脚本に拘泥せず、即興感が魅力、パワー全開の新「燃えよデブゴン」(306)

【ケイシーの映画冗報=2021年1月7日】あけましておめでとうございます。本年も映画の話題をおとどけしますので、よろしくお願いいたします。

現在、一般公開中の「燃えよデブゴン TOKYO MISSION(東京ミッション)」((C)2020 MEGA-VISION PROJECT WORKSHOP LIMITED.ALL RIGHTS RESERVED.)。2時間かけて50キロ以上の「デブ」に変身した主人公の刑事を演じるドニー・イェン。

1970年代、日本だけでなく、世界中で“空手ブーム”が巻き起こりました。その一大源流となったのがアクション・スター“ブルース・リー(Bruce Lee、1940-1973)”です。成人後の主演作はわずか5本、しかも最大のヒット作「燃えよドラゴン」(Enter The Dragon、1973年)が公開されたとき、32歳で既にこの世から去っていたという、衝撃的な生涯も“ブルース・リー”という映画スターの大きな要素となっています。

こうした希有かつ不世出の存在であるブルース・リーとその別名“ドラゴン”は映画にかぎらず、多くのエンターメイメント作品の“素材”として活かされています。

本作「燃えよデブゴン TOKYO MISSION(東京ミッション)」(2020年)は原題も「Enter The Fat Dragon」であり、まさに「燃えよドラゴン」からの正当な派生作品といえるでしょう。

さらにはブルース・リーとの共演作品もあるポッチャリ体型ながら武術の達人であるサモ・ハン・キンポー(Samo Hung Kam-Bo)の出世作「燃えよデブゴン」(Enter The Fat Dragon、1978年)のタイトルをそのまま借りるというオマージュにもなっています。

香港で刑事として活躍するフクロン(演じるのはドニー・イェン=Donnie Yen)は、仕事に集中するあまり、捜査の第一線からはずされ、女優の婚約者ホーイ(演じるのはニキ・チョウ=Niki Chow)にも愛想を尽かされてしまいます。

6カ月後、体を動かさない閑職についたことと、ストレスによる大量の間食により、フクロンは体重120キロという、立派な体躯となっていました。

そんなフクロンに、かつて自分が関わった事件の参考人を日本へ護送するという仕事がもたらされます。久しぶりの刑事としての活動に張り切るフクロンでしたが、日本へ向かう機内でかつての恋人ホーイと偶然再会します。

彼女は日本での仕事のため、島倉(しまくら、演じるのは丞威=じょうい)という人物と一緒でした。日本で香港出身のシウサー(演じるのはウォン・ジン=Wong Jing)と出会い、島倉が日本のヤクザで、巨大な陰謀を計画していることを知ったフクロン。ついに夜の東京タワーで、島倉とフクロンは激突することになります。

本作の主演は、香港を拠点に世界で活躍するアクションの達人ドニー・イェンで、自身も監督作のある人物ですが、本作の監督は25年来の友人であるという日本人の谷垣健治(たにがき・けんじ)にまかせています。

谷垣監督によれば、もともと別のドニー・イェン作品に呼ばれたところ、その作品が止まってしまい、
「ドニーが苦し紛れに『そうだ、太った主人公はどうだ?』と言って、プロデューサーで今回出演もしているウォン・ジンが『それイイ!』とノったんです。で、ふたりは盛り上がって『監督は誰かいいかな?』『ケンジだ!』『よしそれでいこう!』って。」(「映画秘宝」2021年2月号)

このやりとりだけで映画が1本、動き始めてしまうとは、ちょっと信じがたいのですが、実際に完成しているのですから、本質的には事実なのでしょう。

谷垣監督曰く、
「バババババッて準備して、バババババッて撮影に入った」(2020年12月25日「読売新聞夕刊」)とのことなので、フットワークの軽さも傑出しています。

香港映画が他の映画産地と異なるスタイルに、「最初の脚本に拘泥しない」という部分があります。とにかく、撮影現場で「(主演するドニーが)1分、1秒でやりたいことが変わる」(前掲紙)や「脚本がないわけじゃないんですよ!ただないに等しい」(パンフレットより)という谷垣監督の言葉は、「脚本」を至上とするハリウッド系の映画システムとは異質なものといえます。

よくいえば臨機応変ですが、見方を変えれば「脚本、なにソレ?」ということもいえます。善くも悪くも、こうした即興感も香港映画の魅力でしょう。
「役者さんが『やりたい』と言ってきたら、僕は絶対『とりあえずやってみよう』と言います。やってみて変だったらそう言うだけの話で、だいたいうまくいくんですよ」(前掲紙)

それにしても50キロ以上の“増量”を2時間かかるという特殊メイクによってなしとげているドニー・イェンは、57歳という年齢をまったく感じさせないスピードと格闘技術を見せています。

30歳もはなれた島倉役である丞威との格闘シーンは、映画の撮影とはいえ凄まじく、香港映画のパワーを実感させられ、勇気づけられました。なにしろ、自分もドニー・イェンにちかい年齢ですので。次回は「スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。

大丸松坂屋画廊で沼田月光展、画面の中に「神使」の動物

【銀座新聞ニュース=2021年1月6日】国内百貨店業界2位の流通グループ、J.フロントリテイリング(中央区八重洲2-1-1)傘下の大丸松坂屋百貨店(江東区木場2-18-11)が運営するアートギャラリー「Artglorieux GALLERY OF TOKYO」(中央区銀座6-10-1、GINZA SIX、03-3572-8886)は1月7日から13日まで「神使の休日 沼田月光展」を開く。

大丸松坂屋百貨店の「アールグロリュー ギャラリーオブトーキョー(Artglorieux GALLERY OF TOKYO)」で1月7日から13日まで開かれる「神使の休日 沼田月光展」に出品される「最後の楽園」。

日本画の空間構成の影響を受け、画面の中に動物たちの生き生きとした姿を描いている沼田月光(ぬまた・げっこう)さんが「毎日、人間の頼み事やお願い事を聞いている神使(しんし)たちが、たまにある休日をどのように過ごしているのか・・・、そんな想像を巡らしながら、画面にストーリーを込めた」作品を展示する。

ウイキペディアによると、「神使」とは、神道において神の使者(使い)もしくは神の眷族(けんぞく、親族のこと)で神意を代行して現世と接触する者と考えられる特定の動物のことで、その対象になった動物は哺乳類から、鳥類・爬虫類、想像上の生物まで幅広い。

特定の動物が神の意志を伝えるという説話は日本神話の中にも見られ、「日本書紀」の景行天皇(けいこう・てんのう、第12代天皇、在位は71-130)記には、伊吹山の荒神(あらぶるかみ)が大蛇に化身して日本武尊(やまとたけるのみこと、生没年不詳)の前に現れたのを、尊は「大蛇は荒神の使いだろう」と言ったという記述がある。

「紀」の皇極天皇(こうぎょく・てんのう、第35代天皇及び第37代天皇、594-661)記には、姿は見えないが猿の鳴き声がしたため、人々が「伊勢大神の使」として、その声で吉凶を判じたという記述がある。また崇神天皇(すじん・てんのう、第10代天皇、BC148-BC30)記では、大物主神自身が蛇の姿で妻問いに訪れるくだりがある[1]。

平安中期成立の「扶桑略記」の記述として、伊勢神宮の近辺で白専女(しらとうめ)=白狐を射殺したが配流になったとあり、古代では霊狐信仰があったとみられる。

時代が下ると、神使とされる動物は、その神の神話における記述や神社の縁起に基づいて固定化されるようになり、その神社の境内で飼育されるようにもなった。さらには、稲荷神社の狐のように、本来は神使であるものが祀られるようにもなった。これは、神とは無関係に、その動物自体が何らかの霊的な存在と見られていたものと考えられる。

沼田月光さんは1968年埼玉県戸田市生まれ、1993年に「ABSOLUTART(アブソルートアート)’93」で入選(1994年に佳作)、1994年に「JACA’94日本視覚芸術展」で入選(1997年に入選)、1996年に「第5回アーバンアート(URBANART#5)」でリキエコス賞、1997年に「第4回アーチ大賞展」で入選、2000年に「第2回雪梁舎美術館賞展」で入選、2003年に「トーキョーワンダーサイトO号展」で入選した。

2004年に「西脇市サムホール大賞展」で入選、2006年にイタリアのニューヨークCooギャラリー企画展に参加、2008年にオーストラリア・メルボルンフリンジフェスティバルに参加、2008年に「タグボート・アワード」で入選(2009年入選)、2010年にスイスのジュネーブアートに出品している。

2012年にマンダリンオリエンタル香港アートフェアに出品、スペイン・バルセロナのスペインSwabアートフェアに参加、アート台北2012に参加、2013年に香港の「アジアコンテンポラリーアートショー」に出品、2015年にシンガポールの「手ごろな価格のアートフェア」に出品、2016年にインドネシア・ジャカルタの「バザール・アート・ジャカルタ(BAZAAR ART JAKARTA)」などに出品している。

開場時間は10時30分から20時30分(最終日は18時)まで。入場は無料。

丸善丸の内で伊藤恵美子「象眼装飾」展、肥後象眼とダマスキナード融合

【銀座新聞ニュース=2021年1月6日】大手書籍販売グループの丸善CHIホールディングス(新宿区市谷左内町31-2)傘下の丸善ジュンク堂書店(中央区日本橋2-3-10)が運営する丸善・丸の内本店(千代田区丸の内1-6-4、丸の内オアゾ内、03-5288-8881)は1月6日から12日まで4階イベントスペースで「DAMASQUINADOR-象眼師 伊藤恵美子展」を開く。

丸善・丸の内本店で1月6日から12日まで開かれる「DAMASQUINADOR(ダマスキナドール)-象眼師 伊藤恵美子展」に出品される作品。

「象眼師(そうがんし)」で、日本の「侘び寂び」の世界に、スペインの華やかな装飾美を融合させた「ダマスキナドール(DAMASQUINADOR、スペイン象眼師)」の伊藤恵美子さんは、刀の鍔(鐔、つば)などに施されていた伝統技法「肥後象眼(ひがぞうがん)」と甲冑やサーベルなどに施されるスペインの装飾技法「ダマスキナード(DAMASQUINAD)」を融合した作品を制作している。

とくに、鉄に24K、18K、シルバーを埋め込み、「命をかけて命を守る道具に装飾されていた技術」を使い装飾品を作っており、それらの作品を展示する。

「工芸ジャパン」によると、「肥後象眼」とは、熊本県熊本市で作られている金工品で、かつては銃身(じゅうしん)や刀鍔(かたなつば)などに施される装飾として発展し、今では装身具やインテリアなどの装飾品としてその技術が受け継がれている。

肥後象眼の特徴は、武家文化を反映した「重厚感」と「上品な美しさ」で、深い黒地に金銀の意匠が映える象眼の美しさは品格を漂わせているという。

肥後象眼には「布目(ぬのめ)象眼」と「彫り込み象眼」などの技法があり、現在行われているのはほとんどが布目象眼としている。

布目象眼は地金として使用する鉄の表面に細い切れ目(布目)を入れ、そうした溝に金銀の金属を打ち込んでいく技法でつくる。

肥後象眼では地金に塗料などを使わず、錆色(さびいろ)だけで深い黒色に仕上げることで地金の美しさを引き出すことや、金銀の厚み、縦・横・斜めの4方向から切る布目の切り方、肥後独自に受け継がれる文様などにより特徴である「重厚感」や「上品な美しさ」を表現している。

肥後象眼の始祖は江戸時代初頭の鉄砲鍛冶(てっぽうかじ)である林又七(はやし・またしち、1613?-1699?)とされ、林又七は元々、加藤清正(かとう・きよまさ、1562-1611)の加藤家に仕えた。1632(寛永9)年に加藤家改易の後、変わって肥後藩主となった細川忠利(ほそかわ・ただとし、1586-1641)に仕職した。

林又七は京都で布目象眼の技術を習得すると銃身に九曜紋や桜紋などの象眼を施すようになりま、その後も林又七によって施された象眼の優れた技術は数々の名品を生み、肥後象眼として受け継がれた。

肥後象眼が発展した背景には細川忠利の父である細川忠興(ほそかわ・ただおき、1563-1646)の存在もあった。風雅を好む細川忠興は鍛冶である平田彦三(ひらた・ひこぞう、?-1626)ら名匠をお抱え工とし、刀剣金具制作などの金工技術を競わせた。

このため肥後象眼は細川家の庇護を受け、武家社会の隆盛と共に洗練された技術として発展した。特に幕末には林又七の再来と呼ばれる名人、神吉楽寿(かみよし・らくじゅ、1817-1884)が出現し、肥後象眼は不動の地位を築いた。

その後、明治維新によって廃刀令(1876年3月の帯刀禁止令)が発布されると、刀剣金具の需要が無くなり、肥後象眼も衰退してしまう。しかしながら、装身具や茶道具などに技術の転用を図ることで再び活路を見出し、その伝統の技術は現在に受け継がれている。

伊藤恵美子さんは1981年熊本県生まれ、2003年に熊本県伝統工芸館にて、伝統工芸後継者育成事業(肥後象眼)で白木光虎(しらき・みつとら)さんに師事し、2007年に「くらしの工芸展」で入賞、熊本伝統工芸協会賞を受賞(2009年に熊本県賞)、2009年に九州電力若手工芸家国内外派遣制度により技術、デザイン習得のためスペイン・トレドに留学した。

同年に日本で個展を開き、12月にスペインに再留学、2011年に「伝統工芸日本金工展」で新人賞、「西部伝統工芸展」で鶴屋百貨店賞、2012年に重要無形文化財「銅鑼」伝承者育成研修会に参加、2014年にニューヨークのアレーズネイルコンペでスポンサー賞、現在、日本工芸会研究会員。

開場時間は9時から21時(最終日は17時)まで。

丸善日本橋で、東山魁夷版画展、初期から晩年の作品まで

【銀座新聞ニュース=2021年1月5日】大手書籍販売グループの丸善CHIホールディングス(新宿区市谷左内町31-2)傘下の丸善ジュンク堂書店(中央区日本橋2-3-10)が運営する丸善・日本橋店(中央区日本橋2-3-10、03-6214-2001)は1月7日から19日まで3階ギャラリーで「版画における東山魁夷の全貌展 東山魁夷版画展」を開く。

丸善・日本橋店で1月7日から19日まで開かれる「版画における東山魁夷の全貌展 東山魁夷版画展」に出品される「花明り」(木版画、1978年)。

丸善・日本橋店で毎年新年2回目に開く恒例の展示会で、日本の風景画家で「国民的画家」として知られる東山魁夷(ひがしやま・かいい、1908-1999)の初期の作品から晩年の作品まで展示販売する。

ウイキペディアなどによると、東山魁夷は1908年神奈川県横浜市生まれ、1931年に東京美術学校(現東京芸術大学)を卒業、1933年に東京美術学校研究科を修了し、在学中の1929年に「第10回帝展」に「山国の秋」を出品し、入選、同年8月に「第1回日独文化交換学生」に選ばれ、1933年にドイツ・ベルリン大学哲学科に留学、美術史を学んだ。

1935年に父親の病気により途中で帰国し、1937年に初個展を開催、1939年に日本画院第1回展に「冬日(3部作)」を出品し、日本画院賞第1席を受賞、1940年に結婚した。 1947年に「第3回日展」に「残照」を出品し、特選を受賞、1956年「第11回日展」に「光昏」を出品、日本芸術院賞を受賞した。1965年に日本芸術院会員、1968年に皇居新宮殿壁画「朝明けの潮」を完成、1969年に文化勲章を受賞した。

1974年に日展理事長、 1975年に唐招提寺御影堂の第1期障壁画「山雲」、「涛声」が完成、1976年にドイツ連邦共和国(旧西ドイツ)功労大十字勲章を受賞、1986年に作者所蔵の自作品を一括して長野県に寄贈、1998年に長野オリンピック開催に合わせて個展を開催、1999年に東京で死去した。

開場時間は9時30分から20時30分(最終日は17時)まで。入場は無料。

中央の百貨店12月、全5店とも2カ月連続で減少、コロナ感染再拡大で

【銀座新聞ニュース=2021年1月5日】中央区とその周辺の主要百貨店の2020年12月売上高(速報値、店頭ベース)は、日本橋三越、日本橋高島屋、大丸東京店、銀座三越、松屋銀座店の5店ともマイナスだった。5店舗とも減少するのは11月に続いて2カ月連続となる。

12月の売上高で減少幅が5.1%減と縮小している日本橋高島屋。

12月は、各店とも新型コロナウイルス感染拡大の影響により入店客数が伸び悩んだことで前年売上高を下回ったが、「11月売上よりプラスに推移した」(三越伊勢丹ホールディングス)ところも出ている。また、日本橋三越と日本橋高島屋の日本橋2店は10%以下のマイナスと減少幅が縮小している。

さらに、各社とも「巣ごもり需要の高まり」(J.フロントリテーリング)から広域配送可能な冷凍のクリスマスケーキやおせち、歳暮ギフトの受注が伸長しており、三越伊勢丹ホールディングスではオンライン売上高が前年比約1.5倍としている。

三越伊勢丹ホールディングスの日本橋三越(中央区日本橋室町1-4-1、03-3241-3311)は前年同月比8.4%減(11月速報値10.0%減、確定値9.0%減、小型店舗と恵比寿三越、ソリューション統括部を含む、確定値ベースでの店舗別売上額は2019年5月から未公表)と店頭ベースでは2カ月続けて前年を下回った。

一方、銀座三越(中央区銀座4-6-16、03-3562-1111)は同29.6%減(同速報値31.7%減、確定値31.7%減、但し空港型免税店の売り上げを除く)と11カ月続けてマイナスとなった。

三越伊勢丹ホールディングスでは、国内百貨店(既存店計)の売上は、新型コロナウイルス感染拡大の影響により入店客数が伸び悩んだことで前年売上を下回ったが、11月売上よりプラスに推移した。

同じく8.4%減とマイナス幅が縮小している日本橋三越。

伊勢丹新宿本店と三越日本橋本店では、 日本人顧客による季節を問わず使用できる付加価値のある高額品への関心は引き続き高く、ラグジュアリーブランドのハンドバック、靴、財布や宝飾、時計が好調だった。

また、旅行や外出の機会が減ったことを受け、クリスマスギフトや自分へのごほうびとして例年より”少しいいもの”を購入する傾向が見られた。さらに、オンライン売上高は、特におせちやセール特集の反響が大きく、前年比約1.5倍と伸長した。しかし、訪日外国人観光客売上高(インバウンド、免税売上高)は、引き続き低調に推移している。

日本橋高島屋(中央区日本橋2-4-1、03-3211-4111)は同5.1%減(同速報値7.5%減、確定値7.4%減)と2カ月続けてマイナスとなった。

訪日外国人観光客売上高の大幅な減少が継続していることに加え、新型コロナウイルスの感染再拡大に伴い、外出を控える傾向が高まった影響などにより、前年を下回ったとしている。

訪日外国人観光客売上高は前年比87.6%減、訪日外国人観光客売上高を除いた店頭売上高は同8.9%減(既存店計7.1%減)となった。2018年12月比では、店頭売上高は17.4%減(既存店計15.8%減)、訪日外国人観光客売上高を除いた店頭売上高は12.9%減(同11.2%減)だった。

商品別売上高(15店舗ベース)では、特選衣料雑貨、美術などが前年実績を上回ったが、一方で、紳士服、紳士雑貨、婦人服、婦人雑貨、宝飾品、リビング、食料品などは前年を下回った。また、おせちとクリスマスケーキは期間累計で前年を大きく上回ったとしている。

J.フロントリテーリングの大丸東京店(千代田区丸の内1-9-1、03-3212-8011)は同32.7%減(同速報値40.7%減、確定40.3%減)と昨年10月の消費税増税以降、15カ月続けて前年を下回った。

全体の商品別では、ラグジュアリーブランドや美術が前年実績を上回ったほか、宝飾や住文化用品が相対的に堅調だった。また、巣ごもり需要の高まりから広域配送可能な冷凍のクリスマスケーキやおせちの受注が伸長し、歳暮ギフトにおいては、海産物や鍋惣菜などの越年食材や、自宅用グルメカタログの受注が好調だったとしている。

大丸松坂屋百貨店合計の訪日外国人観光客売上高(速報値)は前年比94.5%減(客数同99.3%減、客単価同643.8%増)だった。また、訪日外国人観光客売上高を除いた大丸松坂屋百貨店合計の国内売上高は11.4%減だった。

J.フロントリテーリングでは2017年4月から「不動産事業」を独立させて、確定ベースで伸び率を公表しており(速報値ベースは未公表)、11月の「ギンザ シックス(GINZA SIX)」や「上野フロンティアタワー」などの家賃収入は同1.4%減だった。不動産事業がマイナスとなるのは、9カ月連続となる。

松屋銀座店(中央区銀座3-6-1、03-3567-1211)は同27.8%減(同速報値28.6%減、確定28.6%減、4月は5月の確定値段階で91.4%減と公表)と11カ月続けてマイナスとなった。

銀座店は、年始初商の密を回避するため、年末より福袋、クリアランスセールを展開、また、「イエナカ消費」と「巣ごもり需要」が一層加速し、リビング関連やクリスマス商戦における食品部門が活況を呈した。

ラグジュアリーブランドも大幅な伸び(訪日外国人観光客売上高を除いた国内客の売上高は、前年に対して2割増)を示したが、国産アパレルを軸とした衣料品の不調、新型コロナウイルス感染症の再拡大と「Go To トラベルキャンペーン」の一時停止も要因となり、入店客数が減少し(前年に対して約3割減)、訪日外国人観光客売上高の消失も加わり、12月の売上高は減少した。

日本百貨店協会(中央区日本橋2-1-10、03-3272-1666)によると、国内73社196店舗(総従業員6万0089人)の11月売上高(店舗調整後)は前年同月比14.3%減の4178億7420万円で、14カ月続けてのマイナスとなった。

11月は、消費増税の反動要因があった10月(1.7%減)から水準を下げた。月の前半まで回復基調にあったが、中旬から新型コロナ感染症が再度拡大し、高齢層を中心に外出自粛気運が高まったことで、大きな影響を受けた。一方で、時計、宝飾品やラグジュアリーブランドなど高額商材は引き続き好調に推移したという。

顧客別では、国内市場は10.0%減(2カ月ぶり、シェア99.3%)、訪日外国人観光客売上高は入国規制の影響から89.3%減(27.9億円、10カ月連続、シェア0.7%)と低水準のまま推移している。

地区別では、大都市(10都市、15.9%減)、地方(10都市以外の地区、10.2%減)共に不調で、大都市と地方の伸び率格差は5.7ポイントまで縮小した。特に、月初から感染症再拡大の影響を受けた札幌(33.3%減)がマイナスが大きかった。

商品別では、美術、宝飾、貴金属が前年10月の消費増税による影響(12.3%減)の反動もあって、ふた桁増(12.0%増、2カ月連続)と高い伸びを示した。食料品もイエナカ需要、絆消費の盛上りで、クリスマスケーキやおせち、歳暮が好調に推移している。

各社注力しているEC売り上げも引き続き伸長し、シェアを徐々に高めているという。また、衣料品は高気温による冬物需要の減退に加え、国内アパレルのブランド改廃や販路集約の影響もあって苦戦が続いている。コロナ禍での年末・年始商戦を控え、各店では福袋の事前予約やネット対応、クリアランスセールの会期拡大など、混雑緩和(三密回避)を軸とした感染予防に配慮して、需要動向や買物行動の変化に適合した新施策を展開している。

全国の百貨店の11月の営業日数は前年と同じ29.9日、106店舗の回答によると、入店客は2店が増え、97店が減ったとし、81店舗の回答によると11月の歳時記(歳暮、七五三)の売り上げについては4店が増え、59店が減ったとしている。

東京地区(12社25店)の11月の売上高(店舗調整後)は同17.8%減の1169億0362万円と14カ月続けてのマイナスとなった。

国内89店舗の訪日外国人観光客需要の11月の売上高は同89.3%減の約27億9000万円と10カ月続けてマイナスとなり、国内の百貨店に占めるシェアが0.7%としている。

このうち、一般物品売上高は同89.2%減の約15億9000万円で、10カ月続けて前年を下回った。化粧品や食料品などの消耗品売上高が同89.5%減の約12億円、購買客数が同98.2%減の約7000人と10カ月続けてマイナスとなり、1人あたりの購買単価が同495.4%増の38万円で、12カ月続けて前年を上回った。

人気のあった商品は1位が化粧品(2018年1月から2020年10月まで1位)、2位にハイエンドブランド(2018年1月から2019年4月まで2位、5月3位、6月から2020年10月まで2位)で18カ月連続で2位、3位が婦人服飾雑貨(2018年1月3位、2月4位、3月3位、4月5位、5月3位、6月から2019年7月まで4位、8月3位、9月から2020年5月まで4位、6月から10月3位)で、6カ月続けて3位だった。

4位が食料品(3月、4月は6位以下、5月4位、6月6位以下、7月と8月4位、9月3位、10月4位)で、2カ月連続だった。5位が家庭用品だった。

免税手続きカウンターの来店国別順位は1位が中国本土(2018年1月から2020年10月まで1位)、2位は台湾(2018年1月と2月3位、3月4位、4月3位、5月から2019年1月4位、2月3位、3月から6月4位、7月3位、8月4位、9月から11月2位、12月と2020年1月3位、2月2位、3月4位、4月3位、5月から10月2位)で、7カ月連続だった。

3位は香港(2018年1月と2月3位、3月4位、4月3位、5月から1月4位、2月3位、3月から6月4位、7月3位、8月4位、9月から11月2位、12月と1月2位、2月3位、3月2位、4月、5月4位、6月5位、7月3位、8月から10月5位)が7月以来、4カ月ぶりに3位に上がった。

4位は韓国(2018年1月4位、2月から6月2位、7月3位、8月から10月2位、11月から2019年1月まで3位、2月から6月2位、7月4位、8月2位、9月から2月まで4位、3月3位、4月2位、5月3位、6月3位、7月と8月4位、9月6位、10月3位)で、ワンランク下げて、8月以来3カ月ぶりの4位だった。

5位はタイ(2018年1月から10月5位、11月と12月6位、2019年1月から8月5位、9月6位、10月から2月まで5位、3月7位、4月から7月6位、8月7位、9月4位、10月6位)で、前月の6位からワンランク上がった。

6位はマレーシア(2018年1月から2020年2月まで7位、3月に6位、4月、5月5位、6月と7月4位、8月と9月3位、10月7位)でひとつ上げた。7位はシンガポール(2018年1月から10月6位、11月と12月5位、2019年1月から8月6位、9月5位、10月から2月まで6位、3月5位、4月から7月7位、8月6位、9月7位、10月4位)で、2カ月ぶりに順位を下げた。