弥栄画廊で加納典明が「四谷シモン」展

【銀座新聞ニュース=2019年11月29日】弥栄画廊銀座店(中央区銀座7-10-8、第五太陽ビル、03-6263-9707)は12月1日から15日まで加納典明さんと四谷シモンさんによる「TENMEI×SIMON」を開く。

弥栄画廊銀座店で12月1日から15日まで開かれる加納典明さんと四谷シモンさんによる「テンメウ(TENMEI)×シモン(SIMON)」に展示される作品。

写真家・加納典明(かのう・てんめい)さんが人形作家、俳優で、人形学校「エコール・ド・シモン」を主宰する四谷シモン(よつや・しもん)さんを被写体とし、撮影した作品を展示する。

1960年代から交流のあった2人は、1972年の「10人の写真家による被写体四谷シモン展」で共作を発表しており、今回、展示される約15点の作品は、40年以上ぶりとなる2016年に企画・撮影された。

弥栄(やさか)画廊によると、「72歳になった四谷シモンは、クールで端正な素顔を見せたかと思うと、一転、状況劇場に出演した当時の衣装とメイクに身を包んだ妖艶な姿も披露します。対象にぶつかるようにエネルギーの強い写真を撮影する加納典明が、その姿を独特の雰囲気を持つ写真作品に表現」したとしている。

加納典明さんは1942年愛知県名古屋市生まれ、名古屋市立工芸高校印刷科を卒業、1962年に東京に来て、独立してフリーの写真家として広告業界を主な活動の場とする。1969年に平凡出版社の「平凡パンチ」ニューヨーク特集を担当し、個展を開き、注目される。以降、写真家としての活動以外にも映画やテレビに出演するようになり、一時期、畑正憲(はた・まさのり、1935年生まれ)さんの「ムツゴロウ動物王国」へ移住していたこともある。

1993年に「月刊ザ・テンメイ(THE TENMEI)」を創刊、1994年に発売した写真集「きクぜ」で一連の過激なヌード作品で物議を醸し、1995年にわいせつ物に当たるとして逮捕されている。その後も、多くの芸能人の写真を雑誌に発表し、2013年に台湾で個展を開いている。2014年には鈴鹿8時間耐久ロードレース「チーム・テンメイ(TEAM TENMEI)桜プロジェクト」チームの監督に就任している。

四谷シモンさんは1944年東京都生まれ、少年の頃より人形を制作し、中学卒業後もアルバイトをしながら人形制作を続け、17歳の時に新宿のジャズ喫茶に出入りし、アメリカのジャズ歌手のニーナ・シモン(Nina Simone、1933-2003)が好きだったことから「シモン」の渾名が付いた。

1967年5月に唐十郎(から・じゅうろう、1940年生まれ)さんの状況劇場の芝居「ジョン・シルバー新宿恋しや夜鳴編」に女形として出演、その後、渋谷東急本店開店キャンペーンのためにディスプレイ用人形を作り、「前衛マネキン」として雑誌に紹介された。1968年から1971年まで状況劇場の役者として活動した。1970年に大阪万国博覧会の「せんい館」のために「ルネ・マグリットの男」を制作した。

1972年2月に新宿の紀伊国屋画廊で「10人の写真家による被写体四谷シモン展」が開かれ、会場の中央にはガラスケースに入った人形「ドイツの少年」が飾られ、この作品が人形作家として本格的に活動する転換点となった。1978年に人形学校「エコール・ド・シモン」を開校、1981年2月、紀伊国屋画廊で「第1回エコール・ド・シモン展」を開催し、以来、展覧会はほぼ毎年恒例になっている。

1984年に状況劇場の芝居に出演し、1985年にはNHK大河ドラマ「春の波涛」にレギュラー出演し、いくつかのドラマにも出演した。2000年から2001年にかけて、大分市美術館を皮切りに、全国5カ所の美術館で大規模な個展を開いた。2004年より、主要作品を「四谷シモン人形館」(香川県坂出市、鎌田醤油内)に常設展示されている。

開場時間は 11時から18時30分。入場は無料。月・火曜日は休み。

「ルパン三世」栗田貫一、小林清志ら初日挨拶

【銀座新聞ニュース=2019年11月29日】阪急阪神東宝グループで、国内映画業界首位の東宝(千代田区有楽町1-2-2、03-3591-1221)は12月6日からTOHOシネマズ日比谷(千代田区有楽町1-1-3、東京ミッドタウン日比谷、050-6868-5068)で一般公開する「ルパン三世 THE FIRST」の初日に、栗田貫一さん、小林清志さんらによる舞台あいさつを開く。

12月6日から一般公開される「ルパン三世 ザ・ファースト(THE FIRST)」((C)モンキー・パンチ/2019映画「ルパン三世」製作委員会)。

6日12時35分の上映終了後に、監督で脚本も手がけた山崎貴(やまざき・たかし)さんをはじめ、アニメの声優を務めた、主人公の怪盗「ルパン三世」役の栗田貫一(くりた・かんいち)さん、ルパンの相棒で、拳銃の名手「次元大介」役の小林清志(こばやし・きよし)さん、ルパン一味の1人で、剣客「石川五ェ門」役の浪川大輔(なみかわ・だいすけ)さん。

インターポール所属のルパン三世専任捜査官「銭形警部」役の山寺宏一(やまでら・こういち)さん、考古学に興味があり、ブレッソンダイアリーの謎をルパンと一緒に解き明かす少女「レティシア」役の広瀬(ひろせ)すずさん、ブレッソンダイアリーを狙う秘密組織の研究者「ランベール」役の吉田鋼太郎(よしだ・こうたろう)さん、ランベールに指示を出す謎の男「ゲラルト」役の藤原竜也(ふじわら・たつや)さんが舞台に登場してあいさつする。

「ルパン三世」はマンガ家のモンキー・パンチ(もんきー・ぱんち、1937-2011)が1967年から1969年まで「漫画アクション」(双葉社)で連載されてきたマンガ(全94話)で、1971年から日本テレビ系列でテレビアニメの放送(テレビ第1シリーズ)がはじまり、視聴率が低かったが、放映料が安かったこともあり、再放送が繰り返され、1977年に「ルパン三世 (テレビ第2シリーズ)」が製作された。

この第2シリーズが高評価であったことや、第1シリーズが再放送で評価が高まったことから、現在までに及ぶルパン三世のキャラクターと人気が確立した。1978年にはシリーズ初の劇場版「ルパン三世 ルパンVS複製人間」が上映され、1979年には宮崎駿(みやざき・はやお)さんが監督した「ルパン三世 カリオストロの城」が公開されている。

「ルパン三世 ザ・ファースト(THE FIRST)」はアニメ「ルパン三世」の劇場版第10作で、VFXの第一人者、山崎貴さんがシリーズ初となる3DCGアニメで23年ぶりとなる劇場版を制作した。サブタイトルの「ザ・ファースト(THE FIRST)」には、劇中に登場するブレッソンダイアリーが、祖父のルパン1世が唯一盗み出すことに失敗した因縁のお宝であり、新たにシリーズ初となる3DCGアニメで描かれた新時代突入の記念すべき第1作であるとしている。

物語は20世紀最高の考古学者ブレッソンが遺した最大の謎・ブレッソンダイアリー、その謎を解き明かした者は莫大な富を手に入れることができるとされ、第2次世界大戦時にはナチスもその行方を追い求めたという宝ものだが、ルパンの祖父であるルパン一世でさえ盗み出すことに失敗した、史上最高難度の秘宝を手に入れるべく奔走するルパンたちだったが。

ウイキペディアなどによると、山崎貴さんは1964年長野県松本市生まれ、阿佐ヶ谷美術専門学校を卒業、1986年に「白組」に入社、伊丹十三(いたみ・じゅうぞう、1933-1997)が監督した作品「大病人」や「静かな生活」などでSFXやデジタル合成を担当、2000年に「ジュブナイル」で映画監督としてデビューし、2003年にゲーム「鬼武者3」のオープニングムービーの監督も務めた。

2005年に「オールウェイズ 三丁目の夕日」を監督し、日本アカデミー賞最優秀監督賞など12部門で最優秀賞を受賞、2012年に「オールウェイズ(ALWAYS)三丁目の夕日’64オールウェイズ(Always)-サンセット・オン・サード・ストリート(Sunset on Third Street)1964」、2013年に「永遠の0」、2016年に「海賊とよばれた男」などを監督している。2017年12月に「東京2020 開会式・閉会式 4式典総合プランニングチーム」の一員に選ばれた。2012年4月に専門学校時代からの仲間で、映画監督の佐藤嗣麻子(さとう・しまこ)さんと結婚している。

チケットはチトッケぴあを通じて先行抽選を受け付け中で、12月2日11時締め切り。料金は一般2100円、大学生、専門学生1700円、高校生、3歳から中学生まで、障がい者1200円、シニア1400円。

編集注:「山崎貴」の「崎」は正しくは右側の「大」は「立」です。

永谷商事、神田すずと吉良邸跡、勝海舟生誕地、回向院などを歩く

【銀座新聞ニュース=2019年11月28日】不動産会社で、都心で寄席を経営する永谷商事(武蔵野市吉祥寺本町1-20-1、0422-21-1796)が運営する「お江戸日本橋亭」(中央区日本橋本町3-1-6、日本橋永谷ビル1階、03-3245-1278)は12月2日に神田すずさんによる「講談師と歩く歴史と文化の散歩ラリー」を開く。

12月2日に開かれる「講談師と歩く歴史と文化の散歩ラリー」で、「忠臣蔵 吉良邸討ち入りコース」を案内する神田すずさん。

永谷商事が毎月1回から2回程度、定期的に開いている「講釈師と一緒に歩く歴史と文化の散歩ラリー」シリーズのひとつで、講談師が名所旧跡などを解説しながら一緒に歩いて回る企画で、その後、お江戸日本橋亭で寄席を鑑賞する。

今回は「忠臣蔵 吉良邸討ち入りコース」と題して、二ツ目の講談師、神田(かんだ)すずさんと一緒に「旧安田庭園」(墨田区横網1-12-1)、「東京都立横綱町公園」(墨田区横網2-3-25、03-3622-1208)・「吉良邸跡(本所松坂町公園)」(墨田区両国3-13-29)、「勝海舟(かつ・かいしゅう、1823-1899)生誕の地(両国公園内)」(墨田区両国4-25-3、03-5608-6291)と吉良邸の周囲を歩く。

その後、「絵島杉山神社」(墨田区千歳1-8-2、03-3634-1055)、「本所回向院(ほんじょえこういん)」(墨田区両国2-8-10、03-3634-7776)を回って、お江戸日本橋亭に移り、昼食後、寄席を観賞する。

「旧安田庭園」は江戸時代に本庄松平氏(常陸笠間藩、のち丹後宮津藩)の下屋敷で、元禄年間(1688年から1703年)にもと常陸国笠間藩主本庄因幡守宗資(ほんじょう・いなばのかみ・むねすけ、1629頃-1699)により築造されたと伝えられている。

かつては隅田川の水を引いた汐入回遊式庭園として整備され、明治以降は旧備前岡山藩主池田章政(いけだ・あきまさ、1836-1903)の邸宅となり、次いで安田善次郎(やすだ・ぜんじろう、1838-1921)の所有となり、1922年に東京市に寄贈された。

1923年の関東大震災によりほとんど旧態を失い、東京市により復元され、1927年に庭園として開園し、1967年に東京都から墨田区に移管され、現在は墨田区が管理し、全面的に改修され、ポンプにて人工的に潮入が再現されている。

横綱町公園は元々、陸軍被服廠があったところで、1922年に赤羽(現在の東京都北区)に移転した後に、東京市が買収し、公園として整備した。工事は1923年7月から始まったが、9月1日に関東大震災がおき、直後、周辺の下町一帯から多くの人が、造成中の公園を避難場所とみなして集まった。

しかし、16時ごろに地震で発生した火災による熱風が人々を襲い、避難の際に持ち出した家財道具に火が移り、巨大な火災旋風が発生し、人、荷物、馬車までも巻き上げ、炎の中に飲み込んでいった。結果、公園に避難した人だけで3万8000人が犠牲になったという。

震災後、その3万8000人の遺体はその場で火葬され、その場に急遽作られた仮設の慰霊堂に収容された。やがて東京の復興が進む中、公園に関東大震災による遭難死者約5万8000人の遺骨を納める納骨堂(三重塔)や慰霊堂が建てられ、1930年に完成し、1930年9月1日に公園も開園した。1931年に公園内に関東大震災の惨劇とそこからの復興を後世に伝えるため、復興記念館が完成した。

1945年3月10日の東京大空襲で多くの犠牲者が出たため、戦争による身元不明の遺骨などを、公園内の納骨堂を拡張して「震災記念堂」に合祀され、1951年に「東京都慰霊堂」と改称された。

他に関東大震災の際に、朝鮮系の住民が震災に乗じて略奪や襲撃を起こしているという情報が流れたため、一部の朝鮮人(朝鮮人と間違えられた日本人も)が混乱下の避難民により殺害され、それを追悼する石碑や、東京空襲犠牲者を追悼し平和を祈念する碑などがある。

公園の面積は1万9579平方メートルで、東京都慰霊堂、東京都復興記念館、関東大震災朝鮮人犠牲者追悼碑、東京空襲犠牲者を追悼し平和を祈念する碑、震災遭難児童弔魂群像などがある。

「吉良邸跡(本所松坂町公園)」は播州赤穂(現兵庫県赤穂市)藩主の浅野内匠頭長矩(あさの・たくみのかみ・ながのり、1667-1701)が、吉良上野介義央(きら・こうずのすけ・よしひさ、1641-1703)に対して殿中刃傷事件を起こした後の1701年9月3日に当地を拝領して建設された吉良家の上屋敷で、広さは坪数2550坪(約8415平方メートル)もあった。

1703年の赤穂浪士による仇討ち事件の後、江戸幕府により没収されてしまい、吉良家の上屋敷だったのはわずか1年半程度だった。

両国3丁目町会有志会が発起人となって、邸内のいわゆる「吉良の首洗い井戸」を中心に土地を購入し、1934年3月に東京市に寄付し、1935年に公園とされ、1950年9月に墨田区へ移管された。公園の周囲にある高家を表すなまこ壁の、長屋門を模した高さ2メートルのコンクリート壁と門が当時の模様を偲ばせている。

本所松坂町公園は約98平方メートル(29.5坪)の敷地に稲荷社や井戸、桜の木などがある。毎年12月14日義士討入りの日に、地元義士会によって義士祭が、午後には吉良祭が行われている。

勝海舟生誕の地は勝海舟が1823年1月30日に父の勝子吉(かつ・こきち、1802-1850)方の実家、男谷家(おたにけ)で生まれた場所で、幼名および通称は麟太郎(りんたろう)、あざなは義邦(よしくに)と名付けられた。

青年期まで墨田の地で過ごし、学問や剣術の修行に励んだ。現在、生誕地である男谷家跡は、両国公園となっており、園内には生誕地碑が建てられている。両国公園は1927年に関東大震災の復興小学校として建設された両国小学校と一緒に建てられた公園(当時は江東公園)だ。

江島杉山神社は盲目の鍼灸師、杉山和一検校(すぎやま・わいち・けんぎょう、1610-1694)が1693年に当地に屋敷地を拝領、彼が修業した江の島の弁天岩窟を模して屋敷内に創建したといわれている。

神社によると、徳川綱吉(とくがわ・つなよし、1646-1709)が杉山和一に「何か欲しいものはないか」と尋ねると、杉山和一は「唯一つ目が欲しゅうございます」と答えた。そこで、「本所一つ目」と呼ばれていた当地に宅地を与えたとされている。高齢の杉山和一が、江戸から江ノ島弁財天まで月参りをしていることを不憫に思ったこともある。

徳川綱吉が与えたのは3000坪余り(約9900平方メートル)の土地で、杉山和一は弁財天を分社して祀らせた。以降、この屋敷を「惣禄屋敷」と呼び、関八州の盲人は江戸において盲人官位の取得が出来るようになった。

明治時代に、江の島弁財天を祀った江島神社と杉山検校を祀った杉山神社とを合祀して江島杉山神社とした。

回向院は1657年に開かれた浄土宗の寺院で、「振袖火事」(明暦の大火)により、市街の6割以上が焼土と化し、10万8000人が亡くなり、徳川家綱(とくがわ・いえつな、1641-1680)は無縁の人たちの亡骸を手厚く葬るようにと、隅田川の東岸、現在地に土地を与え、「万人塚」という墳墓を設け、増上寺の遵誉上人(じゅんよしょうにん)に命じて無縁仏の冥福に祈りをささげる大法要を執り行った。このとき、念仏を行じる御堂が建てられたのが回向院の歴史の始まりとされている。

のちに安政大地震をはじめ、水死者や焼死者、刑死者など横死者の無縁仏も埋葬し、あらゆる宗派だけでなく人、動物すべての生あるものを供養するという理念から、軍用犬、軍馬慰霊碑や犬猫供養等塔、ペットの墓も多数ある。江戸三十三カ所観音参りの第4番札所である。

山東京伝(さんとうきょうでん、1761-1816)、竹本義太夫(たけもと・ぎだゆう、1651-1714)、鼠小僧次郎吉(ねずみこぞう・じろきち、1797-1832)らの墓がある。また、参拝客のために1659年から1661年ころに両国橋が架けられた。

1781年以降には、境内で勧進相撲が興行され、これが今日の大相撲の起源とされ、1909年に旧両国国技館が建てられた。国技館建設までの時代の相撲を指して「回向院相撲」と呼ぶこともある。1936年1月には大日本相撲協会が物故力士や年寄の霊を祀る「力塚」を建立した。

神田すずさんは東京都東村山市生まれ、2006年に神田(かんだ)すみれさんに入門し、前座見習となり、2010年9月に「二つ目」に昇進した。

時間は10時から16時で、10時にJR総武線両国駅に集合する。昼までにお江戸日本橋亭に戻り、13時30分からお江戸日本橋亭で神田すずさんらの寄席となる。料金は弁当、飲み物、寄席代を含めて3500円で、交通費などがかかる場合は自己負担となる。申し込みは永谷商事まで。

「アナ雪2」大ヒット記念で松たか子、神田沙也加が御礼挨拶

【銀座新聞ニュース=2019年11月28日】アメリカ映画業界第2位のウォルト・ディズニー・カンパニーの日本法人、ウォルト・ディズニー・ジャパン(港区虎ノ門1-23-1、虎ノ門ヒルズ森タワー)は12月2日にTOHOシネマズ日比谷(千代田区有楽町1-1-3、東京ミッドタウン日比谷、050-6868-5068)で「アナと雪の女王2」の大ヒットを記念してイベントを開く。

現在、一般公開されている「アナと雪の女王2」((C)2019 Disney. All Rights Reserved.)。

「アナと雪の女王2」は11月22日から一般公開されて、土・日曜日の2日間で動員121万1000人、興収16億1600万円を記録し、国内映画ランキングで1位になり、前作「アナと雪の女王」の興収比111.7%増という大幅な増収を達成した。公開3日間では動員145万人、興収19億円を突破し、「驚異的な数字で前作を大きく上回った」としている。

この大ヒットを記念して、12月2日18時30分の回上映前に、前作と同様に日本語吹き替え版で「エルサ」の声優のイディナ・メンゼル(Idina K.Mentzel)さんを務めた松たか子(まつ・たかこ)さん、妹「アナ」のクリステン・ベル(Kristen A.Bell)さんを務めた神田沙也加(かんだ・さやか)さんが舞台に登場して、御礼のあいさつをする。

ウイキペディアによると、「アナと雪の女王」は2013年に公開されて、日本だけで約255億円の興行収入、世界では12億7422万ドル(約1274億2200万円)を記録した。デンマークの童話作家のハンス・クリスチャン・アンデルセン(Hans Christian Andersen、1805-1875)の童話「雪の女王」からインスピレーションを得ており、舞台設定を雪と氷の世界としているが、ストーリーは新規に書き下ろされた。

ウォルトディズニーアニメーションスタジオ長編作品としては53作目で、短編アニメの「ミッキーのミニー救出大作戦」(3D作品)が同時上映された。2015年4月にスピンオフ短編アニメ「アナと雪の女王 エルサのサプライズ」が、「シンデレラ」と同時公開され、2018年3月に2作目のスピンオフ短編アニメ「アナと雪の女王/家族の思い出」が、「リメンバー・ミー」と同時公開された。

原案は監督を手がけたクリス・バック(Chris Buck)さんで考えた企画で、共同で監督を務めたジェニファー・リー(Jennifer Michelle Lee)さんが脚本を担当した。「アナと雪の女王2」は「アナと雪の女王」の続編で、共同監督、脚本、音楽なども同じメンバーが担当している。

「アナと雪の女王」でオリジナル歌曲「レット・イット・ゴー」をロバート・ロペス(Robert Lopez)さんとクリステン・アンダーソン=ロペス(Kristen Anderson-Lopez)さんが作詞・作曲を担当し、第86回アカデミー賞で「長編アニメ映画賞」と「歌曲賞(レット・イット・ゴー)」を獲得した。今回もロバート・ロペスさんとクリステン・アンダーソン=ロペスさん夫妻が新曲「イントゥ・ジ・アンノウンー心のままに」を書き下ろしている。

物語は雪と氷に覆われたアレンデール王国に陽光を取り戻し、深い絆で結ばれた姉エルサと妹アナ、氷や雪を操る魔法の力を持つ“ありのままの自分”を受け入れたエルサと、明るいキャラクターが持ち前のアナは、仲間たちに囲まれて幸せな毎日を過ごしていた。

そんなある日、エルサにしか聞こえない不思議な歌声により、姉妹は未知の世界へと導かれる。それは、エルサの魔法の力の秘密を解き明かす冒険の始まりだった。姉妹は仲間の雪だるまのオラフやアナの恋人、クリストフとともに、数々の試練に立ち向かっていく。

チケットはチケットぴあを通じて先行抽選販売を受付中で、29日11時締め切り。料金は全席指定で2100円均一。プレミアボックスシートは3100円。

丸善丸の内で、そのだえり「みならいサンタ」原画展

【銀座新聞ニュース=2019年11月28日】大手書籍販売グループの丸善CHIホールディングス(新宿区市谷左内町31-2)傘下の丸善ジュンク堂書店(中央区日本橋2-3-10)が運営する丸善・丸の内本店(千代田区丸の内1-6-4、丸の内オアゾ内、03-5288-8881)は12月25日まで3階児童書売り場壁面ギャラリーで、そのだえりさんによる「みならいサンタ」原画展を開いている。

丸善・丸の内本店で12月25日まで開かれている、そのだえりさんの「みならいサンタ」原画展に展示される絵本の表紙。「見習いサンタ」というアイデアが楽しい絵本。

絵本作家のそのだえりさんが11月15日に文章と絵を描いた絵本「みならいサンタ」(文溪堂、税別1300円)を刊行したのを記念して、原画を展示している。

「みならいサンタ」は見習いサンタクロースのみなちゃんのお話で、みなちゃんが今年のクリスマスにサンタクロースとしてデビューする。トイレにいって、腹巻きも忘れずに、師匠と一緒にソリに乗って出発する。

今日はクリスマス・イブ。1年で一番忙しい日に、みなちゃんはプレゼントを配りにいく。雪降るまちの夜の空、シャンシャンシャンと鈴を鳴らし、トナカイがソリをひいてゆく。「あの」サンタさんの横について屋根にのぼり、はしごを降り、暖炉から部屋に入り、プレゼントをそっと置く。昇級テストもある。1人でプレゼントを無事に届けることができれば3級だ。さて、みなちゃんは。

そのだえりさんは1981年生まれ、昭和女子大学住居建築学科を卒業、東洋美術学校グラフィック・デザイン科を卒業、2007年にイタリア・ボローニャ国際絵本原画展で入選し、2009年に最初の絵本「セルビス・デュ・ヌイ(Service de nuit)」をフランスで出版、「こわくないもん」を刊行し、現在世界26カ国96人の作家によるイラスト展「ブルー・ブック・グループ(Blue Book Group)展2010年」のメンバーで、日本児童出版美術家連盟会員。

開場時間は9時から21時(最終日20時)まで。