サニーヘルス、低GI値の玄米、全粒粉パン等で低糖質ダイエットを

【銀座新聞ニュース=2018年3月23日】健康食品、美容商品、化粧品などの販売会社、サニーヘルス(中央区八重洲2-1-6、八重洲kビル、03-6701-3000)はこのほど、レポート「成功する糖質制限ダイエットのポイント」を発表した。

米を角砂糖に換算するのをよく見かけるが、米と砂糖のどちらも「糖質」が主成分でも、それぞれ構成している糖類の種類が異なり、血糖値の上昇スピードも違うので、換算するのは間違っているという。

今、流行している「糖質制限ダイエット」や「炭水化物抜きダイエット」は「糖質」と「炭水化物」と異なるが、これらはほぼ同義語で、主食である米やパンをできる限り食べないようにするという、シンプルなダイエット法だ。しかも、効果が出るのが早いとされているため、チャレンジする人も多い。しかし、サニーヘルスは正しい糖質制限ができている人は意外と少数派かもしれないとしている。

まず、糖質制限をすることでなぜダイエットができるのかということを説明しよう。糖質を摂取すると血糖値が上がり、すい臓からインスリンが分泌され、糖をエネルギーとして筋肉や臓器、脳などに送る一方で、使われなかった糖は中性脂肪に換えて体に溜め込む。これが、体に脂肪がつく理由の一つという。

血糖値の上がり方が急であればあるほどインスリンが多量に分泌されるため、「糖が余っている=脂肪に変換して溜め込まなければ」と体が判断してしまう。糖の余剰分が出ないように、運動などでエネルギーを消費すればよいのでは、と思うかもしれないが、ここで注目したいのがインスリンのもう一つの働きだ。運動をすると脂肪の分解を助けるホルモンが分泌されるが、インスリンがたくさん分泌された状態にあると、このホルモンの働きを阻害してしまう。

つまり、インスリンは、脂肪を蓄えつつしかも使われるのを防いでいるということになる。そうした状態にならないためには、血糖値の急上昇を抑えるために糖質の摂取量を適切にすることが重要になってくる。この仕組みを利用するのが、糖質制限ダイエットというわけだ。

そこで糖質の摂取量を「適切」にオフする方法、押さえておきたいポイントを紹介する。1)糖質はゼロにしなくていい。「糖質制限ダイエット」といっても、糖質の摂取量ゼロをめざす必要はない。「糖質制限」というよりは「低糖質」にすることがポイントで、一定量を摂取することでダイエットを促進させ、健康的にやせることにも繋がる。この一定量とは、1食あたり糖質20グラムから30グラム前後が目安という。

これは主食のご飯やパンを20グラム分食べるということではなく、食品に含まれる糖質量で考えるので、白米の場合は70グラムから80グラム(茶碗半分ほど)、パンなら食パン6枚切り1枚になる。糖質の高い野菜や煮物など砂糖を使った献立の時には、主食はこの量よりも減らすようにする。

2)芋類だけじゃない!高糖質の野菜に要注意。ご飯やパンなど主食となる穀類だけを減らしても、高糖質な野菜をたっぷり食べていては糖質制限にはならない。野菜の中でも芋類やかぼちゃの糖質が高いことは知られているが、意外な野菜が高糖質なこともある。一般に水分の少ない野菜が高糖質な傾向にあり、以下の野菜はサラダのようにたっぷり食べると糖質を摂り過ぎてしまうので、小鉢程度を目安にする。

それはさつま芋、じゃが芋、里芋など芋類全般、かぼちゃ、にんじん、とうもろこし、れんこん、ごぼう、グリーンピース、空豆、にんにく、ゆりね。

3)フルーツの糖質もオフにすること。「糖質」と一口に言ってもいろいろと種類があり、糖質制限ダイエットにおいて制限されるのは、血糖値を上げる作用のある「ブドウ糖」だ。

フルーツに含まれている糖質の中で、もっとも大きな比率を占めているのは「果糖」で、果糖は砂糖の1.5倍ほどの甘さがありながらも、血糖値の上昇には直接的には関わっていないが、過剰摂取は中性脂肪の蓄積を招いてしまう。フルーツは「吸収」の時間帯である夜に食べるよりも、「浄化・排泄」の朝のほうが太りにくい。朝に適量を食べる分には太る心配はない。ただし、バナナはブドウ糖が多いので積極摂取はNGとされている。

4)炭水化物をしっかり食べたい時はGI値の低いものを摂る。米やパンなど穀類は高糖質だが、その中でも太りやすいものとそうでないものがあり、その指標となるのが「GI値」だ。糖質制限ダイエットを実践するなら、これは覚えておくべきキーワードといえる。

GI値とは、食べ物が体内に入り血糖値を上昇させるスピードを数値化したもので、同じ量の糖質が含まれていたとしても、食べ物の種類により血糖値が上がるスピードは異なり、GI値が高いほど血糖値上昇スピードが早い=太りやすい、低いほど血糖値上昇が穏やか=太りにくいとなる。

例えば、白米よりも玄米や雑穀米のほうがGI値が低くダイエット向きといったように、日常的にGI値の低いものを選ぶようにすることで、ダイエットは成功に近づく。

主な食物では(カッコ内がGI値)、白米(88)、モチ(85)、赤飯(77)、玄米(55)、雑穀米(55)、食パン(95)、フランスパン(93)、全粒粉パン(50)、ライ麦パン(55)、うどん(85)、そうめん(80)、パスタ(65)、ラーメン(61)、そば(54)など。

糖質制限ダイエット(炭水化物抜きダイエット)は、短くて数週間、長くても数年の短期間でしかまだ研究結果がなく、長期的かつ日本人で検証した報告はまだないといわれている。

日本人のエネルギー摂取は約60%が糖質(炭水化物)由来で、これを長期的に大幅にカットした場合の健康に及ぼす影響はまだ明らかになっていないのが実態だ。そうした面も考慮して、極端な方法を取らず、あくまでも「糖質控えめ」と「低GI値」を意識した食生活がダイエットに有効としている。

「糖質jp」によると、糖質制限ダイエットはエネルギー源となる3大栄養素のたんぱく質、脂質、糖質(炭水化物)のうち、糖質の摂取量を減らすなど、糖質の摂取を制限することで、血糖値やインスリン分泌の動きをコントロールして、肥満や糖尿病を防止する狙いがある。

糖質制限には極力糖質をカットする「厳しい糖質制限ダイエット」とエネルギー源として必要とされる糖質量の半分くらいに絞る「ゆるい糖質制限ダイエット」がある。

「厳しい糖質制限ダイエット」はアメリカの物理学者、ロバート・アトキンス(Robert Coleman Atkins、1930-2003)が提唱した「アトキンス・ダイエット」が知られており、最初の2週間で糖質を1日に20グラム以下しか摂らず、その後は1食20グラム以内に抑えるというもの。

一方、アメリカの物理学者、リチャード・バーンスタイン(Richard Bernstein、1934年生まれ)さんは1日の糖質量を130グラム以下とする糖質制限ダイエットを提唱している。日本人の食事摂取基準で必要量としている260グラムの約半分に抑えるもので、ご飯1膳(150グラム)には約55グラムの糖質が含まれており、茶碗半分を1日3回食べると糖質量の合計は82.5グラムなので、まだ50グラムの糖質を摂取することができる。

国が定めている1日のエネルギー必要量は、男性が2660キロカロリー、女性が1995キロカロリーで、うち、炭水化物のエネルギー量は男性では400グラム(白米3.3合に相当)、女性では300グラム(白米2.5合に相当)とされている。

糖質制限ダイエットで食べてもいいものとして、1)ご飯やパン、めん類を1食当たり半人前、おかず、特に野菜をたっぷり(ただし、かぼちゃやいも類、くりなど糖質が多い食材を使ったおかずは控えめ)、2)糖質が多いため、控えめにしたい食べ物は揚げ衣、とろみの片栗粉(あんかけ)、小麦粉(カレーやシチューのルー)、ソースやケチャップ、甘いみそなど。

3)糖質が多いため、控えめにしたい食べ物としては、菓子や甘い飲料、味つけの砂糖やみりんなどを挙げている。

大丸松坂屋画廊で小川剛「流星群」展

【銀座新聞ニュース=2018年3月23日】国内百貨店業界2位の流通グループのJ.フロントリテイリング(中央区八重洲2-1-1)傘下の大丸松坂屋百貨店(江東区木場2-18-11)が運営するアートギャラリー「Artglorieux GALLERY OF TOKYO」(中央区銀座6-10-1、GINZA SIX、03-3572-8886)は3月28日まで小川剛さんによる「Meteor shower」を開いている。

大丸松坂屋百貨店のギャラリー「アールグロリュー ギャラリーオブトーキョー(Artglorieux GALLERY OF TOKYO)」で3月28日まで開かれている小川剛さんの「メテオル・シャワー(Meteor shower、流星群)」に展示されている作品「フォームプリズム(Foam prism)」(アクリル、特殊フィルム)。

立体作品、インスタレーション作家の小川剛(おがわ・ごう)さんは「宇宙に漂う銀河の瞬き・自然界の光の現象にインスピレーションを受け、偏光フィルムと様々な素材・表面加工を組み合わせた立体作品・インスタレーション」を制作し、「プリズムによって起こる光の屈折作用を応用することで、複数の色に分散された光の粒子が空間を支配し、見る者の造形意識を狂わせ、劇的に視覚環境を変化」した作品を「メテオル・シャワー(Meteor shower、流星群)」と題して展示している。

小川剛さんは1981年神奈川県生まれ、2007年に東京芸術大学を卒業、2009年に同大学大学院を修了、2011年にアーティスト集団「C-デポ(DEPOT)」に所属し、2017年に集団「アートプロ(ARTpro)」に所属して制作している。

2007年に東京芸術大学卒業展で東京都知事賞、2011年に第13回三菱商事アート・ゲート・プログラムで入選、2013年に第8回タグボートアワードで入選している。

開場時間は10時30分から20時30分(最終日は18時)まで。入場は無料。

「honey」初日に平野紫耀、平祐奈ら挨拶

【銀座新聞ニュース=2018年3月22日】大手映画配給会社で、国内映画業界第2位の東映(中央区銀座3-2-17、03-3535-4641)と映画配給会社のショウゲート(港区赤坂5-3-1)は3月31日から丸の内TOEI(中央区銀座3-2-17、03-3535-4741)で一般公開する「honey」の初日に、平野紫耀さん、平祐奈さんらによる舞台あいさつを開く。

3月31日から一般公開される「ハニー(honey)」((C)目黒あむ/集英社 (C)2018「honey」製作委員会)。

3月31日の11時45分の回上映前に監督の神徳幸治(しんとく・こうじ)さんをはじめ、「鬼瀬大雅」役の平野紫耀(ひらの・しょう)さん、「小暮奈緒」役の平祐奈(たいら・ゆうな)さん、「三咲渉」役の横浜流星(よこはま・りゅうせい)さん、「矢代かよ」役の水谷果穂(みずたに・かほ)さん、「西垣雅」役の浅川梨奈(あさかわ・なな)さん、「権瓦郁巳」役の佐野岳(さの・がく)さん、「小暮宗介」役の高橋優(たかはし・ゆう)さんが舞台に登場してあいさつする。

「ハニー(honey)」は女性マンガ家の目黒(めぐろ)あむさんが「別冊マーガレット」(集英社)に2012年9月号より2015年12月号まで連載された同名のコミックで、これまでに単行本が8巻刊行されている。2015年2月にドラマCD化され、今回、2015年に「ミスターキング ブイエス ミスタープリンス(Mr.King vs Mr.Prince)」として結成された6人組男子ユニットで、5月23日にCDデビューする、ジャニーズ事務所の「キング アンド プリンス(King&Prince)」のメンバー、平野紫耀さんが主演を務めている。

物語は小心者で不良が大の苦手な小暮奈緒は、高校の入学式の当日に上級生と新入生のケンカに遭遇してしまう。真っ赤な髪で鋭い目つきをした新入生は超不良として誰もが恐れる鬼瀬大雅だった。ある日の放課後、鬼瀬からの突然の呼び出しに奈緒が体育館裏へと向かうと、鬼瀬の口から飛び出したのは、奈緒との結婚を前提にしたプロポーズだった。

鬼瀬の怖さに負けて断ることができない奈緒は鬼瀬と付き合うことに。最初は鬼瀬の一挙一動に震え上がっていた奈緒だったが、見かけや噂と異なり、鬼瀬が人一倍やさしく純粋であることを知った奈緒の中に徐々に鬼瀬への思いが芽生えていく。

神徳幸治さんは大阪府生まれ、2006年に劇団「ルート(ROUTE)30」を旗揚げし、脚本と演出を手掛け、2005年にBS日本テレビ系ドラマ「19ボーダーズ(borders)」などを担当し、2005年に映画「アルファ(α)」で助監督を務め、2006年に「トリック劇場版2」、2008年に「砂時計」、2011年に「モテキ」、2015年に「パクマン。」などで助監督を担当し、2017年に「ビーチガール」で映画監督としてデビューし、今回が2作目にあたる。

チケットはすでに「最速抽選」をチケットぴあを通じて販売中で、22日11時締め切り。先行抽選も販売中で23日11時締め切り。24日10時から一般発売する。料金は全席指定で2000円均一。

“異者”を据えて「おとぎ話」をめざした「ウォーター」(234)

【ケイシーの映画冗報=2018年3月22日】今年度の第90回アカデミー賞において、監督賞と作品賞に輝いたのは、メキシコ出身であるギレルモ・デル・トロ(Guillermo del Toro)監督の本作「シェイプ・オブ・ウォーター」(The Shape of Water、2017年)でした。

現在、一般公開中の「シェイプ・オブ・ウォーター」((C)2017 Twentieth Century Fox)。制作費が1950万ドル(約19億5000万円)、興行収入が今のところ1735万ドル(約17億3500万ドル)だが、アカデミー賞受賞作品となり、今後収入増がもっとも期待できる作品だ。

直訳すると「水のかたち」となる本作のタイトルを最初に見たとき、直感的に想い出したのは、この一文でした。
「Be Water My Friend」(水になれ、友よ)
これは世界的映画スターであり、武術家でもあったブルース・リー(Bruce lee、1940-1973)が語ったものです。

中国人でありながらアメリカの市民権を持っていたブルース・リーは、アメリカ社会でさまざまな偏見と圧力に直面しました。東洋系という人種差別と、おなじ中国系移民から「出生がアメリカというだけでアメリカの俳優として活躍している」といういわば嫉妬の視線です。こうした事情は映画人としての能力とは関係のないものであり、現在ではブルース・リーを否定的にとらえている映画関係者は少数派だと思います。

1962年のアメリカ。政府の研究機関「航空宇宙研究センター」で、清掃員として働くイライザ(演じるのはサリー・ホーキンス=Sally Hawkins)は、巨大な水タンクにおさめられた“不思議な生き物”(演じるのはダグ・ジョーンズ=Doug Jones)と交流を持ちます。アマゾンの奥地で発見されたという“彼”は、水中で呼吸する両棲人間であり、声を出せないイライザと、音とジェスチャーでコミニュケーションをとる知性を持っていました。

低予算の「シェイプ・オブ・ウォーター」は2018年の第90回アカデミー賞で作品賞、監督賞、作曲賞、美術賞の4部門を受賞した。1960年代を舞台にした清掃人のおばさんと半漁人の恋愛物語が、現代においてはひとつの恋愛劇として重要な作品とみなされたわけだ。

ところが、この研究機関は宇宙技術の軍事利用を目的とした施設であり、責任者のストリックランド(演じるのはマイケル・シャノン=Michael Shannon)にとって“彼”は実験材料でしかなく、自身の出世のために“彼”の生体解剖を計画します。それを知ったイライザは“彼”を救うため、脱走計画を決行するのでした。成功したかに見えた脱出行でしたが、ストリックランドの追跡は続き、イライザが犯人と特定されてしまうのでした。

話すことのできないヒロインと人外のモンスターとの「真実と、愛と喪失の物語」(作品の冒頭での表現)という本作の骨子は、文芸大作や実録ものではなく、作中の時間設定も1962年ということで「現在の社会問題を切り取る」といった社会的なテーマとも無縁のように感じられるかもしれませんが、デル・トロは「現代と似た社会情勢を抱える62年を舞台にして“おとぎ話”を作る」と本作の制作意図を語り、こう続けます。

「62年という舞台は現在のアメリカの鏡。でも、現在を舞台にしたら政治討論が始まってしまう。だから『昔むかし??』とおとぎ話にすれば、みんな聴いてくれるというわけなんだ」(パンフレットより)

この作品に登場する人物の多くは、作中ではネガティブな要素を有しています。手話で会話するイライザの隣人である不遇な男性画家は同性愛者として苦しみ、同僚は黒人女性であり、夫婦関係は破綻寸前となっています。“彼”を研究する人物のひとりは、ロシアからのスパイで、祖国から見捨てられつつある存在となっています。

デル・トロは「イライザの周りはみんな「The Others(非主流派)だ』」(パンフレットより)と表現していますが、家族に恵まれ、満たされた生活をしているはずのストリックランドが、じつは暗い情念を内包しているというのも、「エリートの持つ闇の部分」として、リアリティを感じました。誇張はされていても、突出した悪徳の持ち主ではないのです。

この作品で完全に異質な存在といえるのが、モンスターである“彼”なわけですが、モンスター・スーツを着たダグ・ジョーンズの傑出した表現力と、デル・トロ曰く「3年がかりでデザインした」という魅力的な造形がマッチして、「美しくも恐ろしくもあり、蛮性と神の異能を併せ持った、力強くも脆(もろ)い存在」を描き出しています。

その“異者”を真っ正面から表現し、その周辺を個性的で表現力ゆたかなキャストが肉付けし、さらに全編に散りばめられたデル・トロの映画への深い愛情が、観客に「おとぎ話」の力強さを訴えてきます。

本作の「モンスター映画」というくくりは、「アカデミー賞には不向き」といわれ、受賞には難色をしめす事前分析もすくなくありませんでした。こうた下馬評を圧倒し、監督賞、作品賞に選ばれたのも十分に納得できる、すばらしい仕上がりの映画作品と断言できるでしょう。

デル・トロは受賞のスピーチで「わたしはメキシコからの移民です」と語り、出自がアカデミー賞の制約となっていないことを明言しています。存命なら、ブルース・リーも惜しみない拍手を送ったのではないでしょうか。次回は「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。

蔦屋書店で石ノ森生誕80年フェア、仮面ライダー等復刻

【銀座新聞ニュース=2018年3月21日】書店やレンタル店、フランチャイズ事業などを展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(渋谷区南平台町16-17、渋谷ガーデンタワー)グループの銀座 蔦屋書店(中央区銀座6-10-1、GINZA SIX、03-3575-7755)は3月19日から4月12日までマンガコーナーで石ノ森章太郎の生誕80周年記念フェアを開いている。

銀座 蔦屋書店で4月12日まで開かれている石ノ森章太郎の生誕80周年記念フェアの展示会場。

2018年に生誕80周年を迎えた石ノ森章太郎(いしのもり・しょうたろう、1938-1998)の主要な作品を展示している。また、その中から、幻と言われている超初期作品の「水色のリボン」(1959年)のわかば書房版の完全復刻版(税込5万4000円)、原寸・生原稿形式で複製された「仮面ライダー 連載第1回」(税込1万9440円)の2作品が復刊され、銀座 蔦屋書店のオンラインショップで販売する。ただし、復刊ドットコムと銀座 蔦屋書店のオンラインショップの予約数が100部になった時点で商品化される。商品化時期は「水色のリボン」が5月中旬、「仮面ライダー 連載第1回」が4月中旬の予定としている。

予約受付中の石ノ森章太郎の「水色のリボン」((C)石森プロ)。

とくに「水色のリボン」は1959年に刊行されたが、乱丁により即回収となり、現存するのはわずか数冊とされている。今回、初版と同じ仕様の完全版を復刻した。「少女クラブ」に掲載されたイラスト4点のポストカードセット、石ノ森章太郎自身による巻末綴じ込みの編集後記も再現されている。112ページ。

また、雑誌「ぼくらマガジン」に一挙掲載された「仮面ライダー連載第1回」は、本郷猛が改造手術を受け仮面ライダーへと変身する50頁の作品だ。生原稿を読む感覚を再現するために、原稿用紙と同質に近い紙に、現存する原稿全面をすべて原寸で、4色ハイクオリティ印刷し、ページが曲がることがないように中央が完全に開く形式のコデックス装で製本している。

化粧箱でパッケージし、原稿がB4をこえていたため、判型はA3サイズ(カラー頁はほぼA3以内、1色ページはA3とB4の中間。原寸を遵守するため最大の原稿サイズにあわせたので周囲に余白あり)で、製本はすべて手作業での仕上げとなる。58ページ。

同じく受付中の「仮面ライダー 連載第1回」の画像((C)石森プロ)。

ウイキペディアによると、石ノ森章太郎は1938年1月25日宮城県登米郡石森町生まれ、中学時代にマンガ同人誌「墨汁一滴」を作り(2号で廃刊)、2年生の時「毎日中学生新聞」に4コママンガを投稿して入選、以後投稿マニアとなり、高校時代には「漫画少年」への投稿仲間を集めて「東日本漫画研究会」を設立、肉筆回覧誌「墨汁一滴」を制作、2年生春に「漫画少年」への投稿が手塚治虫(てづか・おさむ、1928-1989)の目にとまり、「鉄腕アトム」のアシスタントを務めた。

高校在学中の1954年に「漫画少年」新年号に「二級天使」が掲載され、マンガ家としてデビューし、1955年に卒業と同時に姉の病気治療も兼ねて2人で上京し、「トキワ荘」に住み、作家活動をはじめる。赤塚不二夫(あかつか・ふじお、1935-2008)は自分の作品を描くよりも、石ノ森のアシスタントの時間の方が多かったし、永井豪(ながい・ごう、1945年生まれ)がアシスタントを務めていた。

創作速度も極めて速く、エッセイマンガ「サンジェルマン伯爵」には、「昔(赤塚不二夫と2人で描いていた時代)は月650枚という無茶もやったが、最近では歳だから300枚でフウフウいう」とある。

1958年4月に姉が急逝し、後の石ノ森の作風に大きな影響をもたらす。1959年に手塚のアシスタントだった月岡貞夫(つきおか・さだお、1939年生まれ)さんとともに、身代わりとして東映動画(現東映アニメーション)の劇場アニメ「西遊記」の制作現場に派遣され、1963年にアニメーション制作会社「スタジオ・ゼロ」設立に参画した。

1964年7月19日より「少年キング」に「サイボーグ009」の連載を開始、同時にマンガ入門書「マンガ家入門」(1965年)、「続・マンガ家入門」(1966年)を刊行した。
1966年に第7回講談社児童まんが賞を受賞、1968年に「石森章太郎プロ」を設立、第13回小学館漫画賞を受賞した。

1971年より特撮作品「仮面ライダー」の放映が開始され、原作とそのマンガ化(仮面ライダー)を担当し、マンガの実写映像化ではなく、制作会社である東映の企画に設定とキャラクターデザインを提供し、できあがったものを元にマンガも執筆するという手法をとり、この成功をきっかけに同社における数多くの特撮・変身ヒーロー番組の原作を手がけた。

実写作品では、主役などのレギュラーのキャラクターデザインを石ノ森が手がけたが、1970年代中期以降の作品では、毎回登場するゲストのキャラクター(敵の怪人)のデザインも行っている。

1981年より「日本漫画家協会」理事を務め、1985年に画業30年を機に「石森章太郎」から「石ノ森章太郎」に改名、1988年に第33回小学館漫画賞、第17回日本漫画家協会賞大賞を受賞した。1998年1月28日に心不全により死去、享年60歳。没後、勲四等旭日小綬章、第27回日本漫画家協会賞文部大臣賞、第2回手塚治虫文化賞マンガ特別賞が贈られた。2000年に宮城県登米市中田町に「石ノ森章太郎ふるさと記念館」設立した。

2001年に宮城県石巻市に「石ノ森萬画館」設立、2006年に「石ノ森萬画大全集」を刊行開始、2008年にギネス・ワールド・レコーズにおいて手塚治虫の「講談社手塚全集」全400巻の記録を「石ノ森萬画大全集」全500冊によって抜いて「世界一多作な漫画家」に認定され、2008年にギネス世界記録博物館の名誉館長に就任した。

時間は9時から23時30分。