TOHO日比谷「恋雨」小松菜奈、大泉洋ら挨拶

【銀座新聞ニュース=2018年5月15日】阪急阪神東宝グループで、国内映画業界首位の東宝(千代田区有楽町1-2-2、03-3591-1221)は5月25日からTOHOシネマズ日比谷スクリーン12(千代田区有楽町1-1-3、東京宝塚ビル地下)で一般公開する「恋は雨上がりのように」の初日に、小松菜奈さん、大泉洋さんらによる舞台あいさつを開く。

5月25日から一般公開される「恋は雨上がりのように」((C)2018映画「恋は雨上がりのように」製作委員会(C)2014 眉月じゅん/小学館)。

25日16時の回上映終了後と19時30分の回上映前に、女子高生「橘あきら」役の小松菜奈(こまつ・なな)さん、ファミレス店長「近藤正己」役の大泉洋(おおいずみ・よう)さんらが舞台に登場してあいさつする。

「恋は雨上がりのように」は、女性マンガ家の眉月(まゆづき)じゅんさんが月刊マンガ誌「月刊!スピリッツ」(小学館)に2014年8月号から2016年1月号まで連載されたコミックが原作で、その後は「ビッグコミックスピリッツ」(同)に移り、2016年8号から2018年16号まで隔週連載された。

作品はとある海辺の街を舞台に、年上の男性に想いを寄せる女子高生の恋模様を叙情的に描いた恋愛マンガで、2015年度コミックナタリー大賞で第2位、2018年1月22日に第63回「小学館漫画賞」(一般向け部門)を受賞している。2018年1月から3月30日までフジテレビ系でテレビアニメが放送されている。

物語はケガで陸上の夢を絶たれた高校2年生の橘あきらが、偶然入ったファミレスの店長・近藤正己の優しさに触れたことをきっかけに、その店でアルバイトをはじめるところからはじまる。45歳の近藤はあきらより28歳も年上で子持ちのバツイチだったが、あきらは密かに近藤への恋心を募らせていく。

ついに思いを抑えきれなくなったあきらは告白するが、近藤は彼女の真っ直ぐな気持ちを受け止めることができない。

チケットは応募フォームからの応募・抽選(16時の回50席、1人2枚まで) とチケットぴあを通じての抽選販売がある。応募フォームからの応募は16日12時締め切り。料金は全席指定で一般1800円、大学生・専門学校生1500円、高校生、3歳以上中学生、障がい者が1000円、シニア1100円。

チケットぴあを通じての抽選販売も発売中で、21日11時締め切り。料金は全席指定で一般2000円、大学生・専門学校生1700円、高校生、3歳以上中学生、障がい者が1200円、シニア1300円。

丸善丸の内で英国展、女王在位65年コイン、デイルグッズ等

【銀座新聞ニュース=2018年5月14日】大手書籍販売グループの丸善CHIホールディングス(新宿区市谷左内町31-2)傘下の丸善ジュンク堂書店(中央区日本橋2-3-10)が運営する丸善・丸の内本店(千代田区丸の内1-6-4、丸の内オアゾ内、03-5288-8881)は5月16日から22日まで4階ギャラリーで「英国展」を開く。

英国とヨーロッパの雑貨を輸入販売する「有限会社トゥーシェ」(中野区野方1-30-1、大和ビル)が出展し、在日英国大使館の国際通商部が後援するイベントだ。

丸善・丸の内本店で5月16日から22日まで開かれる「英国展」のフライヤー。

英国ビンテージのティーポットやマグカップ、200種類以上ある銀のチャームを使ったシルバーラッキーチャーム、スツールなどのアンティーク小家具、エリザベス女王(Elizabeth2、1926年生まれ)在位65周年記念コイン、学術的価値も併せ持つボタニカルアート、動物のデザイナー、ハンナ・デイル(Hannah Dale)さんのグッズなどを販売する。

エリザベス女王在位65周年記念コインは2017年に英国公式記念貨幣として、2つのデザインが王室承認のもとに制作された。ひとつは1キロ金貨、銀貨と5オンス金貨、銀貨に採用された、17世紀後半の王室の紋章をモチーフとするデザインという。1952年に即位し、2017年で65周年を迎える「サファイア・ジュビリー(Sapphire Jubilee)」と呼ばれる記念硬貨で、「華やかな盾が誠実と調和のシンボルであるオリーブの枝と安定と職務における忠誠を象徴するオークの枝によって囲まれている」(泰星コイン)。

もうひとつは、5ポンド貨4種に採用されており、王室のアニバーサリーに関連した王冠と、その横に女王が21歳の誕生日に行ったスピーチの言葉が刻まれている。「My Whole Life,Whether It Be Long or Short,Devoted to Your Service」(長くても短くても、私の生涯のすべてを、あなたがた(英国連邦の全国民)の奉仕に捧げます)というものだ。

1947年4月21日に、エリザベス王女(当時)は父ジョージ6世(George6、1895-1952)、母エリザベス王妃(Elizabeth Angela Marguerite Bowes-Lyon、1900-2002)、妹のマーガレット王女(Margaret Rose Armstrong-Jones、1930-2002)とともに南アフリカを訪れ、ケープタウンからのラジオでのスピーチ放送で、自らの人生をコモンウェルスのサービスに捧げると語った、その一部が刻まれている。

「有限会社トゥーシェ」は1989年に代表取締役の森居恵子(もりい・けいこ)さんが自宅の1室を使ってはじめた事業で、英国の「シルバー・ラッキー・チャーム」や「A.E.ウイリアムズ社」をはじめ、アンティーク雑貨などを輸入している。

営業時間は9時から21時(最終日は16時)まで。

シネスイッチ「モリ場所」、山崎努、樹木希林ら挨拶

【銀座新聞ニュース=2018年5月14日】国内映画業界12位の日活(文京区本郷3-28-12、03-5689-1002)は5月19日からシネスイッチ銀座(中央区銀座4-4-5、旗ビル、03-3561-0707)で一般公開する「モリのいる場所」の初日に、山崎努さん、樹木希林さんらによる舞台あいさつを開く。

5月19日から一般公開される「モリのいる場所」((C)2018「モリのいる場所」製作委員会)。

19日12時20分の回上映終了後と14時40分の回上映前に監督の沖田修一(おきた・しゅういち)さんをはじめ、画家「熊谷守一」役の山崎努(やまざき・つとむ)さん、熊谷守一の妻「秀子」役の樹木希林(きき・きりん)さん、熊谷守一の姪で熊谷家の家事手伝い「美恵ちゃん」役の池谷(いけたに)のぶえさんが舞台に登場してあいさつする。

「モリのいる場所」は30年もの間、ほとんど家の外へ出ることなく庭の生命を見つめ、絵を描き続けたという画家、熊谷守一(くまがや・もりかず)=モリのエピソードをベースに、晩年のある1日を沖田修一さんがフィクションとしてユーモラスに描いた作品で、沖田修一さんが脚本も手がけ、ともに文学座に所属したことのある山崎努さんと樹木希林さんが初共演し、熊谷夫妻を演じている。

物語は1974(昭和49)年の東京・池袋が舞台で、守一が暮らす家の庭には草木が生い茂り、たくさんの虫や猫が住み着いていた。それら生き物たちは守一の描く絵のモデルであり、じっと庭の生命たちを眺めることが、30年以上にわたる守一の日課であった。

妻の秀子との2人で暮らす家には毎日のように来客が訪れ、守一を撮影することに情熱を傾ける若い写真家(加瀬亮=かせ・りょう=さん)、守一に看板を描いてもらいたい温泉旅館の主人(光石研=みついし・けん=さん)、隣に暮らす佐伯さん夫婦、近所の人々、さらには得体の知れない男(三上博史=みかみ・ひろし=さん)まで、老若男女が集う熊谷家の茶の間はその日も、いつものようににぎやかだった。

沖田修一さんは1977年愛知県生まれ、2001年に日本大学芸術学部映画学科撮影・録音コースを卒業、2002年に短編作品「鍋と友達」が第7回水戸短編映像祭でグランプリ、2005年に「進め!」で黒沢明(くろさわ・あきら)記念ショートフィルム・コンペティション04-05にノミネートされ、2006年にオムニバス映画「ライフ・シネマティック 映画的人生1」の一編として上映された。

2006年に初の長編映画「このすばらしきせかい」を監督し、2009年に元南極観測隊員・西村淳(にしむら・じゅん)さんのエッセイを映画化した「南極料理人」で商業映画監督としてデビュー、新藤兼人(しんどう・かねと)賞金賞、2012年に「キツツキと雨」で東京国際映画祭で審査員特別賞を受賞している。

チケットは劇場で販売しており、料金は一般1800円、大学生、高校生1500円、中学生・小学生・3歳以上1000円、シニア1100円。

注:「山崎努」の「崎」は正しくは「大」が「立」で、「黒沢明」の「沢」は正しくは旧漢字です。名詞は原則として現代漢字(常用漢字)を使用しています。

リコー画廊で飯島幸永「津軽と八重山」の風土と人間展

【銀座新聞ニュース=2018年5月13日】国内最大のOA機器メーカーのリコー(中央区銀座8-13-1、03-6278-2111)グループのリコーイメージング(大田区中馬込1-3-6)が運営するギャラリー「リコーイメージングスクエア銀座」(中央区銀座5-7-2、三愛ドリームセンター、03-3289-1521)は5月16日から6月17日まで8階ギャラリーゾーン「A.W.P」で飯島幸永さんによる写真集出版記念写真展「その風土に生き抜く」を開く。

リコーイメージングスクエア銀座で5月16日から6月17日まで開かれる飯島幸永さんの写真集出版記念写真展「その風土に生き抜く」に展示される「寒流」から選んだ作品 ((C)Koei Iijima)。

写真家の飯島幸永(いいじま・こうえい)さんが写真集「寒流 津軽のおんな 越後・雪下有情」(2012年11月刊、彩流社、税別5500円)と「暖流 八重山諸島につなぐ命」(2017年11月刊、彩流社、6800円)を出版したのを記念して「寒流」と「暖流」を合わせて45点を展示し、販売もする。

飯島幸永さんは40年余にわたる長い時間をかけて取材し、写真集2冊によってひとつの到達点に立った。リコーでは「写真家魂に満ち溢れた眼差しとは何か。モノクロームによる感動のフォトドキュメント」としている。

「寒流」は1966年、東京オリンピックの2年後、越後の豪雪集落に入って豪雪に蹂躙(じゅうりん)されながらも懸命に暮らす農民と家族の姿を3年にわたって撮影した。津軽のおんなは1965年代半ばから1975年代にわたり吹き荒ぶ風と吹雪の風土に生きるおんなを中心に迫ったもので、2編とも「風土と日本人の凄まじい葛藤をとおして描かれる人間の美しさ」がテーマとしている。

同じく「暖流」から選んだ作品((C)Koei Iijima)。40年余にわたる取材を通してひとつの到達点に立ったという飯島幸永さんの2冊の写真集。

「暖流」は風土と日本人をテーマに亜熱帯地方の八重山諸島で取り組んだ作品集で、1973年に初めて八重山に行き数年通った後、40年余の空白を経て2013年より数度通い、かつての人々や子どもたちとの再会や漁師の風貌、古式の葬儀など今日的情景も入れ、過去と現在に時間軸を置いた構成で、八重山の厳しい自然風土に生きる家族や人々の日常から、生きる意味を探っている。

飯島幸永さんは1942年東京都生まれ、1964年に東京写真短期大学(現東京工芸大学)を卒業、卒業と同時に写真家の杉山吉良(すぎやま・きら、1910-1988)に師事し、1973年にフリーとなり、ヒューマンドキュメントを中心に、風土と日本人、芸術家の風貌、心象風景など幅広く個展・出版活動をしている。

1980年に個展を開き、1991年に日本画家・上村松篁(うえむら・しょうこう、1902-2001)の写真集「歩歩清風」を画集・色紙とともに出版し、1992年に写真と名画で語る「上村松篁・魂の賛歌・写真家・飯島幸永の眼」展を開き、2001年に写真集「人間上村松篁」を出版した。

2003年に「週刊文春」に連載した元首相の細川護熙(ほそかわ・もりひろ)さんの「ことばを旅する」の写真を担当し、2007年に細川護煕さんの作品集「晴耕雨陶」に写真を掲載、2009年に「撮る・描く」2人展を写真家の岸野圭作(きしの・けいさく)さんと梓川アカデミア館(松本市)で開き、現在、飯島幸永松本写真塾を松本市で開いている。

開場時間は11時から19時(最終日は16時)。毎週火曜日が定休。入場料は510円(税込)。

丸善日本橋が「向付」展、江口智己、宮本茂利・智子ら

【銀座新聞ニュース=2018年5月13日】大手書籍販売グループの丸善CHIホールディングス(新宿区市谷左内町31-2)傘下の丸善ジュンク堂書店(中央区日本橋2-3-10)が運営する丸善・日本橋店(東京都中央区日本橋2-3-10、03-6214-2001)は5月16日から22日まで3階ギャラリー特設会場で「懐石-向付から始まる器展」を開く。

丸善・日本橋店で5月16日から22日まで開かれる「懐石-向付から始まる器展」のフライヤー。

懐石料理(かいせきりょうり)の中で最初に登場し、宴の最中も常に客人の手の中に存在する器「向付(むこうづけ)」から2013年に始まった作陶家の勉強会「基(もとい)」に集まった江口智己 (えぐち・ともみ)さんら8人(組)がこれまで開いてきた「向付」の器展から、「懐石」全体に広げ、懐石の器を中心に、その他の器も展示する。

「基」によると、「向付」は懐石料理において膳の中で、飯碗、汁碗の奥(向こう)に配されることから「向付」という名称がつけられたという。それ以前は、引き皿(取り皿)、なます皿、筒型のものを「猪口(ちょく)」と呼ばれていた。

「向付」は主に生の魚の切り身(関東では刺身、関西ではお造り)が盛り付けられるが、豆腐や野菜など他の素材が盛られることもある。懐石料理においての「一汁三菜」では最初に出てくる器が「向付」で、食した後は取り皿、取り鉢として用いられ、最後まで使われる。

また、「一汁一菜」においては唯一の菜となることから、その席におけるテーマ性を求められ、もっとも器形に富んだ器とされている。ただし、普段の生活ではなじみの薄い器で、家庭で使う際には、一汁一菜つまり少量で、日常に「ハレ」を持ち込むことができる器としている。

一般に「ハレ」とは、冠婚葬祭だけでなく、実家、近所からもらった初物や土産などもあり、「基」では、ささやかな「ハレ」を演出することができる器が「向付」と考えている。

「世界大百科事典」によると、日本料理で膳の向こう側につける料理、またはそれを盛りつける器をいう。江戸時代半ばには使われていた言葉で、なますか刺身に用いることが多かったが、現在の懐石では、はじめに亭主が持ち出す折敷(おしき)に飯、汁とともに向付が配され、陶磁器の皿に刺身を盛るのが一般的になっている。

そのため、現在では、「向付」とは「お造り(刺身)」を意味し、茶懐石の中で、ご飯とお椀(汁)の奥(向こう)に刺身が置かれたことから、このような呼び方になったとされている。

今回、出展するのは、愛知県名古屋市生まれ、愛知県立瀬戸窯業高校専攻科を卒業し、多治見市で陶芸を制作している安藤友紀(あんどう・ゆき)さん、1971年東京都生まれ、1995年武蔵野美術大学空間演出デザイン学科中退、愛知県瀬戸市の窯元「霞仙陶苑」に入社、1999年に退社して瀬戸で独立し、2003年から千葉県富津市で制作している江口智己さん。

1971年神奈川県横浜市生まれ、1996年に大学政経学部を卒業、1998年に愛知県立窯業高等技術専門校を卒業、1998年から九谷の「山背陶房」で制作、2000年から瀬戸市で修業、2002年に独立した宮本茂利(みやもと・もり)さんと1975年三重県上野市(現伊賀市)生まれ、1996年に短期大学を卒業、1998年に愛知県立窯業高等技術専門校を卒業、1998年から九谷の「青窯」で制作、2000年から瀬戸で修業、2002年に独立した宮本智子(みやもと・さとこ)さん夫婦の「新道(しんどう)工房」(愛知県瀬戸市)。

1986年長野県生まれ、2007年岐阜県立多治見工業高校専攻科卒業、「(有)玉山窯」に入社、岐阜県重要無形文化財保持者の玉置保夫(たまおき・やすお)さんに師事、2011年に土岐市織部の日記念事業第4回現代茶陶展で入選、2013年に「玉山窯」を退社、独立し、第20回美濃陶芸庄六賞茶碗展で銀賞を受賞し、岐阜県土岐市で制作している竹下努(たけした・つとむ)さん。

1968年大阪府大阪市生まれ、2000年に京都伝統工芸専門校を卒業、2001年に第56回姫路市美術展で入選、2003年に徳島県上坂町に「光萌窯」を築窯した中西申幸(なかにし・しんこう)さん。

1983年東京都生まれ、2003年に愛知県立窯業専門校を卒業、製陶所勤務を経て、岐阜県土岐市で独立、制作している額賀円也(ぬかが・えんや)さん、岐阜県で修業し、2010年から熊本県南関町で「素月窯」を構えて作陶している松永真哉(まつなが・しんや)さん。

千葉県我孫子市生まれ、1997年に武蔵野美術大学短期大学部工芸デザイン専攻科陶器コースを卒業、1997年に「九つ井 陶郷(ここのついど すえのさと)」(神奈川県)の陶器の制作スタッフとして入社、2006年に独立、「陶工房 扇屋」(神奈川県鎌倉市)を主宰し、現在、駒沢女子大学非常勤講師の渡辺信史(わたなべ・しんじ)さん。

ウイキペディアによると、懐石料理は本来、茶の湯において正式の茶事の際、会の主催者である亭主が来客をもてなす料理をいい、禅寺の古い習慣である懐石にその名を由来する。正式の茶事において「薄茶」と「濃茶」を喫する前に提供される料理のことで、千利休(せんのりきゅう、1522-1591)時代の茶会記では、茶会の食事について「会席」や「ふるまい」と記されており、本来は会席料理と同じ起源であった。

江戸時代になって茶道が理論化されると、禅宗の温石(おんじゃく)に通じる「懐石」の文字が当てられ、懐石とは寒期に蛇紋岩(じゃもんがん)、軽石(かるいし)などを火で加熱したもの、温めたこんにゃくなどを布に包み懐に入れる暖房具を意味している。

天正年間(1573年から1592年)には堺の町衆を中心として「わび茶」が形成され、その食事の形式として「一汁三菜(飯、汁、向付、煮物、焼物)」が定着し、「懐石」=「一汁三菜」が成立した。江戸時代には、三菜を刺身(向付)、煮物椀、焼き物とする形が確立し、その後、料理技術の発達と共に、「もてなし」が「手間をかける」ことにつながり、現在の茶道や料亭文化に見られる様式を重視した「懐石」料理が完成した。

現代では、茶道においても共通する客をもてなす本来の懐石の意味が廃れ、茶事の席上で空腹のまま刺激の強い茶を飲むことを避け、茶をおいしく味わう上で差し支えのない程度の軽食や類似の和食コース料理を指すといった実利的な意味に変化している。

「懐石料理」と「会席料理」はしばしば混同されるが、まったく別のもので、料理を提供する目的も異なっている。懐石は茶事の一環であり、茶を喫する前に出される軽い食事で、酒も提供されるが、目的は茶をおいしく飲むための料理をいう。一方、会席料理は本膳料理や懐石をアレンジして発達したもので、酒を楽しむことに主眼があり、料理の提供手順も異なっている。もっとも異なるのは飯の出る順番で、懐石では飯と汁は最初に提供されるが、会席料理では飯と汁はコースの最後に出される。

茶事の懐石では、飯碗、汁碗、向付を乗せた折敷(おしき、脚のない膳)を亭主自ら運び、客に手渡す。客側から見て、膳の手前左に飯碗、手前右に汁碗、奥に向付が置かれ、手前に利休箸(両端が細くなった杉箸)を添える。箸置は用いず、箸は折敷の縁に乗せかけてある。

飯碗と汁碗は塗り物の蓋付き碗、向付は陶器製の皿を用いる。飯碗には炊きたての柔らかい飯を少量盛り、汁碗の味噌汁も具が頭を出す程度に控えめの量にする。向付は一汁三菜の1菜目に当たるもので、お造り(刺身)などを盛る。

飯は裏千家では一文字に形を整え、表千家ではふっくらと盛る。表千家流では、飯は一口程度を残し、後で出される湯漬けのためにとっておく。汁は全部吸い切り、向付は後ほど酒が出されてから手を付けるのがマナーとされている。

客が汁を飲み切った頃合に、亭主が銚子(または燗鍋)と盃台(客の人数分の盃が乗っている)を運び、客に酒を注ぐ。その際、盃(さかづき)のことを「猪口(ちょこ)」といい、酒を飲むための小さな器をいう。客はここで向付のさかなに手を付ける。酒は懐石の中で3回ほど出される。1献目の酒が出された後、一汁三菜の2菜目に当たる煮物碗が出される。煮物碗は飯碗や汁碗よりやや大きめの蓋付き碗を用いる。

煮物は懐石のメーンに相当する料理であり、しんじょ、ふ、湯葉、野菜などを色取りよく盛り、すまし汁仕立てにすることが多い。煮物の前か後に飯次(飯器)が出される。人数分の飯が入っており、客は各自の飯碗にお替りの飯を付ける。また、亭主から汁替えが勧められ、味噌汁のお替りが運ばれる。

焼物は一汁三菜の3菜目に当たる。煮物碗が客1人1人に配られるが、焼物は大きめの鉢に盛った料理(焼魚など)を取り回す。取り箸は青竹か白竹製で中節の取り箸を用いる。客は鉢からめいめいの食べる分を取り箸で取り分け、向付か煮物碗の蓋に取る。

焼物は重箱(引重)で出される場合もあり、その場合は重箱の下の段に焼物、上の段に香の物を入れる。このあたりで2度目の飯次が出され、2度目の汁替えも勧められるが、汁替えは客の方で断るのが通例となっている。また、煮物の後か焼物の後に亭主がふたたび銚子を持ち出し、2献目の酒が勧められる。酒は客同士が注ぎ合う。

現代の茶事では、一汁三菜に加え「預鉢(あずけばち)」(進め鉢とも)と称して、もう1品、炊き合わせなどの料理が出される。これも焼物と同様に、大きめの鉢に盛り合わせた料理を天節(止節、節が持ち手の端にあるもの)の取り箸で取り分ける。流派によっては「強肴(しいざかな)」と称する場合もある。その後、客(末客)は、空いた鉢、銚子、飯次などを給仕口の手前に返す。亭主は頃合いを見て、吸物椀を運ぶ。これは食事の最後に出される小さめの吸物で、「箸洗い」とか「すすぎ汁」とも称する。以後は盃事となる。吸物椀の蓋は後ほど酒のさかなを受けるために使用される。

八寸(約25センチ)四方の杉の素木の角盆(これを八寸という)に、酒のさかなとなる珍味を2品(3品もある)、品よく盛り合わせる。2品の場合は、1つが海の幸ならもう1品は山の幸というように、変化をつけるのがならわしである。亭主は正客の盃に酒を注ぎ、八寸に盛ったさかなを正客の吸物碗の蓋を器として取り分ける。

酒とさかなが末客まで行き渡ったところで、亭主は正客のところへ戻り、「お流れを」と言って自分も盃を所望する。その後は亭主と客が1つの盃で酒を注ぎ合い、亭主は正客の盃を拝借するのが通例で、正客は自分の盃を懐紙で清め、亭主はその盃を受け取り、そこに次客が酒を注ぐ。

その次は、同じ盃を次客に渡し、亭主が次客に酒を注ぎ、末客が亭主に、亭主が末客に酒を注ぎ合った後、亭主は正客に盃を返し、ふたたび酒を注ぐ。このように、盃が正客から亭主、亭主から次客、次客から亭主、と回ることから、これを「千鳥の盃」と称する。客が上戸の場合は、さらに「強肴(しいざかな)」と称される珍味が出される場合もある(強肴は「預け鉢」の前後に出される場合もあり、「預け鉢」そのものを「強肴」と称する流派もある)。

納盃した後、湯桶(湯斗、湯次)と香の物が出される。湯桶には湯と共に「湯の子」が入っている。湯の子は飯の「おこげ」が本来だが、炒り米などで代用することもある。添えられた湯の子すくい(柄杓)で湯の子を取って飯碗と汁碗に入れた後、両碗に湯を注ぎ、飯碗に少量残しておいた飯で湯漬けをする。最後は湯を全部飲み切り、器を懐紙で清めて亭主に返す。

食事の後に菓子が出される。菓子は縁高(ふちだか)と称する重箱に入っており、黒文字と称する木製の楊枝(ようじ)が添えられている。縁高は客の人数分重ねられ、1段に1個の菓子が入っている。正客は縁高の一番下の段を残し、残りを次客に送る(次客も同様にする)。菓子は懐紙に取り、黒文字を使って食する。

千利休時代までは主に漆器が用いられていたが、織部焼などの国産陶磁器の発達により、器が多彩になり、現在では懐石料理に用いる器は陶器、磁器、漆器、木器、ガラス器などがある。このうち飯碗と汁碗などは漆器を用いるのが通例とされている。

開場時間は9時30分から20時30分(最終日は17時)まで。