っていました。イギリスから潜入した亡命チェコスロバキア人による暗殺計画が進められていたのです。

本作の原作は、フランス出身のローラン・ビネ(Laurent Binet )による小説「HHhHプラハ、1942」で、おなじフランス人のセドリック・ヒメネス(Cedric Jimenez)が監督をしています。フランスは大戦中、ナチスドイツに占領されていた経緯もあり、ナチズムに対して厳しい態度をとっています。

ですが、当時の欧米社会では、ナチスドイツを支援する力もすくなくありませんでした。おなじドイツ語を話すオーストリアには、ナチスドイツを率いるアドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler、1889-1945)に好意的な人物は大勢いましたし、他のヨーロッパの国々でも、共産国家ソ連に対する「防波堤」としての役割を期待されたりもされています。

そんな時代に直面したラインハルトが、海軍をやめさせられた直後にナチ党に加わり、たちまち頭角をあらわす姿は恐ろしく、また狂気をはらんでいますが、その一方で、フェンシングが達者でバイオリンやピアノといった音楽もたしなみ、妻となったリナにはよき夫で子煩悩という、家庭人としての一面もかいま見せます。

「彼は、ナチ運動のなかに自分の怒りのはけ口を見つけたのです。(中略)もし軍隊をクビになっていなかったなら、彼は怪物になっていなかったでしょう」(パンフレットより)と、ヒメネス監督は語っています。

正しい表現ではありませんが、「適材適所」が見事になされてしまった成果といえるかもしれません。ヒトラーはラインハルトを「鉄の心臓を持つ男」(原題と同じ)と評し、その手腕を見込んで、チェコスロバキアを任せたといわれています。

現在ではマイナスのイメージで語られることが多い、ヒトラーやナチズムですが、当時の人々にとっては魅力的な部分があったことは間違いありません。そうでなければ結党からわずか13年で大国ドイツの全権を掌握することなど不可能だからです。その課程にはラインハルトのような「ナチスドイツに有益な人物」が威力を発揮したことのは事実でしょう。

そんな歴史の1ページを描ききった1本でした。次回は「ファースト・マン」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。

編集注:ウイキペディアによると、「ナチス」は国民社会主義ドイツ労働者党という極右政党で、1919年1月に前身の「ドイツ労働者党」(アントン・ドレクスラー=Anton Drexler、1884-1942=らが共同設立、1919年9月にアドルフ・ヒトラーが入党)が設立され、1920年2月に改称した。1921年7月に第一議長に就任した(ドレクスラーは名誉議長)アドルフ・ヒトラーは、党内でフューラー(Fuhrer、指導者、総統)と呼ばれるようになり、指導者原理に基づくカリスマ的支配を確立した。

この頃から党勢の拡大を見た実業家からの寄付も相次ぎ、党勢はさらに拡がり、1921年に3000人だった党員が、1922年1月には6000人となった。結党以来長らく野党であったが、1929年の世界恐慌以降、国民の社会不安を背景に支持を拡大させ、1932年7月の国会選挙で国会の第1党を占めた。1933年1月30日にヒトラーが首相に任命されたことで政権与党となり、一党独裁体制を敷いたが、1945年5月8日にドイツ国防軍が連合国軍に降伏し、軍政下に置かれた9月10日には党の存在自体が軍政当局によって禁止(非合法化)された。

1946年9月30日、ロンドン憲章に基づく「ニュルンベルク裁判」により、党指導部・親衛隊・ゲシュタポが「犯罪的な組織」と認定された。ニュルンベルク裁判や継続裁判など占領地域で行われたその後の非ナチ化法廷により15万人もの党員が逮捕されたが、実際に裁判を受けたのは3万人である。また占領下やその後の新ドイツにおいては、ナチ党の影響を減少させる「非ナチ化」の施策が行われた。

丸善丸の内で砥部焼展、梅山窯や岩田健二、岡田威ら

【銀座新聞ニュース=2019年2月6日】大手書籍販売グループの丸善CHIホールディングス(新宿区市谷左内町31-2)傘下の丸善ジュンク堂書店(中央区日本橋2-3-10)が運営する丸善・丸の内本店(千代田区丸の内1-6-4、丸の内オアゾ内、03-5288-8881)はは2月6日から12日まで4階文具売場イベントスペースで「砥部焼展-暮らしを彩る『用と美』の器」を開いている。

丸善・丸の内本店で2月12日まで開かれている「砥部焼展-暮らしを彩る『用と美』の器」のフライヤー。

愛媛県砥部町を中心に作られる陶磁器「砥部焼(とべやき)」を今もつくり続ける「梅野精陶所」(梅山窯=ばいざんがま)の作品や、かつて「梅野精陶所」で制作し、現在は「春秋窯(しゅんじゅうがま)」(愛媛県伊予郡砥部町五本松888、089-962-2608)を構える陶芸家、工藤省治(くどう・しょうじ)さんら「砥部焼協同組合」(愛媛県伊予郡砥部町大南604、089-962-2018)に所属する9の窯元の作家の作品約2000点を展示販売している。

「梅野精陶所」の「梅山窯(ばいざんがま)」(愛媛県伊予郡砥部町大南1441、089-962-2311)は梅野政五郎(うめの・まさごろう、生没年不詳)が1882年に開窯し、今も地元では最大規模の窯元で、現在は岩橋和子(いわはし・かずこ)さんが代表を務め、約50人が制作などをしている。

ほかに、「岩田製陶所(貞山窯=ていざんがま)」の岩田健二(いわた・けんじ、1969年生まれ)さん、「雲石窯(うんせきがま)」の山田雅之(やまだ・まさゆき、1964年生まれ)さん、「永立寺窯(えいりゅうじがま)」の西岡秀典(にしおか・しゅうてん、1939年生まれ)さん。

梅野精陶所で修業した「岡田陶房」の岡田威(おかだ・たけし、1962年生まれ)さん、梅野精陶所で修業した「工房芥川」の芥川正明(あくたがわ・まさあき、1950年生まれ)さん、「勝部製陶所(東吉窯=とうきちがま)」の勝部東一(かつべ・とういち、1942年生まれ)さん、梅野精陶所で修業した「中田窯」の中田正隆(なかた・まさたか、1946年生まれ)さんが出品している。

ウイキペディアや砥部町観光協会、砥部焼協同組合によると、「砥部焼」は大洲藩(おおずはん)9代藩主の加藤泰候(かとう・やすとき、1760-1787)の時代に、藩の財政を立て直すため、砥石くずを使った磁器づくりを命じたことが起源とされている。

奈良・平安時代から、砥部・外山の砥石山から切り出される砥石は「伊予砥(いよと)」と呼ばれ、東大寺の「正倉院文書」には「観世菩薩像造立」の料に、「伊予の砥」を用いたことが記されている。また、平安時代編さんの「延嘉式」にも伊予国産物として「外山産砥石」を随用すると記録されている。

しかし、伊予砥の生産の際に、砥石の切出しのときに出る砥石屑の処理が重労働で、その作業に御替地(伊予市)の村人が動員されていたが、負担が大きすぎて、村人は動員の免除を大洲藩に願い出るまでになった。

その頃、伊予砥の販売を一手に引き受けていた大阪の砥石問屋、和泉屋治兵衛(いずみや・じへえ、生没年不詳)が天草の砥石が磁器の原料となることを知り、大洲藩に伊予砥の屑石を使って磁器を生産することを進言した。和泉屋からの進言を受け入れ、加藤泰候は1775(安永4)年に家臣の加藤三郎兵衛(かとう・さぶろうべえ、生没年不詳)に「磁器」の生産を命じた。

加藤三郎兵衛は麻生村(現砥部町)の豪農、門田金治(かどた・きんじ、生没年不詳)に資金を出させ、現場の監督者に組頭の杉野丈助(すぎの・じょうすけ、生没年不詳)を選び、肥前の長与窯から5人の陶工を招き、五本松の上原に登り窯を築き、何回か試焼を行い、本焼も行ったが、地肌に大きなひびが入るなど、失敗の連続で、肥前の陶工は帰郷し、残された杉野丈助は本焼を続けた。最後には、赤松の薪もなくなり、家の柱や畳まで窯にくべたといわれている。

その様子を見ていた筑前の陶工、信吉(しんきち、生没年不詳)が釉薬(ゆうやく)原料の不良にあることを教え、杉野丈助は筑前に出かけ、新しい釉薬を探し、1776(安永6)年に白地に藍色の焼き物作りに成功した。これ以降、焼き物に必要な薪も近くの山々で豊富に採れたうえ、傾斜地に流れる渓流や小川は水車を据えるのに適しており、原料の砥石を砕き陶土にするのに盛んに用いられた。

やや厚手の白磁に、呉須(ごす)と呼ばれる薄い藍色の手書きの図案が特徴で、一般に食器、花器などに使われ、別名「喧嘩器」とも呼ばれている。

明治以降、砥部焼は中国などの外国に「伊予ボール」の名で輸出され、向井和平(むかい・わへい、1842-1904)が制作した「淡黄磁」が、1893(明治26)年にシカゴ世界博覧会で1等賞を受賞し、砥部焼の名は世界に知られるようになり、大正期に入ると、砥部焼は輸出が7割を超えるまでになった。

しかし、大正末期から昭和初めの不況などにより、砥部焼の生産や販売は落ち込み、一方で、瀬戸や美濃などの陶器は、石炭を使った倒焔式の窯や機械ロクロや石膏型、絵付けでの毛筆から銅板印刷へと新しい技術が導入され、砥部は近代化の波から取り残された。戦後になり、1953年に民芸運動の推進者である柳宗悦(やなぎ・むねよし、そうえつ、1889-1961)らが砥部を訪れ、手仕事の技術が残っていることを高く評価した。

1956年に陶芸家の富本憲吉(とみもと・けんきち、1886-1963)も訪れ、砥部焼の近代的デザインを後押しし、それに刺激を受けた若手陶工を中心に手作りのよさを生かして、ロクロや絵付けなどの技法向上に取り組み、1976年に砥部焼が国の伝統的工芸品に指定され、1995年に砥部焼の地球儀が国連ヨーロッパ本部に設置され、2005年に砥部焼が愛媛県の無形文化財に指定されている。

砥部焼協同組合は1888(明治21)年に「下浮穴・伊予両郡陶器業組合」として創立され、1903(明治36)年に重要物産同業組合法が公布され、輸出に力を入れるため「伊予陶磁器同業組合」に改組され、1934(昭和9)年に工業組合法の施行により、「伊予陶磁器工業組合」に改組され、1944(昭和19)年に商工組合の規定に従い、「伊予陶磁器工業統制組合」に移行された。

1947年に商工協同組合法が公布され、「伊予陶磁器工業協同組合」に改組され、組合員数が40人以上になり、1949年に中小企業協同組合法により、「伊予陶磁器協同組合」に改組され、2003年に「砥部焼協同組合」に変更された。

開場時間は9時から21時(最終日は15時)まで。入場は無料。

日比谷「フォルトゥナ」神木隆之介、有村架純ら初日舞台挨拶

【銀座新聞ニュース=2019年2月6日】阪急阪神東宝グループで、映画の制作配給、演劇の興行などの国内最大手、東宝(千代田区有楽町1-2-2、東宝日比谷ビル、03-3591-1221)は2月15日にTOHOシネマズ日比谷(スクリーン12、千代田区有楽町1-1-3、東京宝塚ビル、050-6868-5068)で「フォルトゥナの瞳」の出演者による初日舞台あいさつを開く。

2月15日から一般公開される「フォルトゥナの瞳」((C)2019「フォルトゥナの瞳」製作委員会)。

15日15時20分の回上映終了後に、監督の三木孝浩(みき・たかひろ)さんをはじめ、主人公の青年「木山慎一郎」役の神木隆之介(かみき・りゅうのすけ)さん、木山慎一郎の恋人「桐生葵」役の有村架純(ありむら・かすみ)さん、木山慎一郎の同僚「金田大輝」役の志尊淳(しそん・じゅん)さん。

木山慎一郎が働く工場の顧客「宇津井和幸」役のダイゴ(DAIGO)さん、遠藤哲也の妻「遠藤美津子」役の斉藤由貴(さいとう・ゆき)さん、木山慎一郎が働く工場の経営者「遠藤哲也」役の時任三郎(ときとう・さぶろう)さんが舞台に登場してあいさつする。

「フォルトゥナの瞳」は本屋大賞を受賞作家の百田尚樹(ひゃくた・なおき)さんが2015年12月1日に新潮社より刊行された同じ題名の小説が原作だ。

物語は幼少期に飛行機事故で家族を失い、友人も恋人もなく仕事にのみ生きてきた木山慎一郎が「死を目前にした人間が透けて見える能力」=「フォルトゥナの瞳」を持っていることに気づいてしまったことから、生活が一変するという話だ。

木山慎一郎はなぜこのような力を持ってしまったのかを自問自答する苦悩の日々が続く中で、桐生葵という女性に出会い、互いに惹かれあった2人は幸せな日々を過ごす。慎一郎の孤独な人生に彩りを与えてくれた葵という存在だが、葵の身体が突然透け始めてしまう。慎一郎は死の運命にあることが分かってしまった愛する女性の死を回避しようとする。

三木孝浩さんは1974年徳島県生まれ、早稲田大学第一文学部を卒業、在学中に制作した自主映画「青空」で早稲田インディーズフィルムフェスティバルのグランプリを受賞、1998年にソニー・ミュージックに入社、以降、多数のミュージックビデオを手掛け、2006年に独立し、「スターダストプロモーション」と専属マネージメント契約をし、ショートムービー、ドラマ、CMなどに活動の幅を広げる。

2010年に長編初監督作品となる映画「ソラニン」で注目され、2012年に「僕等がいた」で邦画初の前・後編2部作が連続公開された。2010年代以降は少女マンガ原作の恋愛映画を次々と手がけ、「胸キュン映画三巨匠」と呼ばれることもある。2013年に「陽だまりの彼女」、2014年に「ホットロード」、2015年に「くちびるに歌を」、2016年に「青空エール」、2017年に「先生!、、、好きになってもいいですか?」、2018年に「坂道のアポロン」などを監督している。

チケットは応募フォームからの応募・抽選とチケットぴあによる抽選販売がある。応募フォームは受付中で、6日12時締め切り。料金は一般1800円、大学生・専門学校生1500円、高校生・ジュニア(3歳から中学生)、障がい者1000円、シニア(60歳以上)1100円。

チケットぴあによる抽選販売も現在受付中で、12日11時締め切り。料金は一般2000円、大学生・専門学校生1700円、高校生・ジュニア(3歳から中学生)、障がい者1200円、シニア(60歳以上)1300円。